第27話 訣別のリカバー


 ビクターサーティーン内のメインコンピューターへ侵入するものがあった。自動航行システムをオフにする信号を受けて、サーティーンは予め設定されていた軌道より外れて行く。

『――宗谷、オッケーだよ。このまま八両目とサーティーンを、離れたところでドッキングさせとけばいいよね?』

 胸の痛みとも格闘していた宗谷はサロン車にて、ナンシーの遺灰回収も終えたフィーニーと交信している。

「お願い。作業を終えたら知らせて? 偏りを計測したら、帰還航路をアップロードするから」

『――了解。ところで、ナンシーの遺灰コンテナ、どうしよう?』

 フィーニーはその手に、サーティーン内部より取り出した円柱のコンテナを掴んでいる。圧縮されているとは言え、ミキサー車一台分に相当する量である。もう一方の手には、慣性航行となったビクターサーティーンがあり、ちょいと力を込めて宇宙船を押しやると。放出船はフィーインのいる方向へと流れていった。

『――宗谷?』

 珍しく宗谷の返答がすぐに返ってこなかった。いつもは即答が常であるのに。フィーニーは六両編成となったピックスが、七両目を置いてけぼりにしている様を眺めた。


「海咲さん!」

「……大丈夫。ちょっと、詰まる感じが、ね……」

 痛みを堪え、笑みを溢す宗谷が痛々しく。夕夜は涙目になっていた。

 力を使えば、それが特殊なものであろうとなかろうと。使い方を誤れば、誰にだって反動があるものだと知らされる。

「海咲さん……、いつから。痛みがあったの?」

 サロン車の床に腰を下ろした宗谷は、壁を背にもたれ掛かった。

「一年くらい前から、かな?」

 夕夜ははっとした。

「それって――、僕の」

 所為かと言いかけたものは、「違う」と言う言葉で遮られた。

「むしろ僕が。こっちに来てから一度も、力を使わなかったから。逆に」

 歪む歪みが均衡を保とうとして摩擦を求め、夕夜に力が宿った可能性もあると告げられる。

 何ゆえに、その役目が回ってきたのか――夕夜は訊ねた。

「どうして、僕だったのかな……?」

「それは、誰にも分からない」

 宗谷は胸に当てていた手の力を解き、寄り添う夕夜の腕へ伸ばす。

「僕に、リバース力が宿ったのも。大いなる誰かが、サイコロでも振って決めたとしか――」

 その言葉の終わりに、碎王の怒号が割り込んだ。

『――宗! 帰還組を移すぞ! やっこさん、もうすぐ六両目にかぶりつきそうだ!』


 夕夜は宗谷にしがみ付いた。

「もっと一緒にいたかった……」

 別れ難かった。まだ出会って一ヶ月と少ししか経っていない。特にこの一ヶ月は、一緒に居た時間が長すぎて、家族のようだと思っていたのは夕夜だけではない。

「僕も……、恨まれても仕方がないのに」

「違うよ! 海咲さんの……所為じゃない」

 最初は摩擦の力が宿ったことで卑屈にもなりかけ、絶望もした。何故に自分なのだと――その力が、出会うはずのない者たちを引き合わせた。

「僕が。歪むことも知らずに、力を使った所為で。夕に、力が宿ってしまって、こんな役目を負わせて……。本当にごめん」

 宗谷は、涙を零す夕夜の頬を拭ってから強く抱きしめ。これが最後になる別れを、餞別の留意に変えて述べた。

「――夕、お願いだから。摩擦の力を使い過ぎないよう、注意してね?」

「使い過ぎ、る?」

「磁力は生物にとって、生きる上で必要なもの。力を使い過ぎると、夕の生体維持に影響を及ぼすから――」下手をすれば、夕夜の命を脅かすことになり兼ねない。「夕は。静電気の放電によって、スーパーストームさえ引き起こせるほどの、力を持ってる」

