第23話 特異の雷電


「あの歪みから外来種がやって来るんだって。証明する為に、わざわざ出向いてやったのに」

 ついでに絶望を与え、もっとゆっくり広がる震撼を味わうはずだった計画を知らされたオーガは。ずぶ濡れの不毛の地にてアニーと向き合っている。

 遠くて近い雷光が瞬くたびに、不気味な生体が近づいて来る姿と振動も大きくなってきている。

「お前はどうやってそれを知り得た?」

 アニーは、オーガの質問には耳を貸さず。愉快に現状を知らせた。

「結局、あいつが力を解放した時間が短かったせいで。十五番目はひずみを通れなかったみたいだけど。その代わり、痺れを切らしたアスタロトが眠りから覚めた」

 記念すべき1Aが、完全駆逐に至っていなかった事実が、五年という歳月を経て明るみになった。これだから飛来外来種の駆除は侮れない。

「ずーっと。復活の時を待ってじっと。特に一年前からは、活発に力を蓄えてきたアスタロトによって。僕も恩恵を貰って、特異になった」

「へぇ、そうかい。だったらお前はもう、アニーじゃないんだな?」

 にたり、とアニーはにやつく。

「酷いなオーガ。僕ら、畏友の仲だったのに」

 腕と手を模った機械仕掛けのグローブが、チカチカと放電していた。


「――あいつが呼び寄せてるんだ。磁場に反応することも知ってる」

 窓辺から二人の様子を見入っていた碎王が言い切った。

「アスタロトはやっかいだ。一筋縄じゃいかんぞ」

 ピックスに乗車している面々は、夕夜を除いて臨戦態勢に入っていた。仲たがいも詮索も答え合わせも後でいいとする結束だけで、場を持たせている。

「当然、対処法は知ってるんだろうな?」

 終わった後に、聞きたいことが山ほどあるとも言ったグレヴリーが訊ねた先で、碎王は初めて口籠った。

「……いや。実は、向こうでも苦慮してたんだ」

「はぁあ!?」

 重機関銃メデューサのタイミング調整をしていたグレヴリーは、素っ頓狂な声を上げた。

「つまりは何だ? 退治の方法が分からねぇってか?」

「分からないと言うよりも。まだ誰も成功した奴がいないって話だ」

 ブローニングの頭部間隙を施しているジルも半ば呆れた。

「それってつまりは、成功例がないってことだよね?」

「そうさな。だから困ってたんだ」

 あっけらかんと言い放った碎王の背を見つめてから、グレヴリーとジルは目を合わせた。――それを、絶体絶命のピンチと言わないだろうか。

 展望は、たち込めている暗雲に似て。決して明るくないと知る。


「――それ、どうした?」

「これ? ふふん。いいでしょう? 彼女がくれたの」

 アニーはオーガに見せびらかした。

「素晴らしき副産物だよ。命と引き換えの。電流エネルギーはね、生命の誕生にさえ作用するんだよ?」

 手の平に空いた穴から、おもちゃを与えられたかの無邪気な目が覗く。

「知ってた? アフリカは、この地球上でも有数の雷電地帯――」

 そこへ落ちて根付いたアスタロトは、一旦は撃退されるも。小さな胞子の種より少しずつ放電エネルギーを吸収して復活の時を待ち侘び。眠った黒の大地の奥底でくすぶっていた。

「彼女が教えてくれたんだ。どこから来たのか。どうして来たのか。全てをね」

 互いの口調が速く、荒さを増してゆく。

「それでお前は、何をしたいんだ? あんな、裏にどでかい組織がいるみたいな、滑稽な真似までしたのも、どうせお前なんだろ?」

「あれはただ、あいつがこれからの世界に、相応しいかどうかを見極めてただけだ」

「はんっ、お前は神にでもなったつもりか!?」

「僕は! アスタロトによって生まれ変わり。偉大な彼女と共に生態系の頂点に君臨するんだ!」

 与えられし力で世界を浄化し、新たな歴史を作るのだとアニーは告げる。

「増えすぎたものを減らすのは、種の本能とも言うじゃないか。生と死の均等は不可欠な輪廻。だから彼女はこの星に来た。一度リセットして、新たな生命の星と主になるようにってね!」

