第16話 戦士の休日 - 廻る世界 -
山の麓へと向かったフォックスが、ほどなくして飛んで戻り。パイナップルとパンをかじった夕夜が酔い止めの薬を飲んでから更に数十分後。碎王名義で貸し切ったというキャンプコテージにやっと第二陣が到着していた。
先行していたグレヴリーたちが近づくタイヤ音に気づき、出迎えてくる。
「お疲れさん。夕、具合はどうよ?」
停車した車の後部座席ドアを開けてやったグレヴリーは、ぐったりしながらも途中下車した時より幾分ましな顔色になっていた夕夜を、横抱きで車から降ろしてやっている。
「んー、何とか。まだちょっと……」
世界が揺れている気分だと言う夕夜を、グレヴリーは一度抱え直した。
「特等席、用意してやってるからな? 王子様はそこでしばらく休んでな」
そうしてグレヴリーはそのまま、半オープンな軒下バルコニーに設けたソファーベッドへと夕夜を運んで行った。
山奥深く、水流も豊かな渓流を目の前に抱く木造コテージは。バルコニーに直結する沢川辺でテントも張れるよう、幅広い間取りが取られている。
そこには、先着の者たちにより既に四張の大型テントが張られていて、肉が焼ける香ばしい匂いも風に乗せて漂わせていた。
「先に始めてたぞ?」
ビール瓶を掲げたオーガが告げた時は、昼に近かった。
「構わねぇよ」
アンディに渡された手拭きで手を拭った碎王は、炭火焼きの上でジューシーに焼けている肉や野菜を覗き込む。
「おお。美味そうだ」
「お疲れ、碎王。ほら、ノンアルのビール」
「ん。サンキュ」
こうして予定外な寄り道もあってから、念願のバーベキューは始まった。
コテージ内のオープンキッチンは、バーベキュー大会をしている木造バルコニーを介してダイレクトで繋がっている。
そこへ宗谷が向かうのを横目にしたアンディは、食事もそこそこにして詰め寄った。
「何か手伝う? とりあえず、車に積んであった食材とかは冷蔵庫に入れておいたけど」
宗谷は、ノンアルコールのスパークリングワインを片手に材料を選別中だ。そのキッチンからはバルコニーで横になっている夕夜の姿もよく見える。
「ありがとう。特には――ないかな。夕が、いきなりお肉はしんどいだろうから。お腹に優しいリゾット的なものでも、作っておこうかと思って」
あざとく、その会話を聞きつけていたグレヴリーが、バルコニー側より声を上げた。
「宗谷。あれ頼むよ、あれ」
ビール片手のオーガと碎王も便乗の手を挙げる。
「俺も。肉、飽きた」
「ここらで米ものが欲しいな」
それだけで宗谷は彼らが何を要求しているのかを察した。仕事も寝起きも三食も共にする彼らとは家族も同然。
当然、宗谷もそんな気分になるのではないかと予測していて、しっかりと材料も持ち込んでいた。大型のオーブンが有るか無しかを事前に確認したのもその為だ。
「はいはい。蒸すのにちょっと時間かかりますけど。その間に、軽くクリスピーピザでも焼きます?」
反対する者はいない。フィーガで活動している間の食事は、栄養のバランスなどを考慮した宗谷の手作りである事が多い。味は極上。量や質と手際の良さに、誰もが太鼓判も押す公私を共にすることで、チームとしても特別な絆を築いてきていた。
やがて、サフランの匂いも香ばしい宗谷特製の魚介パエリアが焼き上がった。
両手で鍋を掴み、バルコニー側へと現れて来る宗谷の姿や、取り囲む男達の盛り上がる様子を。薄暗い森の中から血走る眼で眺めている者もいる。
「おう! これこれ! 山ん中でも最高だよな!」
「空気もうめぇし。休暇万歳!」
「最高のシェフにも、乾杯!」
飲食に一心な男たちはビールの瓶をかち合わせている。気分は上々。
「一時間かけて焼き上げたのに、ものの一分もかからず空になるとか……」
目を離した隙に大判の鍋が平らげられたのを見るなり、宗谷は次なる一手を口にする。
「ナスとトマトのチーズパエリア、追加投入しましょうか?」
抜け目なく第二弾を用意していた宗谷へ、流石フォローの達人なる歓喜の声が上がる頃に。
「宗谷ー? 夕、起きるってー!」
ようやく酔いから回復した夕夜も、途中参戦するようになった。
「おっ。王子様、復活したか?」
「うん。僕も少し食べたい。良い匂いしてるんだもん」
「少しだ? 何言ってんだ。しっかり食え食え! 腹ん中、空っぽだろうよ?」
「夕の分、ちゃんと取ってあるからな?」
