第15話 戦士の休日
リマ、メアリー、ナンシーなる三体たて続けの外来種襲来を受けてから、一ヶ月余りが過ぎていた。
地球に飛来しせりしものを再び帰路へ就かせる為の、飛来種放出宇宙船ビクターサーティーンの帰還を以てして。ようやくナンシーの遺物打ち上げも叶い、全ての処理を終えたところでもあった。
フィーガは、外来種が引き寄せられたという磁場の調査や解明の為に、引き続き日本に滞在していて、海軍基地の敷地内に駐留している。
世間も日常を取り戻しつつある中で、休みなく働いていたフィーガ内からも、そろそろ休暇を取ろうとする意見が上がっていた。
フィーガ事務総長からの、頼むから休んでくれとの要請も泣き言に近かった。
「今のところ、心配された十五体目が飛来しそうな影も見当たらない。とにかく、明日から三日間は基地の外へ出て、充分英気を養ってくれ。これは命令だ」
そこでチーム内にて、如何に休暇を満喫するかの話題になった。
「なぁ。折角だから山で渓流釣りとか、バーベキューでもしようぜ?」
そうと言い出したのはグレヴリーであった。山を望んだのは当面、海を見たくないとする単純なものである。
もともと大自然のアウトドアアクティビティーを好む碎王も乗り気満々となった。
「おぉ、いいね。んなら、どこかコテージも貸し切って、テントでも張ってキャンプにするか」
宗谷は一点だけ主張した。
「大型オーブンのあるところでお願いします」
「そしたら。SUV車をレンタルして、ドライブもいいんじゃないか?」
オーガが提案すると、アンディも便乗していた。
「そうだな。ずっとピックスでの生活だし。これで移動すると速くて楽だけど、休んだ気になれないしな」
満場一致をしかけたところでジルは。リクライニングさせているソファーにて、横になっている夕夜に訊ねた。
「夕、キャンプの経験は?」
二回目の手術を終えた後に、伸び放題となっていた黒髪をさっぱり短くした頭が横に振られた。
「うんん。ない」
「一度も? 学校行事とかでもしなかった?」
「あるにはあったけど……。修学旅行とか大事な時も決まって、全部雨で」
とんだ雨男であることが発覚したのをジルは流し、オーガが告げた。
「んなら――、初めてのキャンプになるな? 晴れればきっと、星が綺麗に見えるぞ?」
「本当? あの河みたいな星、見てみたい! でも、僕……行って平気?」
碎王は宗谷に視線を振った。
「ちょっと療養に出るくらい、主治医に許可取るまでもないだろう?」
「一応、確認しておきます。定期検査は来週なので、まぁ。この二、三日くらいなら」
許しも出そうだ。
「おっし、決まりだ」
そうした意見が一致すれば、リフレッシュに向けての行動に移るのも早かった。
病院で衝撃の出来事があって以来、夕夜はフィーガの駐留先を居場所にしていた。
ピックスに連結されているサロン車の一角を夕夜専用コーナーに改良し、そこで術後の治療と療養に専念している。
「――ただいま。夕、勉強してるの?」
休学中で空白となる勉学面を憂う夕夜に合わせて、自宅学習的な教材やテキストなどで遅れを取り戻そうとしているものの、慣れない左手では象形的な文字しか書けていない。
「ジル! お帰りなさい。グレヴリーは?」
「外でオーガと話してる。碎王たちもすぐ戻るよ」
カウンターの給水器で水を一飲みしたジルが、居住車両へ向かおうとするのを夕夜が止めた。
「あ、ねぇ。今からシャワーする?」
「ん? ――あぁ、そうだね。いいよ、一緒に入ろうか?」
「うん!」
二日に一度は手の空いた者と一緒に風呂へ入り、左腕一本では十分に届かない背中や頭髪をしっかり洗って貰っているのが現状である。
「体調はどう?」
「んー、まぁ順調?」
「明日は少し早めに出発するから、今夜は早く寝ないとね?」
「すっごく楽しみ! けど、早起きできるかどうかは不安……」
「ははっ! そうなったらグレヴリーが担いで行ってくれるよ」
フィーガ内での夕夜の立ち位置はすっかり、年の離れた弟分になっていた。肝心な静電気も、怪我を負ってからは性能が強化されたバングルの効果もあって落ち着いている。
「ほら。右手出して? カバーしよう」
