第14話 雷撃の波紋


 アンディからの連絡を受けて、すぐに参上すると言った碎王らの到着を待つ間に。夕夜は院内で出揃ったジルやグレヴリーにも普段、疑問に思う節を訊ねていた。

「どうして飛来外来種はみんな、巨大なの?」

 その質問には車椅子に乗っている――と言うより、軽く腰かけているジルが答えた。彼もまだ入院中で病衣姿ではあるものの、週末には退院するまでに回復している。

「全部が全部、巨体な訳じゃないよ? 過去には、群れで来たものもいるしね」

 自力で歩くと言ってきかなかった相棒を無理矢理、車椅子に乗せて押してきたグレヴリーも口を挟む。

「アラスカのがそうだった」

「一つのものが、小さな鳥みたく数万匹に分裂してね。あれは本当に大変だった……」

 苦い過去を想起したジルは軽く天井を仰ぎ、夕夜は矢継ぎ早に質問を繰り出す。

「どうして飛来ナンバーの名前は女性なの?」

 グレヴリーは白い壁に背をつけ、腕を組んだ。

「そりゃあれだ。最初に飛来したヤツが、その次のヤツもみんな。繁殖しようと試みたから雌じゃないか――って、お偉い学者さんたちがね。そこからだ」

「フィーガの人たちはみんな、凄い力を持ってるんだね?」

「僕は普通の人間だよ?」

 ジルが後ろのエースを親指で指す。

「グレヴリーも、射撃の腕が人よりちょっと優れてるだけで」

「……ちょっと?」

 異議申し立ての手が上がる前に、宗谷が病室のドアをノックしていて、碎王もオーガを連れて現れていた。


「――で? いったい何の作戦会議が始まるんだ?」

 そう広くもない個室の中に一同が会している。

「あれか? 他人に触れられるのが怖くて、ずっと自分で髪も切ってた夕夜の、伸びきったぼさ毛のヘアスタイルについて――」

 不真面目に面白がったグレヴリーの軽口を、宗谷は無言の眼差しだけで制した。

「……じゃないよな。オゥケィ。始めてくれ」

 一人でも威圧感が半端ない大の大人、六人にベッドの周囲をぐるりと取り囲まれた夕夜は少し気まずそうで、なかなか言い出せずにいた。

 そこで先に相談を受けていたアンディが「夕夜」と名を呼び。動向を察した勘の良いグレヴリーはおどけながら、枕の下に隠されていた手紙の存在に気付き、手早く奪い取った。

「おお! 何だよ夕夜。お前、ラブレター貰ったのか? やるねぇ、お前も!」

 薄っぺらい背を叩きそうになる腕をジルが止める。

「……悪い。で? この手紙が何だって言うんだよ? 青春時の、普通にファンレターとかじゃねぇのかよ? って何だよ、まさか。相談ってこれの事なのか?」

 手紙如きで対飛来外来種の特殊部隊が大集合とは――なる、困惑の表情を浮かべたグレヴリーに、アンディは中を読んでみろと進言していた。

「へいへい。何なに? 親愛なる天城夕夜様――」

 グレヴリーは、ぐしゃりとしわの寄った封筒の中から、しわくちゃで出て来た手紙を取り出し、冒頭を声に出して読み上げた。

「貴方は私の救世主です。貴方は世界の希望です。ゆえに神となるべく速やかに、君臨しせりし頂点を――って、何だよこれ」

 グレヴリーは絶句しつつも、文面の続きに視線を走らせ。夕夜は「これって普通?」と訊ねるのだった。


 一通り目を通した手紙を碎王に渡したグレヴリーは、面白がっていた顔つきを厳しきものへと変えて言った。

「……いや。普通じゃねぇな。異常だ」

 目元の隈をはっきりと滲ませた夕夜は不安な面持ちでアンディを見上げている。

「その一通だけじゃないんだ」

「あぁ?」

 強面になったグレヴリーの片眉が吊り上がり、手紙を読む碎王の手元を覗き込んでいた宗谷は、事前に概要を聴きつけていたアンディに訊ねた。

「複数あるってこと?」

「あぁ。それは一通目で――」

 夕夜を褒め称える反面、羨む文面がびっしりと並んでいた。

「それは、前に入院した病院で貰ったそうだ」

「前って、メアリーの時?」

「そうだ。で、この二通目から……」

 アンディは、夕夜が隠し持っていた手紙の束を明らかにした。

「内容はもっとエスカレートする」


 グレヴリーは手渡された二通目の文面に目を走らせながら告げた。

「ん? 何で手紙を捨てたのかって、罵倒から始まってんぞ?」

「そうなんだ。監視している風だろう? 実はさっきの一通目は気味が悪くて、夕夜は向こうの病院ですぐに捨てたそうだ」

 丸めて、病院のゴミ箱へ確かに捨てた。けれど――。

「こっちの病院へ入院してすぐに。その二通目が、一通目と一緒に届いた」

「シリアス? マジか!」

 手紙の主は、届けた手紙が捨てられたところも見ていて、わざわざ拾い上げ。後をつけてまで、しかも罵りながらも崇める執着心が凄すぎやしないかという、大人の思惑が交差する。