 電磁場に影響を与えるほどの爆発力も凄まじきもの。しかも、まだ完全に制御しきれていない状態での本番を迎え。宗谷は何より憂いた。

「――どうか無事でいて。夕……、大好き」

「う、んっ……僕もっ、大好き!」

 出会い残った思い出は、どれも楽しいものばかりであった。

「嬉しかったこともいっぱい! 初めてキャンプしたこと、星を見たことも忘れない!」

 宗谷は夕夜の体を離した。

「ん。……時計は持ってて? 僕にはもう、必要ないものだから……貰ってくれる?」

 堪えようとしても、涙も鼻水も出てしまう。

「うんっ! 大事にっ、するっ!」

「さぁ行って!」

 五両目に向かって走れと、宗谷は夕夜の背を押した。


「くっそ! もう七両目の影も形もねぇ!」

 六両目の武器庫より、外を眺めることしかできないグレヴリーたちの背を、碎王も声で押す。

「五両目に戻れ! 八両目まで送る。フィーニー! ドッキングは終わったのか?」

『――もう少し!』

「少しって何だ! あと何秒かかるんだ?」

『――怒鳴らないでよ! そもそも僕たち、こういう作業は専門外だよ!』

「つべこべ言わずに早くやれ!」

 既に、列車の車両一両分より大きなお玉じゃくし姿となったアスタロトは、六両目の尻にむしゃぶりついていた。

「あぁくそ! 飲み込まれる! 宗!」

『――夕も五両目に。ドッキング作業完了まであと二十秒です』

 それまでに六両目がもたないと判断していた碎王は、武器庫の装甲が軋む悲鳴を睨み据えた。――覚えていろ。お前にも、天罰が下る時が必ずくる。

「碎王!」

 車両中の空気が漏れ始め、電気回線も不通となり車内の明かりも消えた。

 酸素濃度の低下を知らせる非常用の警告ランプだけが、けたたましく鳴り響くその中を。碎王はぎりぎりまで居座ってから後にして。五両目の居住車両へ乗り移ってすぐに、六両目も強制パージで切り離した。


「アンディ! 帰還組を乗り移らせる! 寄せてくれ」

『――了解。でも、六両目を完食したら、ピックスを追ってくるぞ?』

 宗谷が通信に割り込む。

「フィーニー。ナンシーの遺灰コンテナに電磁回路を乗せて、気を逸らせて」

 それで時間を稼げるはずだとした団結も一致する。

『――やる事多い!』

 フィーニーは、ビクターサーティーンと八両目のドッキング作業を兄にまかせ。自身の体に組するパーツの一部をぶち抜き、円柱コンテナにねじ込んだ。

「ほうら、餌だよ! 向こうへ行ってな!」

 制限をかけた電磁投射砲の出力、十二パーセントを部品に滲み込ませてから、ピックス代わりとなる空間へ向けて放り投げた。

 六両目を丸飲みしたアスタロトは、食した分だけ体積も増している。

「やべぇ。あいつ、どんどんでかくなるぞ?」

 五両目から、その様子を見入ることしかできないグレヴリーたちの目に。フィーニーが投げ寄越したコンテナの磁気に反応したアスタロトが、後を追いかけてゆく姿も映った。

「よし、今のうちに移しちまおう。――宗?」


 四両目の食糧庫を挟んだ三両目のサロン車では、地球帰還へ向けての航行システムを再起動し、航路設定のアップロードをし終えたばかりの宗谷が悶えていた。

 床に四つん這いとなって鷲掴む胸の痛みは増すばかりだ。時計を確認せずとも、また一秒と減っているのだろう寿命が縮んでゆく。それでも、やり遂げなければならない使命感だけで声を張る。

