第26話 ゴーフォアランチ


「碎王よ。もう一度、順序を確認してもいいか?」

 グレヴリーは初めての大気圏外を体験して、子供のようにはしゃいでから申し出ていた。

「勿論だ。夜食、取りながらでいいか? 宗、コーヒーも頼む」

 ピックスはいま地球を離れ、放出船を目指して走行している。

 運転席のアンディも、指標となる地点を確認していた。

「フィーニー? ビクターサーティーンとの合流座標は――これで、合ってるか?」

「間違いないよ」

「オゥケィ。ジャンプだ」


 大気がなければ、本当に星が瞬かない感心が寄せられたのも束の間。これからの作戦手順を、ジルとオーガも再確認したい気持ちが逸る。

 夕夜はと言うと、初めての宇宙航行を体験していてずっと興奮気味である。サロン車の窓辺に流れる光景を、じっと眺めて飽きないと言って離れなかった。

 不思議な事に、ずぶ濡れとなった者たちが順に風呂と着替えを済ませた頃には。発熱していたものも治まり、元気を取り戻していた。

 休暇中であったコテージをピックスで離れる際に、残りの食料を積み込んでいた抜け目のなさも功を奏し。サロン車では一戦を交えた後の、これからを見通した腹ごしらえも始まっていた。

「しっかし、よくまぁ。あの騒ぎの中で食料、積み込んだな?」

 オーガが感心しきりだった。普通なら非常時にそこまで気を回さない。

「前にさ? 連戦続きの時に、食料に困った事があってさ?」

 着替えなどは旅路の途中でどうにかなっても、食料だけは補給ポイントがなければ飢えるのみ。碎王は、過去の教訓を活かしただけだと述べていた。

「それからは。何はともあれ食い物だけは、置いていかないようにしてるんだ」

「――夕? ほら、プリン」

「わっ! やった!」

「こっちに来て?」

 宗谷に促された夕夜は、ようやく窓辺を離れてカウンター席へと進んだ。

 傍らの、リクライニングソファーゾーンでは。大人たちが真剣な眼差しで作戦会議を開いている。

「どこで歪むか分からないものを、どうやって捉える?」

「そこは夕夜だ。摩擦で歪みを寄せてもらって、開けてもらうのさ」

 そして、閉じてもらえば良いとする発言が飛び出していても。当の本人はプリンを食べようとする慣れない左手での、スプーン捌きと逃げる本体と格闘中で聞いてもいない。


「本当に、そのゆがみがなくなって、ひずみが閉じれば。地球に、飛来外来種は来なくなるんだな?」

 碎王に対する質問だったものをオーガが応じた。碎王は、宗谷手製のサンドイッチを頬張っている最中だ。

「あいつも言っていた。十五番目は、歪みが小さすぎて通れなかったとな」

 ここまで来てしまったものは仕方がないと、男らしく腹を括ったジルも積極的に参加している。

「その歪みって――、落ちたとか言ってたけど。どんな感じ?」

「そうさな――」一口目を嚥下してから碎王は続けた。「それこそ雷の時に、発雷して稲妻が走るだろ? その筋に吸い込まれる感じだ」

 グレヴリーたちもサンドイッチを口に含みながら、「ほーん」と関心しただけで話題を戻そうとした。けれど、碎王がその歪みを通った所為で、尋常ならざる力を宿したと話し出したからには、脱線したままの話が進んだ。


「もともと。俺たちには特殊な能力なんて、備わってなかったんだ。宗は――、別だけどな?」

「ほうなのは?」

「グレヴリー。食べ物を口にしたまま喋らないで」

 ジルが相棒に代わって非礼を詫び。カウンター席で夕夜の同席をしてプリンのケースが動かないよう、固定してやっているフィーニーが口を挟んだ。

「僕と兄さも。元は人間だった、って言ったでしょ?」

 碎王がその経緯を語る。

「フィーインとフィーニーも、向こうでは名の知れた情報員でね。飛来外来種の察知や情報収集に優れてたから、時々。一緒に仕事をしてたんだ」

 星と星との星間飛行も常であった向こうの世界はとても広く。政府や民間から依頼された外来種退治を請け負う碎王と宗谷コンビは、ピックスを製造したアンディとも組み、退治屋をやっていた。