「昨日、三通目が。今日の午前中に四通目だ。そのどれもは、決まって夕夜が検査などで病室を空けている隙に置いていくから。どんな輩がこんな事をしているかは分からない」

「けどよ? そのタイミングを図るには。病院関係者か入院患者とか、常時、夕夜の動向に張り付いてなきゃ無理だろ?」

 まだ封の切られていない手紙を、夕夜は直視することも出来ずにいる。

「僕……、ずっと見られてる感じがして。気持ちが悪くて……」

 昼も夜も物音がする度に不穏な影がちらつき、びくびくと怯えていた。

「こんな気色の悪いもん貰ったら。そら、眠れねぇわな……」

 グレヴリーは同情を見せ、フィーガの面々はようやく夕夜の不眠理由を知った。


 そうと知れてからの行動は早かった。

「アンディ。その封筒と手紙の内容、フィーニーに送ってくれない?」

 宗谷が告げると早速、「もう送ってある」との返事が返り。オーガは未開封の手紙を注意深く眺めてから開封していた。

「差出人の形跡、出りゃいいがな」

 そう言いながら、自らのスマホで文面などを写した画像を送信してゆく。

「と言うか、これ。もう後半は脅迫になってるぞ? たちが悪すぎる」

 オーガはデータ化した手紙を碎王に手渡し、宗谷は通信機でフィーニーを呼び出した。

「脅威判定、どう?」

『――完全に真っ黒でしょ、これ。夕夜を狙ってる、もしくは狙われている確率は百パーセントだよ』

「筆跡の前歴、指紋やDNAは?」

『――なかった、けど。そこの病院、通路には防犯カメラが設置されてるでしょ? 今、記録を見てる』

 夕夜が病室を空ける隙を狙って近くを通った怪しき者を。フィーニーは自在に操った監視網の中で潜ったものより見つけ出していた。

 そこから、手紙の差出人を探し当てるのも早かった。

 碎王は病院側にも手紙の件を相談し、結局最後は警察も介入しての逮捕劇に至った。


「――偶然にも、精神科の患者が時を同じくして、向こうの病院からこっちに転院するとか。重なりすぎだろ……」

「しかも。憧れ褒めちぎっておきながら、夕夜の血を飲み干して自分も死ぬとか。世界の終末論も、とんだ被害妄想で甚だしいな」

 脅迫も過ぎた事を重んじ、危害を加える可能性も大いにあると判断された患者は逮捕後、別の警察病院へと送られ、そこから医療刑務所に入る算段となった。

「ま。これでようやく一安心だな? つーか今度からは、変だと思ったことはもっと早くに相談しろよ?」

 グレヴリーに笑みを傾けられた夕夜は、オーガに車椅子を押されながら病室へ戻る通路を移動している。

「うん……。そうする。ありがとう」

 病室内での逮捕や事情聴取が露わになると、他の入院患者らに不安を与えるとして。それらの一切は一般人の目にも触れにくい場所で行われていた。

 一行は夕夜の病室へ戻る途中であった。碎王と宗谷は、まだ病院と警察関係者らと今後について話し込んでいる。

 自分が思っていた以上に事は大きくなったものの。不安要素の一つがなくなり、夕夜の中でもフィーガに対する信頼度と好感度は益々上がっていっていた。彼らがいれば、きっともう何があっても大丈夫――。

「今夜はぐっすり眠れそうだな?」

「うん」

 左手に握る宗谷の懐中時計が奏でる子守歌の音もあれば、きっと安眠できるに違いない。


「でなきゃ、先生も困るって言ってたろ?」

「頑張る……」

 明日には二回目の手術が控えている。

「今夜はしっかり休めよ?」

「何なら、グレヴリーお兄さんが添い寝してやろうか?」

「おいおい、自分からお兄さんはないだろ。グレヴリーおじさん」

「おっさんに言われたかないね。オーガはあれだろ? 碎王と同い歳くらいだろ?」

「お前……。見た目で判断しすぎだ」

「グレヴリー。碎王に歳の話は禁物だって、宗谷に言われてるだろ?」

「何だよジル。男やもめ、気にすることなんざねぇだろ?」

「あれでも僕らと同年なんだから」

「シリアス!? マジか!?」

 グレヴリーはこの日一番の驚きを見せていた。

「貫禄ありすぎだろ!」

 そんなたわい無い話題でも緊張が解れたのか。夕夜も「ふふっ」と肩を震わせて笑ったのを。後ろからついて来ていたアンディは静かに見守っていた。


「――おっし。着いたぞ」

 個室の前に到着して、グレヴリーが病室のドアを開けた途端。酷く生臭い匂いが鼻をついた。

 少しばかり遅くなった夕食が、こんなにも早く腐るはずがない――とするグレヴリーの視界に真っ赤な形跡が飛び込み、ジルも絶句した。

「なっ――」

 オーガは咄嗟に夕夜の両目を手で覆った。

「え? なに、オーガ? どうしたの?」

 見せたくない。見ずに済んで良かったと思うオーガ自身も、病室内から醸し出されている異様な光景に目を奪われて。アンディはすぐさま宗谷と碎王に連絡を入れていた。

「問題発生だ。すぐに来てくれ。警察と、病院関係者も一緒に」

「何だよ、これ……」

 グレヴリーが一歩と入った病室の白い壁と床一面は、落雷の筋を描いたかの真っ赤な血濡れで染まっていた。

 ジルは、白一色であったはずのベッドの上に、こちらも血濡れ文字で書かれたメッセージカードがある事にも気づき。相棒に促されたグレヴリーは、足元の痕跡を乱さないよう気を付けながらカードを手にした内容は、こうであった。


 汝は我らの光なり。汝は世界の弥栄いやさかなり。汝、弥勒みろくいかづちは。これ使嗾しそう恐懼きょうくことなかれ。


 一難去ってまた一難。

「――こりゃあまた、やっかいなモンに目ぇつけられたな?」

 夕夜を、世界を救う神か救世主か何かと勘違いしている輩がいるらしい事も発覚した。

 その夕夜に、狙いを定めていたのは外来種だけではなかった問題が積み上がった瞬間でもあり。かの雷撃の波紋は、思わぬ輪で広がっている浸透が、根深く残った出来事であった。

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