 オーガは鼻で笑った。生き返るのなら、元のままの彼であって欲しかった。侵食し果てた心の内も、毒にあてられ朽ちたらしい。

「ふうん? お前――。随分と落魄しちまったじゃねぇか」

 アニーも嘲笑い。双方の言い分は罵り合いに近くなる。

「親友を見捨て、落人になったあんたに言われたくないね! あいつもだ! 折角宿った力を制御して。バランスを崩させてるのは、あいつのほうだ!」

「俺の知ってるアニーはな。そんな皮肉で歪む醜い鉄面皮など持っていやしなかった! 優しくて、あったかいヤツだった!」

 アニーは機械仕掛けの手にエネルギーを貯め込み始めた。

「相変わらずあんたは、泰斗に従じる情けない男だ! 反吐が出る!」

「言っとくぞ。お前には今に天罰が下るだろうがな! その亜流、俺が直接叩き潰してやるよ!」

 腰の裏に隠し持っていた拳銃を取り出したオーガの頭上で。一段と大きい稲妻が雲間を翔け抜け、雷鳴が轟いた。


「――で? どうするよ、大将」

 誘導弾を発射、命中させずとも。アスタロトはピックスのいる地点へと向かって勇往にやって来ているそれを、スコープ越しで見つめていたグレヴリーが振り返る。

 アスタロトと共に、発達している雷雲が近づいてきている雨脚も強くなる一方だ。

 至るところから滴を垂らす碎王は、腕を組んだ仁王立ちのままで言った。

「倒すだけなら簡単なんだが」問題は、細胞レベル以下まで焼却しても、復活してしまう生命力の強さだ。当時はなかった現在に、フィーガが有する特殊な燃焼促進剤で焼いても果たして、焼却しきれるかどうか。「放出船は出払ったばっかりだし――」