ジルは固定部分が湯で濡れないよう、ビニールを被せてテープを巻いてゆく。
「ギプス、あとどれくらいで外れるのかなぁ?」
「あと二、三週間の辛抱だよ。でも、くっついて再生したばかりの骨はもろい状態だから、部分的にシーネ固定は続くと思うよ?」
「そうなの? ジルはもう通院もしてないのに……」
たったの二週間足らずで職務復帰を果たしていたジルは微笑む。
「僕の傷は単純なものだったからね。夕の複雑な粉砕骨折とは程度が違うよ。本来なら、夕はまだ入院してなきゃいけないんだから」
「骨が治ったら終わりじゃないんだ? 学校行きたい……」
「骨折はね、固定が取れた後のリハビリがとっても大変だし、大切なんだ。すぐに、これまで通りに動くと思ったら大間違いだよ?」
「そうなの? なんだか、先が長すぎて憂鬱になってきた……」
指先から手首の先までがっしりと固められている右手の経過も、今のところは順調である。なれど、病室を動物の血で染めた犯人は未だ捕まっていない。
警察による捜査も引き続き行われているものの、防犯カメラには肝心なところが映っていないなどの、不審なデータ改ざんや操作が行われていたことも重要視した碎王たちは。自らの手の届く範囲で守ってやりたいと申し出ての、特別措置となっていた。
警備も厳重な海軍の敷地内で、緊急時を除いた登録者以外の乗降を許さないピックスの中は世界一安全な場所と言えよう。そうした保護取り巻く環境も相成って。夕夜の不眠は大幅に改善され、傷も少しずつ癒えてきていた。
翌日。首都圏の空は晴れていた。
真っ青な空の下を、キャンプ用のテントや食料を大量に積んだ二台のSUV車が、すれ違う車もない山道を上って行っている。
「夕、大丈夫?」
最初に夕夜の異変に気づいたのは隣に座っていたフィーニーだった。
「気持ち、悪い……」
フィーニーを挟んで様子を窺った宗谷も察し、後部座席より運転席へ声を掛ける。
「将一さん。車、停めてもらえます?」
「ん? 酔ったか?」
碎王はルームミラーで後方を確認しながら、すぐさまウィンカーも出してハンドルを切り。助手席のフィーインも窓を開けて、後方の二台目に手で合図を出せば。連なる二台のSUV車は、車避けの路肩に車列を停めた。
「どしたよ?」
後方車より、オーガやグレヴリーたちが何事だと降り立つと、草むらでしゃがみ込んでいる夕夜の姿が目に留まった。
「おおっと。山道で酔っちまったか?」
弱いねぇ、とまでは言えなかった。事前に分っていれば対策が出来ただろう何事も、経験あるのみ。
「そうなの」
宗谷は車の後ろトランクを開けて、クーラーボックスより介抱用の水を取り出す。
「毛布って、そっちの車に積んでた? 少し横にしてあげたいの」
「あぁ待ってて。俺が」
運転席から降りて来たばかりのアンディが踵を返して戻って行く。
「あと、タオルも」
「それは僕が」
ジルも颯爽と身を翻していた。
それから十分が経過しても状況は好転しなかった。
絶好の行楽日和な空を眺めた碎王は視線を落とし、木陰で夕夜の背を摩っている宗谷を見ながら呟く。
「あともうちょいなんだがなぁ……」
山深い森の木々を揺らす風の音と、野鳥たちが囀り合う心地よい森閑に包まれ。かれこれ一時間近く山道を進んで来た。目的の場所は、もう目と鼻の先だという所での足止めになってしまった。
心配そうに見つめるアンディが申し出る。
「遠隔でピックス、持って来ようか?」
フィーニーも告げる。
「飛んで運んじゃおうか?」
どちらにせよ、すぐには本体を動かせないだろうと推し量った碎王は決断していた。
「しゃーない。ここに大勢いても仕方がねぇから――」
オーガたちに促した。
「そっち、先に行っててくれよ?」
「そうだな」
グレヴリーたちも同意する。
「眺めてても仕方ねぇ。戻る選択はねぇんだろ? んなら、テントとかを先に張って。夕夜が着いたらすぐ休めるようにして待ってるよ」
「だったら。そっちの車に積んでる分のテントも、こっちにまとめて積んじまおう」
判断と行動に移す速さと連携も早い。
「あぁ。そうしてくれ。もうちょい休めば、酔いの山も越えるだろ」
そうして、アロウズとゴッズの四名を乗せた二台目は、荷物を詰み込み直して先に出発していった。
