第19話 反撃のファルゴーレ


「――碎王? 碎王!」

 アンディの声が遠くから近くへと大きくなって、チカチカと残影も残る眼を何度も瞬かせながら碎王は気を取り直した。

「……あぁ、くそ。何なんだ、いったい――」

 うつ伏せで突っ伏していた状態を起こした碎王に、額を手の平で擦っているグレヴリーが近寄った。

「聞いたか? 碎王がくそなんて汚い言葉を使ったぞ?」

 彼が通常運転であるのを耳にするだけで、ここに集っている者たちが無事である証拠だと確信できる。

「宗たちは?」

 碎王はアンディに訊ね、ジルは空になった弾のカートリッジを交換している。

「山の上だ。無事らしいけど」

「狙いは夕夜?」

 グレヴリーも弾の詰め替えを行い、アンディに告げる。

「ピックスまだかよ?」

 碎王が口を挟む。

「いや。まだ下手に近づけないほうがいい」

「何でだよ? ピックスはあのくらいの雷撃、へでもねぇだろ? 外来種が相手じゃねえが――」グレヴリーは銃を掲げる。「こんなおもちゃじゃ俺らも本領、発揮できねぇぜ?」

「わーってるよ。ピックスじゃなくて、俺らが、の問題だ。夕夜以外にもいかづちを操れる者がいるとは」

 驚きだった。

「まぁ、確かに? あぁくそ、まだ痺れてるぜ……」

 首と肩を回したグレヴリーは、倒れ伏している名もなき襲撃者の一人を足で表に返した。

「こいつらか? 例の、雷命らいめいの波紋とか言う奴らは」

 あの病室事件以来、碎王たちは密かに調べを進めていた。

 どこからともなく漏れ、また聴き伝えにより歪曲もした夕夜を英雄視した民間の情報拡散により。彼こそが飛来外来種対策に新風を巻き起こす教祖的存在であると称える熱狂派と。そもそも彼の存在自体が、外来種の飛来に繋がっているのではないかと目論む、懐疑的な意見で熱弁を振るう凶行派が、破竹の勢いで勢力を拡大させているとの情報は掴んでいた。


 星空だけが彼らのやり取りを見下ろす稜線上でも会話が成されている。

「――久しぶり。だなんて、気安くは言わないよ?」

 無音のベールを脱いだ男は、くりくりと丸い童顔の眼を瞬かせながら告げていた。

「そいつは、存在しちゃいけないんだ」

 沈黙しているフィックスの機体より這いつくばって出て来た夕夜を、オーガはごく自然な動作で背に庇う。

「アニー」

 それはお前のほうだと睨みつけた。

「お前は死んだはずだ」

「おお怖い。あんたは以前のまんまだ」

 くすりと笑ったその笑い方さえ、オーガの思い出の中で鮮明によみがえり。アニーは懐かしさを滲ませた。

「もう五年になるかな? あんたに、見捨てられたのは――」

「見捨てただ? よせよ。俺がお前を庇ったんだぞ?」

 あぁそうだった、なる天を暗がりで仰いだアニーは改まった。くせのある巻き毛風な黒髪と、小柄な容姿はどことなく夕夜に似ている。しかし、刺々しい角がある物言いは対照的だ。

「どうでもいいよ、そんなこと」

 冷たく吐き捨てたアニーは、機械的な腕を垂直に構えた。広げて見せた手の平の中央には、大きな空洞が開いている。

「何だそれ」

 何の手品だ――とまで言い切れなかったオーガの目に、光を帯びた発光の稲妻ファルゴーレが真一文字の一直線上で飛び込み。バヅンと高鳴った水平の電撃が、肩をかすめて弾けていた。


「んんっ!」

 熱く痺れもした激痛を受けて、左肩を押さえたオーガはぐぐもる。――こいつ、古傷を狙いやがった!