「あの日も。お転婆なクイーンの退治依頼が来て。いつも通りやっていた」

 フィーインとフィーニーは、ファーボとスロットという二機の衛星と感知演算に優れた探知機能を自在に操る、凄腕の諜報員でもあった。

「それが。交戦の真っ最中にいきなり、バチンだ」

 碎王と宗谷は地球の大気中に投げ出され、近い箇所に落とされたアンディ運転のピックスに拾われ事なきを得るも。フィーインとフィーニー兄弟は宇宙空間に放り出されていた。


「息が出来なくて、死ぬかと思ったよ?」

 張本人が述べると現実味が伝わってくる。

「まぁ、その時にはもう。僕らの体、ファーボやスロットと融合しちゃって、機械仕掛けの体になっちゃってたんだけどねー」

 途中から棒読みになっていたものを、グレヴリーはじと目で流した。普通の神経であれば、もっと真剣に悩んだりするものだろう。それを受け入れ、使い熟せるようになったところを見れば、もとの芯が強かったと思わざるを得ない。

「そんで? 碎王には重力壁を操る力が宿ったと?」

「そうさな。もともと拳に自信はあったんだが。まさか、だよ。宗谷には、何の変化もなかったらしいが――」

 カウンター席に腰かけている宗谷が口を挟んだ。

「いいえ? 操れる時間の、残り時間が分かるようになりましたよ?」

「あぁそうだったな」

「アンディは?」オーガが訊ねた。「あいつには、何の力が宿ったんだ?」

「もともと、機械弄りが得意だったんだが。大抵の装置は、機能を想像するだけで作れるようになったんだ」

 全ての種明かしをされたジルは大いに納得していた。

「なるほどね……。そういう事だったのか」

「いいねぇ」と羨んだのはグレヴリーだ。「俺にもそんな力、宿らないかねぇ?」

 碎王は苦笑う。

「なに言ってんだ。百パーセントの狙撃率なんて、向こうにもいやしなかった。とてつもなく二人は、凄い存在だと思うぞ?」

 もしも歪みが閉じた後に、飛来外来種が地球へ到達することがあれば。それこそ天命。その場合でも、グレヴリーたちがいれば、地球も安泰だろうと続き。宗谷も告げた。

「僕たちは、そうして一度歪みを通って。特有の磁気を帯びてたから、夕と接触しても静電気が起きなかったんだと思う」

「なるほど。歪みを体験していない人間に、ビリビリきたのもその所為か――」


 ここで話がようやく本筋に入った。

「間もなく接近するビクターサーティーンに追いついて。ピックスの最後尾車両とドッキング。ナンシーの遺物をピックス内へ回収する」

 ここで早くもオーガが挙手をしていた。

「おたくらのことだから、問題はないとは思うが? 一応、確認させてくれ」

 碎王は手を広げて応じる。

「何でも?」

「放出船と列車で、ドッキングなんて出来るのか?」

「ビクターサーティーンは、俺たちがこっちへ来てから。アンディが中心となって宇宙航空局らと共同で開発したんだ。互換性はばっちりさ」

「もう一点。放出船はそもそも無人仕様だ。有人航行は想定してない」

 当然の規格であった。灰や死骸になったとは言え、飛来外来種を太陽系外へ放出するまでの間に、万が一にも復活、再生してしまった場合。誰の助けも得られない、有人航行はリスクが高すぎた。

