第5話 消えない傷痕

 

 二日分の食料を買いつけた夕夜は寮へと帰る途中で、学校の教員と再会していた。

「天城くん! 良かった……会えて。寮に電話したけど、繋がらないから――」

 足早に近づいた教員は、若干乱れた息を整える間に垣間見た夕夜の右手を見るなり驚く。

「って、その手。どうしたんだい? 怪我したの?」

「あ……えと、その。逃げる時に、転んじゃって……」

 嘘はついていない。実際、吹っ飛んで転んだ際に折れてしまったのだから。

「そうか。大変だったね……。今、生徒や保護者たちにも手分けして、連絡メールやなんかで伝え回っているんだけど。ほら、君は携帯もスマホも持ってないから」

 電化製品は持っていてもすぐに壊れてしまうので、所持は諦めている。

 教員は安否確認も含めて、わざわざ出向いてくれたらしい。

「学校は当分閉鎖、というか。もうあれ、建て直すしかないんだけどね――」それも今日の明日でという訳にもいかない。「とにかく、通える範囲か。君の場合は寮付きの、どの道、また別の学校に転校することになると思う」

 やはりそうか――。夕夜はずっと項垂れながら聞いている。

「非常時だし、君の希望はある程度、受け入れられると思う。今はどこも定員割れだからね。どこか行きたいところはあるかな?」

「場所は別に、どこでも……。寮さえあれば……」

 そう告げてから、夕夜は顔を上げて付け足す。

「あ、の。できれば、人の、少ないところで……」

「ん? ずっと都会育ちだろう? なのに、田舎がいいのかい?」

 教員は語尾を弱めた夕夜の憂いを覚った。

「……そうか。もしかして、これの所為かな?」

 ついと上げた右手の甲には、五センチほどの縦長い痣が残っている。

「確かに……。君の静電気は強烈だった」

 先生のように、笑って済ませられたのなら良かった――。夕夜は心の中で呟いている。

「でもね、天城くん」

 教員は右手を左手ですりすりと擦りながら笑みを溢す。

「静電気くらい、誰でも持ってるんだから。先生も冬場はバチバチしてるよ?」

 だから怖がらないでと、教員は明るく述べている。

「私はもう気にしてないし。この火傷も、もうなんともないんだから。君も、そんなに気にしちゃ駄目だよ?」

 ――でもね先生。僕の場合はそんなものとは比べものにならないんだ……。夕夜は胸の内を明かせないまま、転校先は教員に一任するとだけ伝えて別れた。

 優しい先生を傷つけてしまった事に改めて胸が痛んだ。怪我をした指も痛む。いっその事、じんじんと脈打つものが、暴発してしまえば楽になるのではないかと思うほどに。


「ちょっと待って。メアリーの飛来速度が上がってる……。フィーニー?」

 アリューシャン列島方面へ向けて太平洋を北上している航空母艦を臨時の移動指揮所としたフィーガ隊員の表情が、宗谷の言葉を受けて険しくなった。

『――確認したよ、宗谷。更に加速中。地球到達予測時刻修正……あれ? 十二時間切った?』

 ファーボ分析の結果を聴いたグレヴリーの声が裏返る。

「はぁ!? やっこさん、ワープでもできんのかよ!?」

『――更に加速、と言うか何か。ぐんぐんこっちに引っ張られてる感じ?』

「まずいな。早すぎる」

 指揮台モニタに両手をつけた碎王も唸った。

「落下ポイントの割り出しは?」

『――演算中。一応、このままの進路だと仮定して、北極海か、ベーリング海峡域辺り? もしくは進入角度が浅すぎて、弾かれそのままさようなら』

 碎王は鋭い眼差しを携えて宗谷を見据える。

「構わん。予想地点に通達を」

「了解」

 宗谷はトレードマークでもあるトランシーバーに似た通信機を口元に寄せた。

「シーラトゥーより各局。メアリー到来予想大幅修正。落下予測地点にレッドアラート」

 それはまもなく迎撃態勢に入り、いよいよ開戦を迎える合図でもあった。


「全く。本当に忙しないな? ちっとも休んだ気がしない」

 全身を黒一色で統一した戦闘服の予備ポケットに弾薬と弾倉を詰め込んだオーガが言うと。グレヴリーは「貧乏暇なし」と軽口を叩き。碎王は、合流したアロウズの専売特許に声を上げた。

