第4話 静かな歪み
軌道観測衛星ファーボを管轄しているフォックスより、メアリー襲来の知らせを受けてから三時間が経過していた。
黒一色塗装に白銀のSFGA文字が入ったフィーガ専用、陸上移動コンテナトレーラーの中では、グレヴリーとジルが誘導用の弾丸や武器を選定している。
「おい、フィーニー。メアリーとやらは軟体系か堅物系のどっちだ?」
飛来外来種の大きさや性質によって使用する弾薬も異なるため、必要な情報をフォックストゥーに求めている。
ところが通信電波で返ってくる音声は緊張感の欠片もなく、のんびり飄々としていた。
『――んんー。今のところどっちとも言えないかなぁ?』
「あぁ? まだ分からねぇのかよ?」
『――はぁ? 何言ってんの? まだどれだけ距離があると思ってんの? 百億キロ以上あるんだよ? 解る? 百億キロも彼方の物体、正確に捉えるだけでもどんだけ凄いことか知らないの? 全く、これだから』
グレヴリーはこめかみを引き攣らせながら言葉を被せた。
「それを捉えて詳しく調べんのが、てめぇらの仕事だろうが! ご自慢のフォックススロットが泣き言か?」
『――計測はしてますよーだ!』
互いの顔が見えない通信会話であっても、フィーニーが幼稚に拗ねた様子を想像するに容易い物言いだった。
『――なにさ、今はどっちとも言えないって言ってるだけでしょ? ファーボが予測、外したことある?』
グレヴリーは心の中で「ない」と呟く。フィーニーたちの仕事ぶりは何よりも早くて正確だ。外来種到来をいち早く観測するファーボを操り、情報精査をしては迅速に伝え、自らも戦況の第一線に立てる武力も併せ持つ重要なポジションに相応しき役割を担っている――にしてはその、普段の性格は何とも軽く、お喋りでもある。その反面、似ていない双子の兄のほうは滅多に口を開かない能面であるとは何の因果か。
「……何でもいいから。とにかく判ったら知らせろ」
『――了解、ゴッズワンワン。またあとでねー!』
返答の語尾に音符マークが目に見えて、グレヴリーは焦れて伏した目の眉を釣り上げた。
「誰が犬だ! ったく!」
そんな日常に慣れ親しんでしまった相棒のジルは、長距離弾道発射用の大型愛銃を手に取りながら笑みを浮かべていた。
「むしろ、フィーニーたちに余裕がないと。僕らもきつい」
グレヴリーは確かにそうだと思い、荒ぶった気持ちを沈める。
「……だな」
最前線の情報屋フォックスが取り乱そうものなら、それこそこの世の終わりなのではないかと思えてならない。こうして唯一無二の仲間同士でおどけられるのも、信頼という構築があってこそ。
ジルとグレヴリーは愛銃の手入れを一旦休めて、指揮台で刻一刻と変わる到来予想に目を光らせている宗谷に近づく。
「今のところの着地ポイント予想は――北極海?」
「随分と北だな? これだと角度深すぎの大気圏燃え尽きコースか、海面直撃、海の藻屑コースかのどっちかじゃね?」
宗谷は指揮台のモニタパネルから視線を反らさずに口を開く。
「これはまだまだ、あくまで予測だもの。浅ければアラスカ、北米内陸のどこを狙って好むか、或いは進路変更するかも知れないから。油断はできない」
「そのための俺らだろ?」
グレヴリーが気障ったくウィンクを披露したところで、陸海空との連携を図っていた碎王も指揮台へとやって来た。
「確定まであとどのくらいだ?」
「メアリーの飛来速度からいって、およそ四十八時間後です」
「よし。ならアロウズも充分、合流できるな」
ジルが反応する。
「引き上げさせたのか?」
アロウワンのオーガは、グレヴリーやジルと同じく元海兵隊で特殊な戦況や武器の扱いに長ける根っからの軍人であり。アロウトゥーのアンディはあらゆる機械や武器類に精通していて、開発操縦技術も長ける、こちらもチームの要であった。
「あぁ。向こうの防衛ライン整える助言というか指南役も。こっちがこれだけ忙しない現状なんだ。必要な戦力源なのに、これ以上貸し出せるかよ」
これにてSFGAの主要戦力が出揃うことになる。
「この後、埠頭からヘリでこのコンテナごと洋上の空母に送ってもらう。そこでアロウズとも落ち合えるだろうから、俺らも少し休もう」
戦士にも休息は必要だ。対飛来外来種との交戦は長引く場合も多いので、余力も貯えておかなければ身が持たない。
朝を迎え、昼と夜との境を跨ぐ者がいる一方の夕夜は、痛み止めが全く効かなかった眠れぬ夜を過ごし。何かと不自由になってしまった利き手の憂鬱にも悩まされていた。
巻き直した包帯を眺める度に、僕はどうしてこうもドジなのだろうと再三に渡って吐く溜息しか出ない。
今日のところは学校が取り敢えずの休校というかたちになり、怪我も負ったところで休みを得た。
「お腹、空いたな……」
ひもじく、ぐぐうと鳴った腹の虫を治める為に寮生用の食堂へ赴くも、こちらも本日臨時休業の札が下がっていた。
恐らく食堂のパートさん達もどこかへ避難していて、戻る学生もいないだろうと判断されたのか。静電気と格闘してようやく開けた冷蔵庫の中を窺っても、目ぼしい材料すら置かれていなかった。おやつは――と探っても、むしろ避難時に持ち出されてしまったのか、何もなかった。何とも運もついてない。
夕夜は仕方なく財布だけを持って寮を後にした。再びそこへ、二度と戻る事がないなどとは露知らず。
左手には手袋を嵌め、静電気防止のグッズも身に着けているのに。「あうちっ!」相変わらずコンビニで弁当を掴もうとする軽い接触だけでも静電気が弾けてしまう。
「……前より酷くなってる?」
気持ちがへ込んだ。腹も減っている。きっと目の前の空間が歪んで見えるのも、疲れが溜まった気の所為だろうと思うことにした。
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