「その為の最後尾車両さ。事務総長に頼んで、地球帰還までの大よそ三週間分以上の水や、宇宙食を積んで貰っている」

 オーガ、グレヴリー、ジルと夕夜の四人が地球へ戻るまで快適に過ごせるよう、居住空間も備えた臨時の支援船ともなる八両目が途中で加わったのはその為だ。

「地球までの帰還コントロールは宗谷が、ピックスより遠隔設定する」

「途中で何があっても、地球へ帰れるんだろ? けど、着陸はどうするんだ? 車両背負ったままじゃ、バランス悪いだろう?」

「その点も心配ない。今回は陸じゃなくて、洋上に着水させるから。まぁ、ちょっとは衝撃があるかも知れんが。回収と迎えも、事務総長に頼んであるから心配ない」


 そこまでを想定していた碎王は続けた。

「七両目と八両目を切り離し。地球帰還軌道に乗ったサーティーンと八両目の中から、夕夜に摩擦を解放してもらい。歪みも引き寄せて貰って、歪みを開く」

「ピックスが、ナンシーの灰とアスタロトと共に歪みに消えたら。夕夜に閉じてもらう――」

 グレヴリーが頬に貯めた空気を「ぷうっ」と吐き出した。

 今のところ、ゴッズやオーガに大きな役割はない。ここまで来たのは、見届ける為にすぎない。むしろ、大役を負った夕夜に視線が集まる。

「責任、重大だな?」

 しかし、プリンを食べ終わった本人には緊張感など微塵も漂っていなかった。むしろ、初めての修学旅行気分のようだ。

「ワープ体験したって言っても、信じて貰えなさそうだね!」

 にこっと笑顔が弾けたそこへ、運転席のアンディより通信が入った。

『――ジャンプアウト、一分前だ』

「了解。アンディ。――さぁみんな、そろそろ行動に移そうか」

 まだ誰も体験したことのない作戦が開始された。


 外来種放出の任務を負ったビクターサーティーンが孤独に航行を続けている真横に、ピックスはワープアウトしていた。

「これより、ドッキングプロセスを開始する。――フィーイン、フィーニー。フォローを頼む。宗谷?」

「オッケー。外にいるから何でも言って?」

「サーティーンの航行システムにリンク中。並航速度を合わせておいて?」

「了解した」

 アンディは、先頭車両の運転席両側にあるマスコンと足元のペダルを細かに動かし、上部パネルのスイッチなども操作しながら車体を寄せてゆく作業に取り掛かり。フォックスは動力部がある二両目より、宇宙空間へと飛び出して行った。

