第18話 稜線上のアリア


 オーガたちのがなり声を聞きつけた碎王は、部屋の奥から表へ出かけた宗谷へ、「そこに居ろ」との指し手だけで制してバルコニーへと歩み寄った。

 停電したコテージ内外の明かりは、瞬く星々から貰い受ける僅かなおこぼれのみ。それでも暗闇に目が慣れてくると、薄っすらとではありつつ周囲の状況が窺い知れる。

 碎王は、バルコニーの手摺りや床を大きく穿った亀裂にも目を留めて。複数の場所で両者睨み合ったままの前線へ歩み出た。

「何の用だ?」

 こんな夜更けに。

「バーベキューの飛び入り参加が希望なら、明日にしてくれ」

 アンディとオーガはコテージの壁を背にして、互いの大きな体の間に挟んだ夕夜を庇っている。

 グレヴリーとジルは、狙撃の着弾を避けて伏した体をゆっくりと起こし、周囲の状況を冷静に窺っている。フィーニーも顔色ひとつ変えないフィーインと共にただじっと佇み、黄金色の瞳で粛々と瞳孔を開いては縮小する状況分析を収集していた。

「囲まれてる。全部で十五人」

 自動小銃やサブマシンガンを手にした武装集団が、狙いを定めた群れで詰め寄って来ていた。

「ぶっそうな世の中だ」

 立ち上がる中で呟いたグレヴリーは、相棒共々両手を挙げる。

「日本は銃社会じゃねぇはずだろ?」

 御託を並べるグレヴリーに、暗闇の中へ沈むフィーニーが言った。

「武器は百パーセント海外製だよ? 人間は、一人を除いて純国産みたいだけど」

 群れの主は、最後尾で冷酷に告げていた。

「――殺せ」

 

 コテージ目掛けての一斉射撃が始まった。バララ、バララと壁にも木々にも火花を散らせ、木目の破片が飛び散る弾丸が着弾してゆく。

 アンディとオーガは、夕夜を庇いながら手摺りを乗り越え、バルコニーの下へと飛び降りた。散弾の弾が彼らを捉えられないのは、三人の動きに合わせてフィーニーたちが遠隔で施した鋼の盾が、自動追尾の防御壁となっているからである。

 ――折角、晴れ男揃いのパワーによって、驚異的な雨男を凌駕して晴天としたのに。最後の最後で。

「とんだ散弾の雨、嵐だな!」

 グレヴリーとオーガも駐車場へとつながる階段を、転がり落ちるように縺れ行く。

 碎王は一人、バルコニーの中央で銃弾の雨を一身に受けていた。

「話し合いはなしか? 随分と荒っぽいな」

 ただし、その身を射る弾はなく。至極透明な壁に阻まれ、弾かれ潰れた弾頭だけが、足元でひたすら跳ねて山となる。それを見下ろした碎王は思った。――勿体無い。穿つ相手が違うだろうに。

 宗谷は風呂場の裏手より山側へと躍り出ていて、フィーインたちを促した。

「どこの機関?」

『――手配はかかってない』

 ならば新手か。

 人類保護を最優先するが為に、意図せず自然破壊も齎すフィーガの活動を問題視する声は早くから上がっていて、環境愛護団体からも敵視されてきた。有する特殊な能力を妬まれ、常に陰口も叩かれ、正直、圧力もかけられている。

 なれど、結果的に地球の生態系を揺るがす外来種を排除してきたフィーガ相手に、有無を言わさずに襲ってくるなど正気の沙汰ではないだろう。よほどの恨みか。よほどの事情があるにせよ。