 碎王はそこで、はたと気づいた。

「そうだ! ビクターサーティーンだ!」

「は? 打ち上げたばっかだろ? まだ木星か土星の辺り、通過してる最中だろうよ?」

 碎王は嬉々として妙案が浮かんだ頭髪を掻き上げ、一人で納得していた。

「それを使うんだよ! ――そうか。そうだよ、そうだったのか!」

「あ?」

 何のことやら皆目、見当もつかないグレヴリーは訝しんだ。

「大将。分かる言葉で頼む」


 理解不能な者がいる一方で、作戦の意図を読んでいた者もいた。

 ピックスの中からフィーニーたちを引き連れて出て来た宗谷も、一瞬にしてずぶ濡れとなるものも構わず、碎王に詰め寄った。

「そうそう上手くいきますか? あの子に、どれだけの反動が出るのかも分からないのに?」

「お前も、時間がないのは分かってんだろう? 」

 碎王は、パンツポケットからペアの懐中時計を取り出して握った。

「それこそ、残り十四秒がなくなったら、お前自身にも何が起こるか、俺にだって分からん!」

 力を使っていないのに、この二十四時間で二秒も失った。

「だが、やらなきゃならんのだ。こうなったのは、俺たちの責任でもある。お前が使った時間は、ほぼ俺たちを助ける為だったろう?」

「――海咲、さん?」

 弱弱しい夕夜の声がして、宗谷たちは振り返った。

「夕……」

 火照る体に掛けられていたブランケットを握ったまま、サロン車の乗降口にぽつんと立っている彼はあまりに儚い。

「……時間が。海咲さんの残り時間、無くなったら。海咲さん、どうなっちゃうの?」

 そこに、僕はという言葉も織り込みたかったのだろうそれを。押し殺した夕夜の優しさを感じた宗谷は、下唇を噛みしめながら乗降口に歩み寄った。

「分からない」

 体験したことも。経験したこともない事であるから。嘘だけはつきたくない首を横に振るしかできなかった。

「でも……何となく、だけど。消えちゃう気がする」

「消え……っ!」

 それが全うな代償だと呟かれたものに。夕夜は目を見開いて唖然とした。消えてしまう? 宗谷が――。

 掴んでいたブランケットが乗降口にストンと落ちた。

 その目に飛び込んだのは、これまでにも何度となく目にした巨大な飛来外来種が押し寄せてきている震撼の間。


 これまでもそうだった。あれほどの怪獣らしき巨体の化け物を相手に、碎王たちは怯むことなく戦ってきていた。そして今回も、逃げもせずに立ち向かおうとしている。

「……怖く、ないの?」

 普通なら腰を抜かして慄くはずだ。現に夕夜は、逃げ出したい恐怖でふるふると震えるものを抑えきれなくなっていた。

「怖くない、って言ったら嘘になるけど。それが誇れる仕事だったし。大切なものを護れてきたから。幸せだった」

 最後の言葉を耳にした夕夜は、茫然としたままで宗谷を眺める。

「……幸せ?」

「うん」

 宗谷は、夕夜の記憶に沢山残っている印象深い笑顔で告げた。

「共に戦って、寝起きして。時には馬鹿も言い合って、喧嘩もして。かけがえのない時を一緒に過ごした、仲間に出会えたから」

 惜しげもなくさっぱりと言い切った宗谷を、夕夜は羨ましそうに見つめていた。

 そして、自分でも驚くべき一歩を。ピックスの外へ踏み出させていた。


「夕? 何してるの! 熱もあるのに!」

「おい、夕! お前は中で安静に――」

 グレヴリーたちの制止も訊かず、夕夜は激しく降りしきる黒き雨の中に身を置いた。 

「……僕もやる」

 離れたところで対峙しているオーガたちを見据えた背中越しでは、その一言目がはっきりと聞こえず。グレヴリーは聞き返した。

「……あ? 何だって?」

「僕、やれるよ?」

 正直を言えば怖い。膝がガクガクと笑って仕方がない。けれど後悔をしたくない。その一心であった。

 他にも心をざわつかせている事は沢山ある。ありすぎて、思考回路も破たん寸前になっている。されど、ふと思った。

 宗谷たちは落ちたと言った。碎王はこの世界ではない、向こうと言った。

 彼らには、彼らが住み暮らしていた世界があったのではないだろうか。


 宗谷が、止まったままの懐中時計を懐かしくも寂しげに眺めていた。

 ――もしかして。ずっと帰りたかったのではないのだろうか。

 頭の中を子守歌のメロディーが駆け巡った。

 手と手を繋ぎ、お家へ帰ろう。手と手を繋ぎ、一緒に帰ろう。

 夕夜には帰る家など無くなってしまったけれど。彼らにはまだあるのだろう。

 帰れるものなら帰りたいと思う気持ちはよく分かる。

 戻れるものなら、戻りたい気持ちも――。


 夕夜の目から、涙が溢れた。しかし空からのけたたましい涙雨によって、誰にも見られずに済む。

 碎王は、この逆境を乗り越える術があるとも言い、策があると言った。

 ならば自分も、今やれる事をしたいと思った。だから、真っ直ぐに顔を上げて涙も拭おう。

「僕はここにいる!」

 ぐずった鼻を啜った夕夜は手足に付けていたバングルを外し、内に籠っている熱を放出しにかかった。――そうだ。これこそが、僕の特異だ。

 発光し始めたその体を雨が穿ち。熱に温められた蒸気がシュウシュウと音と立てて揺らめく。

「夕……」

 宗谷は急に逞しくなった背を見つめ。

「――あいつ!」

 数発と発砲された弾丸を避け、オーガ越しに見えた摩擦の波動を認めたアニーは愉悦を綻ばせた。

「はっ! 今更、何をしようって言うんだ!」

 笑壺を転がして胸を擦った手を、残る全弾を発射しようとしているオーガに向けて掲げた。

「お前も、そのおもちゃを手にしたまま終わるんだ! お前らみんな潔く! アスタロトの糧となれ!」

 オーガの頭上で、眩い光の筋がジグザグ閃光で稲光った直後には、直下の一点を目指してバリバリと落雷してゆく。

「っ!」

 天を見上げ、雷電の一部始終を数値で捉えていたフィーニーの眼も見開く。凄まじき数値をたたき出した上昇と下降の波が、尋常ならざるエックス軸の波形を作り出していた。

「ジーザス! 磁場が!」

「ひゃーっ!」

 アニーが機械的な装置で誘発、誘導して紡いだその熱雷は。夕夜による無意識摩擦の、電位差渦雷を引き起こしていたことにもよって。一帯を真っ黒な雷雲で覆い、猛烈な嵐を引き起こしていた雨雲共々。雷鳴のない一撃の稲妻幕電だけで、暗雲の層は散り散りにされていた。

「――なっ!」

 ダウンバーストも激しい豪雨に立ち会っていた者たちの目に、清々しいほどの星空が映り込んでいた。

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