「宇宙でこいつと再会するとはな……」

 サロン車の窓から見えたビクターサーティーンの、勇往なロケットらしい姿を眺めたオーガに、グレヴリーも肩を並べた。

「しかも追いつくとか。全く、ワープだジャンプだのって、映画やドラマだけの世界かと思ってた――、っ!」

 ピックスの車列がドンと大きく揺れ動いた。


「何だ、おい!?」

「アンディ?」

『――接触してないぞ? フォックス?』

『――何も? ピックスの周囲には、衝突するような物はないよ? 当たった形跡も……』

 放出船やピックスの全体を見渡していたフィーインとフィーニーは、七両目で起きていた異変に気づいた。

『――あぁ、まずいかも。これって』

 もしや。その目が捉える爆発的上昇数値は、宗谷の手元にあるタブレットにも送られている。

「まさか――」

 アスタロトが、と呟く間もなく。五センチ立方の鋼鉄キューブ内に閉じ込められていることに立腹もし、異議を申し立てた咆哮が爆発していた。


『――碎王! 七両目の装甲が、内側から食い荒らされてるぞ!』

 碎王たちは、三両目のキッチン兼サロン車に宗谷と夕夜を残し、四両目の食料保管域から五両目の居住スペース脇を駆け抜けていた。

 彼に続くグレヴリーとジル、オーガは六両目の武器庫を通り過ぎ際に、各々の愛銃も手に取り七両目へと向かって行っている。

「キューブの中、無酸素状態だったんだろう?」

「あぁ。それだけじゃあれは死に絶えんのも解っちゃいたが、まさか。電磁吸収できないように施した、特殊な鋼鉄キューブさえ食い破るとは! ――あぁ、まずい!」

 先頭を走っていた碎王が急に止まったので、後に続いていたゴッズたちが次々に玉突き衝突を起こしかけた。

「何だよ!」

「アンディ! 七両目と八両目を強制パージで切り離せ!」

「ああ!? なに言ってんだ! まだ俺たち、乗り込んでないぜ?」

 碎王はグレヴリーたちを顧みる。

「あの車体に傷でもついたら、それこそお前たちを無事に地球へ帰せん!」

 アンディはスイッチ一つで、七両目と八両目を繋いでいた通路を遮断し、切り離した。

「フォックス! キャッチを頼む!」

『――了解。あとで乗り移らせる為にも、大事に扱えばいいんでしょ?』

 碎王が通信に割り込む。

「それもあるが。どっちか一人、サーティーンに乗り込んで、ナンシーの遺灰を回収してくれ」

『――オッケー。まかせて』

 ビクターサーティーンへ向かって飛んだフィーニーを見送りながら。強制切断パージによって、宇宙空間を漂い始めた八両目を片手で掴んだフィーインが、久方ぶりに言葉を発した。

『――七両目も切り離せ。さもなくば六両目も巻き添えを食うぞ』

 

 六両目と七両目を繋ぐ連絡ブリッジにまで至っていた碎王はすぐさま、『――兄さが喋った!』「今の誰だよ!?」と騒いでいるグレヴリーたちにも引き返しを促し、六両目へと戻った。――あの七両目には、へその緒を納めていたキューブの他に、燃やし尽くしたアスタロトとアニーの灰を保管していたコンテナもあったのに。

 車両同士の架け橋となっていたボーディングブリッジを、手動ボタンのカバーを叩き割りながらで強制切断した。直後、何層もの鋼鉄と特殊素材で覆われていた七両目の殻を内側から突き破り、生まれたお玉じゃくし状の物体が顔を出す。

 そして。宇宙の漆黒にも負けない、底知れない大きな黒い口を開けたものは。自ら破った七両目の装甲をむしゃむしゃと食し始めた。

「何だよ、ありゃあ?」

 間一髪のパージで事なきを得たグレヴリーたちは、六両目の窓から形を変えた――と表するよりも。お玉じゃくしの形をしたへその緒がそのままの姿で、よりどす黒くさも増して大きく、巨大へと膨れ上がってゆく様を眺めた。

「あれもまた、生命の本能だろうよ?」

 呟いた碎王の目と、アスタロトの黒い目が合った。――あぁ。そこに美味そうな食料があるじゃないか。

「くそったれ」


 サロン車で、航行システムにアクセスしていた宗谷の異変に、夕夜だけが気づいていた。

「海咲さん?」

 胸の痛みで顔を歪めた宗谷を、夕夜は心配そうに覗き込む。

「僕に、何か出来ることがあればいいのに……」

 一人、戦力外であることがじれったい。その手がバングルに触れかける。

「……だめ」

 宗谷は、苦しそうな肩で息を整えた手を夕夜に掛けた。

「今、力を使ったら。アスタロトがピックスを襲ってしまうから」

 ――そうだ。摩擦力が少しでも発生しようものなら、外来種が寄って来てしまう。

「海咲さん、また残り時間、縮んじゃったんじゃ……?」

 懐中時計を出すと、針は十二秒を指していた。

「大丈夫」

 宗谷は夕夜を抱き寄せた。

「大丈夫。大丈夫……」

 懐中時計のネジを回して、オルゴールの音を響かせた。

「海咲、さん……」

「大丈夫。きっと帰れる」

 終わらせてみせるから――。

 その思いを切り裂く力も引き寄せられていた。

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