「とにかく。夕を安全な所へ」

 ここで護るべきは一つである、フィーガの反撃が始まった。


 散弾の嵐の中。並べて停めていたSUV車にまで到達したグレヴリーとジルは、着弾のタイミングを見計らってドアを開けようとした手元に、更なる狙撃を受けて身を竦ませる。

「くそったれ! MP5か!」

 そこへ一段と大きな銃声を伴った弾が、顔の真横をかすめ。グレヴリーはめり込んだ痕跡を眺めた。

「ホローポイント?」

 ひしゃげた弾頭に目くじらを立てた。大型の動物も一発でしとめるライフル銃だ。

「狩られる側は好きじゃねぇ!」

 そう告げる間にも、ジルが車の後方部より搭載していた小口径の拳銃、グロック十七を取り出していた。

「あぁくそ! こんなことならメデューサ持って来るんだった!」

 二人が日頃、仕事で愛用しているブローニングM2重機関銃と、狙撃用バレット銃はどちらも対飛来外来種用に特化させた、射程圏が十キロ越えなる特殊誂えものである。

「山ごと吹っ飛ばす気?」

 一先ず、一番手前にあったこれでと手渡されたオートマチックを。呆気に取られながらグレヴリーは相棒と交互に見やる。

「おいおい、ジルよ。相手は九ミリ弾を毎分八百発で見舞うサブマシンガンや軍用ライフルだぜ?」

 これで戦えというのか、なる目は合わない。

「あぁもう、くそったれ! もっとマシなの積んどけよ! こんなおもちゃの銃じゃ、俺らの最大射程もザマねぇぜ!」

 口数の多いグレヴリーより先に引き金を引いていたジルの一発目が、暗躍する群れの二人を同時に撃ち倒していた。


 コテージの裏側へと回り込もうとしたアンディとオーガの前にも。銃を構えた暗躍者たちが忍び寄り。パン、パンと乾いた音を森の中へと反響させながら迫って来ていた。

 すぐさまフィーニーとフィーインが両者の間に飛び入り、鉄壁の盾を作っては。跳ね返った弾が発射した者たちへと撃ち返って倒れる角度も完璧に計算されたものである。

 合流した宗谷は、何事かの事態を掌握しきれていない夕夜に今一度の確認をした。

「手は? 右手、悪化したんじゃない?」

 すると、夕夜は怯えながらも言った。

「さっきの雷撃、僕じゃない!」

「だったら誰が――」

 オーガの言葉は途中で途切れた。一瞬で一掃されたはずの名もなき訪問者の内の数名が、再び追撃のトリガーに指をかけていた。

 バン、バラバラ。また始まった銃撃の散弾が森閑の山々に響き渡る。

 ここで議論している場合ではない。宗谷は瞬時に決断していた。

「夕。フィーニーたちと行って」

「え? 行くって、どこに?」

 疑問に答えている暇もない。

 アンディは片耳に装着している装置で、遠くの海軍基地に駐留しているピックスの動力を始動させている。

「海咲さん!?」

 縋りつこうとした夕夜の手は、変形して飛び立つフォックスたちによって届かなかった。


 明かりなき森林の中を器用にも縫った飛行機体が森の上空へと高くに上がった。そしてそのまま、上昇途中も一回転で飛行の安定軌道へと入りかけた、その瞬間。ヴヴと眩く光った一筋の、白くも青くもあった雷撃が、フォックスを直撃していた。

「はっ!」

 暗やむ空からジグザグの、バツンと一発落ちた落雷は。放電現象を伴い確かに落ちた。

 そして機体の端々から火の粉を散らし、スパークさせたフォックスの飛行体が木の葉の如く失速してゆく。

「何だって言うんだ!?」

 空に雲ひとつない状態で、雷を落とせる可能性があるのは夕夜のみのはず。オーガは肉弾戦で倒した武装者から銃を奪い、フォックスが墜落して行く方向へと急いだ。


 碎王はグレヴリーらと共にバルコニー側を取り囲んでいた武装集団を制圧したところであった。その頭上で走った稲光と遅れて届いた雷音に顔を上げる。

「宗?」

「おいおい、今のまさか! 夕のヤツか?」

『――違います。あの子じゃありません』

 通信での返答があってからすぐに、碎王は一人。渓流を挟んだその森の奥に気配を感じ、残る一人の存在に気づいた。注意深く目を凝らすとその者もまた、光っていたのだ。

 あれがこの武装集団の群れを操っているボスか――。

 そうと睨んだ碎王が、圧力の壁で先手を打とうとした拳に力を込め。碎王の所業に気づいたグレヴリーとジルも渓流河原より銃を構え。首謀者に狙いを定めた、その刹那。

 大気を伝って振動してきた、しびれの電動が三人を襲った。

「んんっ!」

「ぐっ!」

 例えるのなら、強烈なスタンガンを押し付けられたかの衝撃を受けて。三人は体を痙攣させながら瞬く間に倒れ伏した。


 コテージ裏からバルコニー側の様子は窺えずとも宗谷は、オーガの後を追う途中で異変を察した。

「――碎王?」

 そうと告げた宗谷の頭上を、何かが素早く飛び越えて行った。――今のは一体。

「アンディ。状況が掴めるまでピックスを近づけないで。それと表側の様子、見て来てくれない?」

「分かった」

 宗谷はオーガの後を追いかけ、アンディはバルコニー側へと別れて行く。

 一足早くに山の稜線上へと上がっていたオーガは、墜落していたフォックスに駆け寄っていた。

「おい、大丈夫か?」

 荒い息を整える間もなく膝をつき、機体の中を覗き込む。外殻自体には大きなダメージは見当たらなかった。ならば、二人一組の飛行変体形をゆっくりと解いているフィーインたちに心配はないだろう。気に掛ける点はただ一つ。

「夕?」

「ん……」

 複雑に絡み合うぜんまい歯車や配線コード管の中で、ぐったりとしている夕夜に手を伸ばす。

「ほら、俺の手を……っ!」

 パチン、パチンと火の花が弾けたその背に、オーガは気配を感じて振り返った。


 稜線の地を踏みしめていた者は、確かに佇む姿、形は人であった。けれど、彼から発せられているオーラは何とも毒々しく不穏そのもの。

 この稜線上へ登って来るだけでも、普通の人間であれば息も切れよう。その者は、暗い真顔に汗もかかず。立ち上がったオーガを淡々と見つめていた。

「……お前?」

 対峙したオーガの口から、信じられないと言った言葉が切れ切れに漏れる。

「何で……」

 その足元で、機体の中から這い出て来た夕夜のポケットより懐中時計が転がり落ちた。

 ぽろりと落ちた反動で、蓋が開いては懐かしのメロディーが奏でられた。

 その音を聴いて、沈黙の襲撃者は小首を傾げた。

 その癖のある傾げ方にも、オーガは心当たりがあった。

「嘘だろ――」

 夕夜を見定めていた視線がオーガに移る。その首に下がっている認識札を認めた頭が、小刻みに横へと振られる。

「アニー?」

 自らも信じられないと思いながらも、オーガは。喉に詰まりかける言葉を押し出して述べた。

「こんなところで……、何やってんだ?」

 そう呟く者をじっと見る目がゆっくりと瞬く。口元が少し緩み、微笑を携えもして。

 そんな筈はない。オーガの驚愕が駄目押しの文言を吐く。それは、自身で確認する為のものであったのかも知れない。

「アニー。お前は死んだんだぞ?」


 多くの生き物たちが眠りについている時間帯。闇を好む鵺の末裔も、おぞましくギャーッと鳴いた夜だった。

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