残されたシーラとフォックスは、夕夜の回復を静かに待っていた。しかし、なかなか酔いが覚めないので、宗谷はフィーニーたちへ打診する。
「一番近い薬局までひとっ飛びして、酔い止めの薬、買ってきてくれない?」
フィーニーは嬉々として「五分で戻る」と言い切り、飛び立とうとするものを宗谷は引き留めた。
「待って。ついでに、滋養強壮の栄養ドリンクと。コンビニでパイナップルを」
「パイナップル?」
何でそんなものを、との小首を傾げたフィーニーに宗谷は告げる。
「酔った時とか、食欲のない時にパイナップルは凄くいいの。胃が空っぽのままじゃ、薬も飲ませられないし」
「へえぇ」
フィーニーはひとしきり感心していた。
「そういうの、データには無いんだよね。成分とかはよく分かるのに。宗谷って物知りだよね?」
先人の知恵だと宗谷は微笑む。
「あと、クリームパンとか消化の良さそうなパンと、プリン。そうだ、ビタミンのジュースもお願い」
「プリンは夕が好きな、いつものヤツで良い?」
「ん。お願いね?」
碎王も横から注文を入れていた。
「かっ飛ぶ姿、あんまり人に見られんなよ?」
金髪金眼、片目にはスチームパンク風なゴーグル容姿を一見するに。コスプレちっくな姿の人間が、あっという間に飛行機体へと変形して空を飛ぶだなんて光景は、本来作り物の映画やドラマの中でしかありえない。別段、秘密裏にしている訳ではないけれど。騒がれるのはフィーガ的にも本望ではなく、夕夜に注目が集まるのも避けたい。
「そんなへましませんよーだ!」
フィーニーは再び飛びかける前に、青い顔で横になっている夕夜に声を掛けた。
「すぐ戻ってくるからね?」
「……ごめん、なさい。僕、もう平気……」
「謝らなくていーの! 真っ青な顔して、ちっとも大丈夫じゃないでしょ? 僕はね、夕の為になること何でもするよ? 友達だからね!」
フィーニーは「行ってきまーす!」なる挨拶も半ばで、兄のフィーインも引き連れ、下るアスファルト道路を駆け出した。助走をつけて地を蹴ると、ひらりと広げた両腕は鋼の翼へ変形してゆき。ぐんと高くへ舞った二人の体は、一回転する間に一機の飛行物体へと変わっていた。
車で往復すれば二時間以上もかかっただろう時間を短縮したかった宗谷は、膝枕の上で青色吐息な夕夜を眺めた。少しでも早く楽にしてあげたい。親心以上の一心である。
「ごめんね? 酔うかもって、予測しておくべきだったのに」
「僕こそ、ごめん、なさい……。折角のキャンプ……」
「キャンプもバーベキューも逃げないから、安心して?」
宗谷は手持無沙汰となっている碎王には、ハンドタオルを差し出した。
「将一さん。このタオル、そこの沢で冷やしてきて貰えません?」
碎王は足元の下で流れる清らかな清流を眺めてから、差し出されたタオルを受け取った。
「ん。待ってろ」
「気を付けて」
碎王は軽やかな足取りで山の斜面を下りて行き。宗谷は、終始申し訳なさそうにしている夕夜に告げる。
「あの人たち前で、大丈夫とか平気とか、簡単に。気安く言っちゃ駄目だからね?」
過保護な保護者気分のお節介焼きは一人ではない。そうと伝えられた夕夜は、一段と深く意識を沈めた。
難なく急斜面を下りて流水に触れた碎王は、雪解け水も混じっているのだろう至極透明な水が冷たすぎてぶるりと震えた。
タオルを水に浸して軽く絞り、再び斜面を登って来た碎王の息は上がっていた。
「ありがとうございます」
「結構、急だったが。いい運動になったよ」
濡らされたタオルを受け取った宗谷はにっこりと微笑みながら、それは良かったと告げて火照る夕夜の肌に当て。一秒でも早く楽になるようにと願う。
「そう言や、お前――」
碎王は、ここぞとばかりに小声で切り出す。
「夕に、時計あげたって?」
落としていた顔を上げた宗谷は「預けただけですよ」と言った。
「オルゴールの音が落ち着くって」
「ふぅーん?」
「……何です?」
「別に?」
うんと大きく腕や腰を伸ばした背伸びをしながら碎王は、フォックスの帰りを待つことにした。
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