「いけます。自動航行システム、オンラインです」

 碎王は、五両目へとやってきた夕夜の肩に手を置いた。

「乗り移ったらすぐにバングルを外して、歪みを呼び寄せるんだ」

 歪んだ歪みにピックスとアスタロトが落ちたら、閉じる。

「お前ならやれる」

 頼むな、と言い切られるや否や。夕夜は碎王にも抱き付いていた。

「……ありがと」

 他にも言いたいことは沢山あるのに、別れの時を惜しむ暇もない。「元気でな」の握手を交わす間もなかった。

「碎王!」

 オーガの叫びにはっと反応した時には、アスタロトは五両目に食らいついていた。


「あいつ!?」

 全てを目撃していたオーガが口早に告げる。

「コンテナを触手でキャッチして、一瞬で取り込んだ。爆発的な進化もしてるぞ!」

 大好物な磁気も吸収できたのが幸いしたのか。お玉じゃくし状の形体より、手足となる触手が生えていた。その触手が、獲物を逃さんとしたピックスの車体に絡みついていた。

「くっそ! 五両目も放棄するぞ! フォックス! 追い払え!」

 ドッキング作業を終えたフィーインとフィーニーが、それぞれ五両目の後方にしゃぶりついているアスタロト目掛けての飛行を始めた。

『――アンディ? ちなみに訊いていい?』

「いま忙しいんだが!?」

『――ピックスの装甲が僕らより頑丈なのは知ってるけど。僕らのレールガン、出力何パーセントまで耐えられる?』

「百パーでも耐えられるとは思うが!?」

 それを聞いたフィーニーは、変形しながら兄の機体と合体していた。

『――それなら、本気出しても構わないよね?』

「早くやれ!」

 十本の回転翼を角の如くに生やし、尖らせた無数の点からの攻撃が始まった。


「急げ! 四両目に移るんだ!」

 またしても食い破られる寸前で五両目を放棄した碎王は、電磁投射砲のクロス攻撃を受けてもまだ、溢れ出る生命力により増殖と膨張を続けるアスタロトが。諦めない姿をまざまざと見せつけられていた。

 まだ誰も、その駆除に成功した試しがないとされる意味を今、思い知らされる。

 夕夜もまた、何をしても裏目となりつつある展望に震えた。こんなものを、しかも宇宙空間という限られた条件下の中で、完全退治に至れるのだろうか――不安が勝る。

 四両目の食糧庫は、大量の物資の他に医療品なども積んでいる単なる収容車であるから、人が通れる通路は大人一人分となっている。その隙間にも、本体より伸ばされつつある触手が強かに入り込んで来ていた。

「わっ!」

 おぼつかない足元になった夕夜が転びかけて、最も近くにいたオーガが手を伸ばして転倒を防ぐ。

「しっかりしろ!」

「オーガ助けて!」

 夕夜の足元を見ると、右足に黒い触手が絡まっていた。

「やだやだ!」

 振り払おうとした左手にも触手が絡みついてくる。

「やだーっ!」

「こいつ!」

 オーガは即座に触手を拳銃で打ち抜いた。異変に気付いたグレヴリーとジルにも手伝わせて、二つのバングルは失ったものの。事なきを得た夕夜共々、三両目に引き上げさせようとした。

