第3話 白い暗雲


 この年、十二番目に地球へ飛来した外来種リマの襲来に関して、多くの負傷者らを収容していた病院の全電源が突如飛び、自家発電に切り替わってから二時間が経過していた。

「碎王。バックアップ供給車と発電機、設置完了したぞ?」

 フィーガにより手厚い支援を受けた病院の機能は完全に回復していた。

 急遽の手配と輸送を命じられたゴッズのグレヴリーとジルは病院機能回復に専念し、宗谷はただの灰と化したリマの残骸を太陽系外へお暇願う飛来種放出宇宙船、ビクターサーティ―ンの打ち上げ算段を整えている。

 グレヴリーは二の腕の袖にて額の汗を拭いながら、病院前で指揮を執っていた碎王に肩を並べた。

「しっかし何でまた、突然停電なんてするかね?」

 碎王は、どっしりと恰幅の良い体格に似合った渋い声で「わからん」とだけ呟く。

「病院だぜ? そう簡単に電圧室が一発アウトするかね?」

 碎王も停電が起きた直後に、その現状をその目で実際に確かめた。

 病院の地下三階に設けられていた電力供給施設は、まるで直接落雷でも受けたかのように過剰な逆流電を喰らった丸焦げ状態で、無残な姿となり完全に沈黙してしまっていた。もはや、使い物にならない事は火を見るより明らかであった。

 緊急時の非常電源が辛うじて機能したものの、それでは数時間分かつ限定的な電力しか供給できないと判明したため。たまたま居合わせたフィーガからの申し出を受けた病院は、その役目を果たせるまでに状態を立て直すことが適った。


 碎王とグレヴリーがそれぞれ片耳に装着している小型通信機に、宗谷からの一方的発言が齎される。

『――シーラトゥーよりオールユニット』

 それは現状報告とこれからの指針についてであり、打ち上げに関わる全てのものに対する指示と、依頼の注意喚起を促すものでもあった。

『リマの収容完了。これより打ち上げます。航空管制搭、フライトコントロールオーダー。領空域を閉鎖してください』

『――こちら航空管制コントロール。打ち上げ承認。上空飛行域の制限を指示しました。発射トリガーはそちらに』

『アイハブコントロール。ゴーフォアランチ。メインエンジン点火。発射ニ十秒前――』

 碎王とグレヴリーは、リマを乗せたビクターサーティ―ンのエンジン点火音が遠くの地響きを経て伝わって来るものに体を向けた。

 やがてのカウントダウン後には、建物の合間からゆっくりと宇宙船が昇って行く姿が目に入る。一定の高さにまで到達した宇宙船はメインブースターにも火を点けて、爆発的推進力で力強く上昇してゆく。

 発射リフトがなくとも独自で自立し、強力な推進エンジンを最大出力で噴射している放出船。一頻り白い上昇雲を尾びれにする白いビクターサーティーンが小さくなってゆく光景を見届けた碎王は、これが最後であることを切に願いながらグレヴリーを誘う。

「……さてと。そろそろ行くか」

「あぁ。どうせどやされんだろ?」

「これだけの被害を出したんだ。批判も非難も受けるさ」

 そうして二人は病院を後にしていた。


 事後報告や経緯の説明で集った緊急会合は紛糾していた。

「当然、日本政府としては、早期解決が望ましかったが。あれほどの被害を出すとは到底、容認しがたいものだ。国民にどう弁明するつもりかね?」

 飛来外来種に対する緊急対策本部を訪れたフィーガのシーラとゴッズは、各々神妙な面持ちで官僚たちの発言を聴いている。

「君たちの働きに感謝はしている。だが、どうしてあんな市街地にリマを誘導してしまったのかね? そもそも海上で仕留める算段のはずでは?」

 特殊連合部隊長の碎王が口を開く。

「これまでと同じように、誘導は順調でした」

 宗谷が立ち上がり、今回の作戦概要を電子マップと記録映像を交えて語り始めた。

「対飛来外来種観測衛星ファーボにより、リマの襲来を捉えたのが午前二時半でした」

 真っ黒な宇宙空間より、光の速さ並みの超高速で地球を目指していた点は次第に線となり近づいた。

「もっと早くに捉えられなかったのかね?」

「飛来中のリマはその厚さ、幅とも五ミリ以下という非常に長く、鋭い針のような形体でした。実際、ファーボ以外の観測衛星がリマを捉えたのは着水一分前です」

「洋上に着水した時の形は、全く違うようだが?」

「はい。軟体であった為に、大気圏突入時の熱も帯びて、地球環境に適応するべく骨格共々変形させたものだと思われます」

 大臣と主要官僚たちは深く唸り、宗谷は続けた。

「フォックススロットにより着地領域を割り出し。午前五時五十八分、長距離誘導弾を発射。太平洋西部への着水誘導を開始しました」

 碎王は戦略に長ける宗谷の進言に補足を付け足す。

「ゴッズの誘導は完璧でした。ご存じの通り、グレヴリーとジルは射撃の名手。狙った獲物は逃しませんし、外しもしません」

 ゴッズワンのグレヴリーも口を開く。

「そう。大気圏突入時に撃ち込んだ誘導弾は完璧にリマに当たって、俺たちのコントロール下にあった」

 それを聞き逃せなかった一人の大臣が口調を荒げた。

「だが暴走してこの結果ではないか!」

 なれどすぐさま他の官僚が宥める。

「大臣……」

 宗谷が作戦の続きを促す。

「そのまま太平洋上の着水域で、排除を慣行する手筈でした」

 それが――、何かに反応したリマが突如。誘導コントロールの支配下を振り切り、日本の首都圏を目指して飛び上がったのだ。

「一体、この首都圏にある何に反応したと言うのかね?」

「現段階では不明です」

 静かに口を挟んでいたのは、現場の連合部隊をサポートし、共同出資協力をしている各国各領との連係や調整役に当たっている事務総長であった。


「フィーガの作戦は完璧なものでした――」

 彼らは自分たちが少しでも躊躇い、失敗でもしようものならどのような結果が待ち受けているのかを、誰より体験して知っているとも述べた。

「この地球に、人類を含む生態系の全てを脅かす外来種が、宇宙空間より飛来するようになってから早数年。外来種を根付かせ、駆除に失敗してしまった国や地域がどうなったか、皆さんご承知の通りでしょう」