その頃には、大人たちは食後の優雅なコーヒータイムに突入していた。
そのコーヒーもまた、宗谷が特別にブレンドした特製ものであった。
たかだかコーヒーなど何でも良いと思っていたグレヴリーでさえ、すっかりその味を覚えて慣れてしまい。味を占めた今では、宗谷が淹れるコーヒー以外が飲めなくなってしまうなどの影響も大きい余暇を、全員が満喫していた。
至福の時を味わっていた碎王は、未定である午後に何をするかを切り出していた。
「近くにゴルフ場もあるぞ?」
グレヴリーは「いいね」と言ったが、オーガが「冗談じゃない」なる言葉と渋い顔つきを晒した。
「こいつとはやめたほうがいい」
「ん? 何かあったのか?」
語ったのは昨年、休暇でアメリカへ帰郷した際に、グレヴリーとジルの三人でゴルフに興じた時のことだった。
「こいつ、隣のホールに特大ファールしてさ?」
それどころか、咄嗟にまずいと思ったグレヴリーは。自らフルスイングして飛ばした玉を、そのままロング射撃で撃ち落としたのだと言う。
「はははっ! 何だよそれ。ゴルフしに行って、射撃したのか?」
「だってよ? 結構な飛距離でよ? 隣でプレーしてたヤツらに当たりそうで、危なかったんだぜ?」
「だからと言って、即座に撃つってのも普通しないけどね」
とんだ射撃大会になった与太話が披露された事で、結局は目の前の渓流にて釣りをする方向で決着した。
釣った魚を晩御飯の足しにしようと目論んだ男たちによる、競いの竿が振られた中で一人。竿など持たず、冷たい川の中へざぶざぶとダイレクト入水しては。びりっと冴えたレーザ―砲を発射したフィーインに視線が集中する。
その足元へ川魚がぷかり、ぷかりと浮いては川の流れに沿って流れてゆくものを見送ったグレヴリーは。呆れながら能面で寡黙なフィーインに告げた。
「あのな……。それは釣りとは言わねぇーんだよ!」
やり直し、なる仕切り直しもされた一方。宗谷とフィーニーは、気分転換に山を歩きたいと言った夕夜を連れて、散歩ついでの山菜取りに出かけていた。
外出する際には、咄嗟に固定している右を使わないよう、三角巾で腕ごと吊っている所為もあるのか。川辺を歩くだけでも、あっちへくにゃり。こっちへころりとバランスも悪く躓きかける夕夜を、心配して見送った碎王たちも「こけるなよ?」「転ぶなよ?」「落ちるなよ?」と過保護な声を掛けた途端。「行ってきます」の左手を振り終える前に早速躓く夕夜を、宗谷とフィーニーは尽くフォローして来ていた。
四方を深い山と緑に囲まれ、囀り合っている野鳥たちの鳴きと虫の音と。木々の隙間から時折射す陽に照らされた散策道より獣道へと少し入ったところで、三人は。足元を気にしながら、でこぼこ道なき道の斜面を歩んでいた。
「ほら。見て? これがふき」
宗谷は積んだ緑の葉を夕夜に見せた。
「とうの部分や葉っぱを天ぷらにすると、凄く美味しいの」
緩やかな山の斜面で屈んだ夕夜は、土の辺りを見回して同じものを探した。
「これ?」
「そう。それ」
「僕も見つけたー!」
フィーニーは夕夜が喜ぶのが嬉しくてテンションが高い。
「いっぱい取らないとね? 海咲さんの料理、美味しいもんね!」
「ふふ。ありがとう。料理は趣味程度だけど、そう言って貰えると嬉しくて、張り切っちゃうから」
宗谷は、これまで体験してこなかった事に触れられて、楽しそうにしている夕夜を見つめた。途中で大変な思いをさせてしまったけれど。やはり連れて来て良かったとも思う。
「あ、芽の小さいのは取らないでね? 大きいのだけ」
「はーい」
「それ以上奥へは行かないでね? 斜面が急になってて危ないから」
「うん。行かない」
「フィーニー。夕が滑らないよう、ちゃんと見ててよ?」
「見てるよーん! 夕、そこに大きいのあるよ?」
「ほんとだ! 大きい!」
夕夜が元気でいる姿を見ると、それだけで自分も幸せな気分に陥った宗谷が一瞬。これ以上先へ進むのは危険だとして、引き返そうとした目を離した隙だった。
「わっ!」
「夕!?」
散策道さえ端を歩かせないよう気にかけていたのに。フィーニーも、宗谷に言いつけられていた通り、万が一に備えた位置に控えていたのに。
「夕!」
踏み込んだ地面自体が緩んだ所為もあって。夕夜が急斜面の崖下めがけて転がり落ちていた。
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