第24話 チーム碎王


 一発の落雷は確かにあった。

 鋭い切っ先の矢を放ち、大地の土さえ掘り返した雷音は、パツオン、ドドンと大気を揺るがし。天からの先駆放電と大地からの先行放電を、実に見事な一本の線条軸で繋げた主雷撃でもあった。

 オーガたちへの着雷を無効とする幕電と渦雷の発生も同時であったにも関わらず。過大な摩擦による雷放電磁の軍配は夕夜に上がっていた。

 しかも、上空一万メートルにまで沸き立っていたスーパーセルの暗雲を、瞬く間に薙ぎ払い、離散させてしまった空振圧力波も半端なかった。

「くぅーあ! 痺れるねぇ!」

 グレヴリーは強制的に追い払われた夜空を食い入るように見入っていた。ぐるりとその場で回ってみても、星があまりによく見える。

「こいつは凄ぇ!」

 閃光だけの幕電であったとはいえ、まともに直撃を食らえば人間など一溜りもないだろうそれを。操っている者がいるのだと思えばこそ。

「夕! あんまり飛ばすな――、よ?」

 視線を落としたグレヴリーが夕夜を眺めると、小さくなってしゃがみ込む姿が映り込んだ。

「……ってお前、何やってんだ?」

 更に右手を痛めたか――、なる心配を寄せたジルと共に駆け寄ると、夕夜はぐしょ濡れの頭を抱えて震えていた。

「僕……雷っ、嫌いなんだっ」

「はぁあああ!?」

「えぇ? 雷を操れるのにかい?」

 夕夜は腰を落としたジルにしがみついた。


「わっ!」

 急に抱き付かれた勢いも余って、ジルはぬかるんでいる地に尻もちをついてしまう。

「今の僕じゃない!」

「え、夕じゃないの?」

「ぴかって光ったのが怖くて、どっかいけって思ったら!」

「右手、悪化してない?」

「うん。それは平気。体がじんわり、ムズムズしてるけど。むしろ、楽になった感じ?」夕夜はぐずりと鼻を啜った。

「……そんなに雷、怖いんだ?」

「だって! 自分のは落ちるところを決められるけど、自然のは、どこに落ちるか分からないでしょ!? おへそも取られちゃうんだよ!?」

「……」

 なるほど――。よく分からん。見つめ合ったグレヴリーとジルは目と目で語り合っていた。

「大きな音も大っ嫌い!」

「オゥケィ、夕。ほら立とう!」

 ジルは怯えきった夕夜を立たせてやり、グレヴリーは指で後方を指す。

「お前のやる気だけはよく分かったから、今は。大人しく下がってろ」

 バングルを拾い上げた宗谷と碎王もやって来て夕夜に促す。

「この力を必要とする時が来るから。今は大事に取っておいて?」

「ピックスの中で待っててくれ」

 口をむの字にして落ち込んでもいた夕夜は、拗ねた口調で了解していた。

「分かった……」

 まだ一パーセントも本気を出していないのに――。

 よろよろとピックスへ戻って行く夕夜を見送ったグレヴリーは指示を乞う。

「で? どうすりゃいいって? シーラワン」

 フィーガの長は、口の端をにやりと上げた。

「一先ず、普通にぶっ倒す。ゴッズワントゥー、フォックスが毒の無効化と浄化を施したら、ぶちかましてくれ」

 チーム碎王が始動した。


 満天の星空の下で。オーガは先までの豪雨により泥沼と化した大地を、ぐしゃりと踏みにじりながらアニーのもとへと歩み寄っていた。

 歩行を止めた足元では、アニーが全身をひくひくと痙攣させて、引き攣らせている。

 はっはと小刻みな呼吸もままならないアニーの傍らに膝をつくと。先まで顔を叩いていた雨粒がつるりと零れ、涙に見えたのは気のせいか。

 オーガたちを射るはずだった幾本もの落雷は、夕夜が一時的に制御バングルを外した摩擦の歪曲により、奇しくも撃ち手自身にまとめて落ちていた。しかも、過剰な逆流荷電圧が本人にとっても予想外であったようで。驚愕の目を見開いたまま震撼している。