「よし。アンディ、コンテナ連結してくれ。このままピックスで先発しちまおう」

『――了解シーラワン。連結する』

 通信で応じたアンディは、戦闘機の切っ先に似た尖って狭い運転席でパネルとスイッチを操作し始めた。すると、洋上を進んでいる空母の滑走路で鎮座していた七両編成の黒色列車が、ふわりと宙に浮き上がった。スムーズにかつ滑らかに、車体下の浮動力ジェネレーターより虹色の光がぽろぽろと漏れて淡く散る。

 そして一両だけ先着していたコンテナ車両を最後尾に連結すると、そのまま。ピックスと呼ばれた空飛ぶ黒艶の列車は単身、空母を離れ、鋭い走行で宙を翔け走り去って行く。

「いつも通りにいこう」

 碎王はピックスの運転をアンディに任せ、残る四人を眺めた。見える位置から最も奥にいたジルだけは、その視線が合わなかったけれど、仕事は出来ると信じている。

「落下が確定次第、ゴッズは長距離誘導弾を発射。海上に着水誘導後、駆除する」

「言っとくが――」

 オーガが横から口を出す。

「こっちも色々言われて調べたが、誘導弾には何の問題もないからな?」

 グレヴリーはオーガの胸板を裏手で叩いた。

「わーってんよ。俺たちゃ微塵も疑っちゃあいねぇよ」

 そして相棒のジルをふいに見やる。静かに窓の外で流れる景色を見ているようでも本当は、首から下げている認識札に祈りを捧げている。

 ――アラスカにも着地させねぇ。

 以前、そこでの交戦によりジルが大切な家族を失っている事をグレヴリーも忘れてはいなかった。あれも相当酷い激戦であった、苦い思い出だ。

 オーガもまた、度重なる戦況先で幾人もの同僚を失ってきた。戦えば相手も傷つくけれど、こちら側とてダメージを受け続ける。心も、体も。そうして誰もが何かを犠牲にしながら過ごす日々。終わらない戦がいつまで続くのかと全員が言葉にせずとも、その胸中で秘めているところに、フィーニーの通信が紛れ込んだ。

『――ねぇ宗谷? ちょっと気になる事があるんだけど』


「なに?」

『――僕の気の所為かも知れないんだけどね?』

「もったいぶらずに言って」

『――宗谷、気にしてたでしょ? あの場所に意味があるんじゃないかって?』

「あぁ……例の、学校周辺のこと?」

 フィーニーと宗谷の会話は、碎王たちが片耳に装着している小型の通信装置で仲間内にも伝わっている。

『――でね? 一応あの周辺を常時監視マークしてあるんだけど』

「何か出た?」

『――この数時間で磁場の上昇が凄いんだよね』

 宗谷は、指揮台モニタからはっと顔を上げた。

「でも。あの辺り一帯には、強力な磁気を発する施設も、地熱とかそういう地下資源とかも一切ないはず?」

『――そうなんだよねぇ。実際、調査した時には特に、何の異常も見当たらなかったのに。おかしいでしょ?』

「ちなみにそれって人為的? 自然発生的?」

『――むしろ両方』

 ますます怪しいと宗谷は睨む。

「上昇値、見せて」

 宗谷は、指揮台モニタに送られてきたデータの山なりを見て驚愕した。

「これって……」

 気の所為どころの話で済む数値ではない。

『――そう、リマが反応した、あの時以上の上がりようなんだよね』

 碎王もやり取りに参加する。

「まさか。またあの場所に向かうって言うのか? 冗談じゃないぞ」

 そうは言っても碎王とて、急こう配の坂を昇り続けている異常なデータ値を目の当りにしては、可能性を排除しきれない。

「絶対に日本へは向かわせない」

 今度また被害が出るような事にでもなれば、フィーガの威信に関わる。

『――ちょっ、まっ! 嘘でしょ!?』

 フィーニーの吃驚に全員が反応した。

「どうした?」

 ところが、フィーニーは珍しく即座に反応せずに沈黙の間が過ぎる。

「おーい、フォックストゥー? ……寝落ちでもしたか?」

 おどけて呼びかけたグレヴリーの問いには、滅多に口を開かないフォックスワンのフィーインが代わって答えていた。

『――メアリー消失』

「……は?」

「今、何て?」

 男たちは顔を見合わせ、機械的に応答しているフィーインは言い切った。

『――メアリーが、レーダーから消えた』

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