「あの時のお礼」

 そしてアニーは、彼の背後で縮こまる夕夜も煽った。

「自分だけの専売特許だと思ってた? 残念。僕も特異になった」

 得意ではなく、特異とは何か――。何が起こり得ているのかの状況が全く掴めていない夕夜は、ただただ怯え。アニーは駄目出しとなる発言をしていた。

「お前さえいなくなれば、この世界は均等を取り戻す」

 だから黙って死んでくれ、との宣告でもあった。


「……なに、それ」

 負傷したオーガに添え手を出した夕夜は、アニーと呼ばれた若い男を見上げた。赤黒い戦闘服に身を包み、両腕の肘から下を機械的装置で覆った不気味な青年だ。

「僕さえ、いなくなればって……。どういうこと?」

 幼く見える目の下にびっしりと赤い蜘蛛の巣状に似た隈を敷く目元を、アニーはぴくりと動かした。

「あぁ――、言ってないんだ?」

 蔑んだ眼は、音もなく忍び寄っていた宗谷を捉えた。そして再び夕夜を見定める。

「お前が、外来種たちを引き寄せてるんだよ」

 夕夜の目が大きく見開く。

「僕が!?」

「そうだよ? 何だ、誰も教えてくれなかったんだ? ――酷いな? 大層な仲間ぶっといて」

「アニー! やめろ!」

 呻きながらも割って入ったオーガを、アニーは悲しげに卑しんだ。

「あぁ、オーガ。大事なことこそ先に言えって、教えてくれたのはあんたじゃないか!」

「夕! こっちへ」

 宗谷は稜線上に登りながら夕夜を誘い。夕夜も宗谷に救いを求める手を伸ばしかけた、そこへ。より強い口調となった言葉が掛けられた。

「言ってやれよ! 宗谷海咲。お前の力の所為で、天城夕夜に力が宿りましたってなぁ!」

 縋りかけた手が、止まった。

「え……?」


 得体の知れない者とは言え、その発言が胸に刺さった夕夜は驚愕の表情を灯して宗谷を見つめた。鼓動が、満天で瞬く星の煌めきのように焦燥で早なる。

「海咲、さんの。力の、せい……?」

 夕夜の思考も胸の内も、一気にざわざわとどよめき、えも言われぬ不審や懐疑で埋め尽くされてゆく。

「夕。その話は、後でちゃんと説明するから――」

 今はとにかく、こちらへと促す手を。夕夜は取らなかった。

「やだ……よ。海咲さん?」

「夕!」

 拒否の足を後ずらせた夕夜は、咄嗟に腕を掴んだオーガの手も振り払った。

「ねえ、どういうこと? 僕の力が、海咲さんの所為ってどういう――」

「おぉおまぁあえぇえええーっ!」

 夕夜の声を遮ったのは。墜落させられた者の怒りであった。


 キンキンキン、カリカリカリ。不協和音を奏でる金属と金属が互いを引っ掻く。

 ぜんまいが回り、人の形をしていたはずの躯体がコキン、ゴキンと音と立てて変形してゆく姿を。間近で見せられた夕夜の足が、また一歩と後退してゆく。

「あぁ……」

 普段、底抜けに明るいフィーニーの。優しい黄金色の瞳が真っ赤に変わる。

 風にも揺れる、柔らかい金髪の毛が根元から毛先へと真っ赤に染まった。

 普段はゴシックパンクな服装と、白い陶器のような肌の下に隠している鋼鉄の皮膚が、機械仕掛けの歯車回転をゴロゴロと鳴らし。沸騰に近い蒸気を噴いた管に巻き付く複雑なコードも入り乱れ、鋼の機体へ変貌しては巨大化してゆく。

「――よくも」

 狭くも細い稜線上を、ドンっと叩いた拳だけでも人の背丈よりも大きい。

 真っ赤に充血もした眼球をゴロリと転がし、再び「よくも」と吐いた恐ろしき口元には牙も見えた。

「よくも! 夕の前で――」

 恥をかかせてくれたなる、乗せたまま無様に墜落するなどという失態と。みっともない姿を晒してしまった責と恥が頂点に達したらしい。

「絶対に許さないからなぁあああっ!」

 フィーニーの咆哮が、山稜の尾根尾根にもこだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る