第11話 沈黙のトランジスタ


「――えぇ総理。人的被害は我々、フィーガのみで。……はい、おっしゃる通りです」

 碎王は、総理官邸に繋がれた固定電話なる昔ながらの緊急回線にて、長々と事の経緯や報告に追われている。夕夜の事を伏したのは、宗谷より今はまだと念を押されたことによる。外来種の出現先と、夕夜との因果関係に結論を出すにはまだ早すぎるとした。

「勿論です。このような局所的襲来は前例がありません。よって、これの解明にもフィーガは全力を尽くす所存です」

 不文律も上の空にした碎王は、パンツの後ろポケットに手を突っ込ませた中から古びた懐中時計を取り出した。

 カバーを開けたガラスの中には、一から十二の数字と分単位のメモリが刻まれている。ただ、普通の時計と違って秒針しかなく。十七秒目を指し示したままで針が止まっているのを確認した碎王は、どこか安堵した目を細めてから空を見上げた。

 強い雨風を齎していた雷雲も、ナンシー襲来の脅威と共に去ったのか。突如として交戦の場となった人工島の上空は、ところどころに瞬く星さえ窺える静かな夜空に変わっていた。


 かの雷撃により絶命したナンシーの、粉々にもなった溶岩石の分析や後片付けに追われている大勢の作業員が、大型投光器による光で煌々と明るく照る中を蠢いている。その傍らで。

「全く! 俺を庇うだなんて、何考えてんだよ!」

 グレヴリーは一人、荒れていた。こんちくしょうめ。手近に転がっていたナンシーの一部であっただろう、バスケットボール大の黒焦げ岩石を蹴り上げては。硬くもあり、まだ内部に溶岩らしき赤き流体液が残っていた高温の熱も熱くて「あうちっ!」と顔も歪める。

 独り言ではなかったものに、移動しているストレッチャー上で横たわっているジルが弱弱しく応じた。その手に持っているのは小型のトランシーバーだ。

「――すまない。見えてないと思ったから」

 確かにあの時。迫りくる前方ばかりを気にしていて、跳ね返ってくる背後までは気を配れていなかった。だからと言って、相棒が傷ついた事に。グレヴリーは何より自分自身が許せなかった。

「ウチは少数精鋭なんだ。てめぇ一人でも欠けると現場は困んだよ! 早く良くなって戻って来やがれ!」

 精一杯の強がりを吐く。それをジルも解っていた。

「声が聴けて、良かった。すぐ戻るから――」

 クレヴリーを穿つはずだった礫の盾となったジルの肌や腹部の一部を、高速の弾丸が貫いていた。これからすぐに手術を行う手筈の彼は、意識を失った夕夜と付き添いの宗谷とともに、病院へと担ぎ込まれている最中である。その手よりトランシーバーは取り上げられて、ストレッチャーは緊急処置室へと滑り込んで行った。


「あぁもう、くそったれぇ! ちっとも燃えねえ!」

 無線交信を終え、瓦礫の上にてトランシーバーごと頭を抱えてしゃがみ込んだグレヴリーの機嫌が悪い理由はもう一つあった。ナンシーの焼却処分に手間取っている事案に尽きる。

「――仕方がないだろ」

 散々に飛び散った小石の一つ一つを丁寧に拾い集めている作業員たちに労いの言葉かけ、指示を出していたオーガは、蹲るグレヴリーを足でこ突いた。

「やっこさん、もともと噴火できるほどのマグマの塊でもあったんだ」

 お前さん知っているかと、オーガは突然マグマ講座を棒読みで披露し始める。

「マグマの質によって、その温度は数百から、最高で千六百度くらいにまでなるんだとよ」

「んなうん蓄、いらねーよ」

 けっと顔を逸らしたグレヴリーは、人工島より遠のく移送船の光を眺めた。

 島と陸とを結ぶ唯一の橋も破壊され、車両も徒歩も通行が不能となってしまった。幸い、悪天候の時化も治まっていたので空からのアプローチや、海上から船による物資の往来なども可能になっている。穏やかな海面に揺らぐ船の光や、対岸の街から洩れる煌めきが今は美しく水面に映っていて。先までの大騒動がなかったかのように咽かだ。

「これどうすんだよ?」

「俺に訊くな」

 手間取るはずだったものを、たったの一撃で粉砕させてしまった現状も頭痛の種か。小刻みに首を振ったオーガは、蓄積されてゆくデータのタブレット画面から近づく足音に視線を振った。