「碎王! ここも――」

 駄目だと言いかけた口が止まった。振り返ったそこに、いるはずのない彼がいた。


「アニー……」

 灰になったはずだった。あの超高温な燃焼促進剤によって、骨の一部は気化までして無くなったはずなのに。

「――置いてかないでよ?」

 壁に飛び散り、粘ついて垂れたタール状の粘液より。かつては人であったアニーの顔の半分が、黒い涙をだらだらと流しながら横たわっている。

 それを見下ろしたオーガは、列の最後尾にいる碎王に告げた。

「先に行ってくれ。これは、俺の問題だ」

「時間はないぞ? この四両目もすぐにパージする」

「わかってる」

 すれ違いざまにそれだけを言い合い、誰もいなくなった四両目でオーガは、アニーと再び対峙した。

「お前、人の話を最後まで聞かないタイプだったんだな? 灰になってまでしつこい奴だ」

「――置いてかないでよ?」

「くどいぞ」

 絡みついて取れなくなった外部の触手による圧力を受けて、車中の空気もプシューと音を立てて漏れ始めた。

 サロン車との連絡通路より、銃を片手のジルが呼んでいる。

「オーガ!」

 その声を背に、オーガは車内の明かりも消えた警告ランプが回る中で。アニーへ照準を合わせた。

「幸せなんだろ? 彼女と一緒で」

「――祝ってくれないの?」

 発射トリガーを弾いた。――受け取れ。

「祝砲だ」

 発砲を受けた顔は、模っていた粘液をべしゃ、ぼしゃと飛び散らせた。それでも、オーガを道連れにせんとした飛沫より触手が生えて、伸び来る。

「オーガ!」

 ジルも、グレヴリーも。サロン車の入り口から退避してくるオーガの援護射撃を開始した。

「くそったれ!」


 オーガは放棄寸前の四両目より三両目へ飛び移ろうとして、阻んだアニーの触手に足を取られて躓いた。

 ジルは、発砲をやめたグレヴリーが一足先に飛び出そうとするものを制して、オーガに駆け寄った。

 そこに、大口を開けて食らいついたアスタロト本体の牙が突き刺さり。四両目は、三両目の天井に着地したフォックスの援護射撃も行われた中で。サロン車に近い前方部分を僅かに残して食い千切られては、飲み込まれていた。

「――ジ」

 相棒の名を呼ぼうにも、声にならなかったグレヴリーの衝撃と。四両目を切り離すパージの音が、バスンと抜けたのも同時であった。

 そして宗谷の瞳に、秒単位の刻みが現れた時の流れは、止まっていた。

「リバース」

 魔の十一分ならぬ、訣別の十一秒が逆針となってカウントを始めた。

 一秒、一秒。過ぎた時間と、起きた事態が逆再生を始めて全てが戻り出す。

 四両目が破壊される前にまで時が戻ると。躓いたオーガへ向かって駆け出すジルが、動き出す瞬間に合わせて宗谷は呟いた。

「リピート」

 十一秒では足りなかった時を、反復させた。逆針の中を一秒、二秒と今度は時が進むにつれて。碎王が、飛び出すジルを制してオーガに駆け寄り、助け起こした。

 十一秒が経ったところで、宗谷は最後の力を振り絞り。再び逆針の後進を再起動する。

「リブート」

 オーガをサロン車内へ連れ込みつつ、パージボタンを押した碎王が駆け込んだところで秒針はゼロを示し、宗谷の力は事切れた。


 夕夜は、サロン車の床にばったりと倒れ込んだ宗谷の姿をスローモーションで眺めていた。――こんなの嫌だ! 海咲さん!

 自然と、持ち得る静電気の摩擦と摩擦が弾けていた。

 そこで力の制御など、出来ようものか。本能の導火線に火がつく爆発を、もう誰も止められやしない。

「あああああーっ!」

 小さな静電気から始まった、摩擦の擦れが手と手を取り合い。四方八方へと枝分かれした大樹の筋が花開き。広大な宇宙の一角に、稲光の森が走って集った。

 音の伝導などないその宙に。電磁場で歪んだ歪みがねじれ、放電プラズマスパークの束が収束しては点となり。一気の収縮をした後で、今度は破裂する摩擦のビッグバンを起こしていた。

 幾千万本もの神々しき稲妻を走らせた磁場には穴が開き。ピックスは瞬間的に歪んだ亀裂の中へと吸い寄せられた次には、弾き飛ばされていた。

「くあっ!?」

「うおおっ!」

 その一瞬に。碎王はスパークした光の中より現れ、四両目とアスタロトを丸ごと、ひと飲みして消えた骸骨姿をちらりと垣間見ていた。

「オロバス?」

 けれどすぐに。下へと引っ張られる引力に従い、落下を始めたピックスごと落ちる感覚に悩まされた。

「はっ!」

「はぁあ!?」

「うおおおおーっ!」


 叫んだグレヴリーたちとは相反して、静かな時を得たビクターサーティーンは。地球へ向けての帰還軌道に乗っていた。

『――これより。地球で待つ者たちに、大事な話をしたいと思う』

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