「……折角。再び命を宿したのなら、以前のままのお前であって欲しかったよ」

 ひくつく顔を覗き込むオーガへ、アニーは呟く。

「あん、たがっ……羨まし、かった」

 逞しく、男らしい者がずっと嫉ましかったとアニーは続け。オーガは静かに問いかける。

「なぜお前だったんだ? この地で死んだ者は大勢いるのに?」

 アニーはガタガタと震える笑みを作った。

「ふふふっ、だって、彼女。とっても、綺麗だっ、たんだ……」

「何だと? あんな妖忌な、怪物が綺麗だと?」

 アニーにとっては、アスタロトが麗しき天使に見えたと言う。だから両手を出して抱き、包み込もうとした。腕をしゃぶられ、食い千切られようとも縋り、ハートを射られた。

 毒気に侵されたアニーの思考は、既に病んでしまっていたらしい。

「僕はっ、幸せだっ、たんだ……」

 オーガは頭を垂らし、「そうかい」とだけ囁いて顔を上げた。その時には既に、アニーの眼と瞳孔は開いたままとなり、事切れていた。

 やり場のない手で自らの太ももを摩ったオーガは、「最後に一つ」と切り出した。

「勝ちたい時は、多くを語るなって言うだろう? 負けた時こそも、何も話すなっていう格言があってだな……」

 オーガは跪いていた腰を、「あえて、一言だけ言わせてくれ」と言いながら上げた。

「くそったれ――」


「――いいか。狙いはへその緒だ。図体はデカし、見た目もグロいが。弱点は脳天でも心臓でもなく、生命の核たるべき、へその緒であることは判っている」

 碎王はゴッズとフォックスを前に作戦を立てていた。

「可愛いもんだ。縦横一、二センチ弱の、お玉じゃくし状のやつで。それが電磁エネルギーを吸収して蘇生させてしまうんだ」

 グレヴリーが口を挟む。

「狙いが明確なのはいいが――推定全長、八十メートル級の巨体のどこに、その肝心のへその緒があるんだよ?」

「ん、多分。腹ん中のどこかだろ」

「あぁ? 多分って何だよ多分って!」

 両者の間に入った宗谷が口を出す。

「フィーニーが場所を特定してくれるから。狙い撃ちで」

「撃ち抜けと?」

 碎王は言い切った。

「あぁ。うちには狙撃のスーパーエースが二人もいるからな」


 トランシーバー型の通信機を耳に当てていた宗谷が、「事務総長です」と言いながら碎王へ手渡して受け取る。

「報告が遅くなって申し訳ありません」

『――今、アフリカだって? アスタロトが復活したって、本当なのか?』

「その通りです。これより全力で対処します」

『――周辺各国も殺気立っている。第四の黒点が刻まれるのだけは、何としても避けたい』

「一つ、お願いがあります」

『――何だ? 私に出来る事であれば、何でも言ってくれ』

 碎王はひと呼吸を置いてから、頼み事を告げていた。


 その間、碎王に代わって宗谷がフォックスへ指示を出している。

「特大のアイアンウォールをお願い。無効化と浄化にどれくらいかかりそう?」

「設置も同時で?」

「希望は一分」

「一分じゃ、完全停止にまではもってけないよ?」

「それは別で」

 フィーニーは片腕を回しながら雄弁を振るった。

「じゃあ五十秒で」

「充分」

 その意図を酌みきれなかったジルが問い、宗谷が答える。

「無効化って?」

「アスタロトは呼吸をするだけでも、地球環境や人体に有害な毒を吐いてるから。僕たちも下手には近寄れない」

 まずはそれを無効化する為に、ドーム状の密閉アイアンウォールで閉じ込め、中を一時的に無酸素化させて、窒息状態に陥らせるのだと告げられたグレヴリーは納得していた。


「なるほど? 息ができなきゃ毒も吐けねぇってか」

「そう。跳ね回る触手が、毒の飛沫を無用に飛ばすのも防げるし。予め中和の浄化もしておけば、壁を解放後すぐ近づけるから」

「でも、待って?」ジルが疑問を呈する。「それなら、そのまま。窒息させておけばいいんじゃない? 呼吸が出来なきゃ、どうせ死ぬんだろう?」

「宇宙空間に放り出しても、へその緒が死に絶えなかったから。アスタロトは地球に飛来した」

 グレヴリーがおどけた。

「煮ても焼いても、食えないやつってか?」

「ん。何度か退治には成功したけど。まだ死滅にまで至らせたことがなくて。一先ず、失神したらウォール内に酸素を入れて、一気に叩く」

「そりゃそうだ。酸素がなきゃ、こっちも息ができねぇからな?」

「こっちの持ち時間は?」

「過去の例でいけば、酸素注入から十秒足らずでアスタロトの意識が回復するから――、最大でも二、三秒が限界かな」

 それ以上経つと、呼吸が始まりドームは再び毒気で満ちる。

 事務総長との通信を終えた碎王が割って入った。

「それに。酸素がなきゃ、焼却燃焼剤が燃えないだろ?」

 ――なるほど。よく分かった。

 とてもシビアでスリリングな時間割だった。

「いいねぇ。俺ぁ好きだぜ? こういうの」

 グレヴリーの発言に同意し兼ねたジルは、複雑な心境を腹の中に抱えたまま。今は、目の前の事案対応に集中しようとする気を切り替えていた。


 二人一機としたフォックス体が空中へと舞い上がり。碎王より頼み事を託され、一言二言を交わしたオーガと、夕夜を乗せたピックスも宙に浮いてどこかへと走り去って行った。

 碎王たちが居る場所まで、アスタロトの本体が一キロ圏にまで到達し。長く伸びる毒針の触手は、直線距離で五百メートルのところにまで迫って来ている。

「一発勝負だ。ここからは、一瞬たりとも気を抜けないぞ?」

 碎王が仁王立ちしている横で、グレヴリーはメデューサの腰を撫でつけながら吠えた。

「やってやろうじゃあねぇの!」

 ここでフィーガが退けば、地球の生態系は滅びの一途だ。

「フォックス」

「旋回分離中。これよりアイアンウォールを設置する」

 一機より二体へと分岐した噴射筋が、移動しているアスタロトを中心に捉えた半円の結び目を目指して孤を描き始めた。

「ゴッズ」

「ステンバイ」

「いつでもいける」

「シーラトゥー。読みを頼む」

「形成始動。十秒前――九、八、七……」

 後に引けない、カウントダウンが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る