「胃が痛いな?」

 各方面との協議を終えた碎王の表情が、少しやつれて見えたのは投光器の光が届かない闇夜の陰りが射し込む所為か。

「結果的に脅威は去った、で何とかするさ」

「まさか。橋まで直せって言われてないよな?」

 碎王は、ははっと乾いた笑いを溢す。

「ありゃあ自然現象だ。ウチは関係ない」

「流石は大将。押し切ったか」

 かと言っても被害は甚大である。

「海自が口添えしてくれたよ。ナンシーの大ジャンプは予想外でしたってな」

 それで政府は妥協を呑んだ。なれど、それこそ次はないに等しく。展望も決して明るくはない。

「少年が肝だって言えないしな?」

「言ったところで信じないだろ。立て続けの十五番目が来ないのを祈るのみだ」

「ビクターサーティーンが戻ってくるの、どんなに早くても来月なんだろ?」

 大量に投入している対、飛来外来種用の燃焼促進剤でも燃え尽きない未知なる躯体。今のところナンシーは完全に沈黙している。しかしこの先、予測不能な事態により命を吹き返す可能性もないとは言えない。

「やっこさん。太陽の中にでも放り込むのが手っ取り早そうだ」

 一刻も早くこの地球より退去を命じたくとも、肝心な打ち上げ放出可能なロケットが出払っている。

 いつまでもこの人工島にナンシーを置きっ放しにもできない。燃え尽きず、灰にもならない外来種を、どこか余所へ移動させるにも喜んで迎え入れる先はないだろう。


 さてと、どうしたものかと碎王が腕を組んだところへ。ばしゃべしゃと、滴る海水もまだたっぷりと衣服に水分を含んだままのフィーニーが姿を現した。こちらはようやく墜落した海中より這い上がって来たところらしい。

「おう、生きてたか?」

 碎王に問われ、ゴーグルで覆う左目にノイズを走らせているフィーニーは、真っ赤な眼をしたまま尖らせた牙を剥く。

「何なの!? スロットまで影響受けちゃって、再起動までどんだけ時間かかったと思ってんの!?」

 予期せぬ墜落を余儀なくされて憤慨冷めやらないフィーニーは、自ら左目に装着しているゴーグルを取り付けているハトメごと根こそぎぶち取り、地面へ叩きつけた。

「信じらんない! この僕が! あにさが、たったの一撃? たかがの落雷で墜ちるとか! 見てよこの目! 焦げちゃった!」

 装飾も豊かな真鍮色の管から、ぷしゅーと高音蒸気が噴出しているのもお構いなしに、オーガも忠告をしつつで訊ねる。

「ってかお前さん。その姿でそこらをうろつくなよ?」奇抜なコスプレ姿と言えば聞こえはいいにしても、皮膚に出来たおうとつ痕も生々しい、綺麗な顔つきが台無しになっていて少々グロい。「フィーインは?」

 普段は金髪くせ毛の頭髪も、毛先まで真っ赤に染め上げたフィーニーは口を尖らせながら、海水でべたつく髪を掻き上げた。

「もう上に戻ったよ。ナンシーの飛来軌道、演算途中だったし。スロットも立ち上がったばっかりだから、兄さが手動でフォローしないと。ファーボだけじゃカバーしきれないでしょ?」

 広大な宇宙より飛来するものを捉えるのに、フィーガはフォックスのファーボとスロットによる謂わば二枚関門仕立てである。ただでさえ、それをすり抜ける外来種もこのところ多いのに。ファーボだけとなると何とも心細い。

「あぁ。しばらくの間、頼むと伝えてくれ――っと、この通信、回復にどのくらいかかりそうだ?」

 碎王は雷撃によって空間の磁場にすら影響を与えてしまい、使えなくなったフィーガ専用の通信機を耳から外した。

「波形のぶれから見て、安定するまであと二、三時間程度かな。装置はアンディに言って? そっちは僕、専門外だよ」

「……ジルは?」

 しゃがんでいたグレヴリーが立ち上がる。

「まぁ一週間もすりゃあ、普通に動けるようになるとは思うが……」

 傷の治癒と現場復帰は別問題だ。

 碎王の次なる質問を予知したオーガが先に告げる。

「アンディは例の子の。バングルが壊れただ、もっと強力なヤツがいるだのって宗谷に言われて、届けに行ってる。すぐに戻ると思うがな」

「ふえっくし!」

 フィーニーが刺々しい風体とは似つかない、可愛らしいくしゃみをしていた。

「おいおい、風邪引くなよ?」

 案じた碎王に、鼻水を啜ったフィーニーは告げた。

「引かないよ。ウィルスに感染したことはあるけどね」

 それもどうだという雰囲気だけが、寡黙に流れる夜になった。

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