 カナダとアメリカの国境部分に一つ、ロシア極西、及びアフリカ大陸の北東部に一つずつ。衛星からもよく見て取れるほど、ぽっかりと開いたその穴は、ぞっとするほど巨大な黒点となって有史の歴史に刻まれた。甚大な被害を受けた国や地域、人々の生活再建は程遠く。心の傷も未だに癒えていない。

 三つの巨大すぎる穴が開いたのは、いずれも各国各自治体が独自の戦力で飛来した外来種の退治に手間取り。ナノミクロンレベル以下での増殖根本を見逃す根絶を怠った事後的副産物によるものである。

 四度目の惨劇を繰り返さないべく国際社会は一致団結した。飛来した外来種の骨格も子種の細胞すら燃焼剤で灰にしては地球外に退出を願い、太陽系外へと放出することを義務付ける案を議決承認し、それを専任で対応実行する特殊連合部隊としてフィーガが設立された。

「彼らが取った作戦行動に手違いなどなかったことは、改めてこの場で申し上げるとともに、必ずや原因の究明と再発防止をお約束します」

「当然だ。このような事は二度とあってはならん!」


 上席を立った大臣はそのまま退出してゆき、政府閣僚関係者もぞろぞろと部屋を後にして。残されたのはフィーガの面々だけとなった。

「……やっぱあれだよな? 磁場の歪み? あの影響がなきゃ、撃つ弾こぞって明後日の方向に逸れなかっただろうに」

 グレヴリーの隣に座っていた寡黙なジルが、ここで初めて口を開いた。

「考えられるのは、大気圏突入時に地球特有の磁気を帯びて、特異変質したとか?」

「んでもよ? それって今回のリマに限っての事じゃねぇだろ。着水時に撃ち込んだ誘導弾も命中して、一定時間効果はあった。そんなたったの数時間そこらで体質、変わるか?」

「分からないよ。変わるかも?」

「俺らだってシューターだ。時に命中させる為に意図的に弾道を曲げたりもするが。最後のやつは完全に、何らかの影響を受けて追撃の弾丸も弾かれてた」

 ジルは、寡黙に似合う大人しそうな童顔の頬に手をつく。

「飛来外来種自体が未知の生物なんだ。飛来するものは一つ一つ形も性質も違うから、どこにも前例はないし。何が起こるか、やってみるしか術がない」

 だからと言って躊躇えば、地球はその未知なる外来種によってあっという間に支配されてしまう。そこに共存という譲り合いの道があればよいが。これまで地球を訪れた数十体の飛来種はどれも、訪問の挨拶もノックもなしに、一方的侵略の精神しか持ち合わせていなかった。

「射撃も、誘導弾にも問題はなかった」

「けれど。まるで何かに惹きつけられているかのように、リマはあの場所へ向かっていた」

 事務総長は宗谷に訊ねる。

「あの場所に、何かあったのか?」

「いいえ。フォックスに現場を調べてもらっていますが、今のところ何も――」

「こんなことは初めてだ。人命や人類の財産を最優先する為に、戦場をひと気のないところへ移す為にも特別に開発した、あの特殊な誘導弾に効果がないという疑念があるのなら、我々の作戦自体の根本が覆されてしまう」

「お言葉ですが事務総長。アンディが開発した誘導弾の性能に疑う余地はありません」

 今後も標準装備で使用すると碎王は強く言い切っていた。


 フィーガが使用する武器や機械、通信機器に至るまでの全てを特別に拵えた張本人たち、アロウズのオーガとアンディは現在欧州へ出張中である。

「至急二人を戻さないと」

「ビクターサーティ―ンがリマを放出して地球に帰還するまでの間、飛来種をヘリオポーズ域外へ放出できる宇宙船もないことだしな?」

 その間に、次なる訪問を受ければ放出算段の手立てもない。

 静まりかける空間に、フォックスからの通信が割って入った。

『――フォックストゥーよりシーラトゥーへ。ファーボ観測。メアリーの飛来確認、接近中』

「うそだろ、おい!」

 座っていた椅子をひざ裏で蹴飛ばしたグレヴリーの声も裏返る。

「立て続けかよ? くそったれ!」

 立ち上がった勢いのまま壁も叩く。

「どーなってんだよ去年辺りから。飛来の爆当たり年だってか? 地球に来たらもれなくプレセントでも貰えるキャンペーンでもやってんのかよ! くそったれ!」

 宗谷は碎王と意味深な視線を交わしてから通信機を手に取った。

「シーラトゥーからオールユニット。メアリー襲来。これより交戦記録レコーダー、オン」

 駆け出して行く男たちの背を見送った事務総長はただ一人、残された部屋の中で俯いた。


 太陽の陽も沈みきり、とっぷりと暮れた午後八時近くになって、夕夜はようやく寮へと辿り着いていた。

 医者はひと晩だけの入院を勧めたけれど、大停電の原因を作ってしまった事も結局打ち明けられずにいた夕夜は、いたたまれずに帰宅を選択していた。

 とぼとぼと重い足取りの帰路途中で、塀沿いや門越しで犬に吠えられ小走りになる場面にも遭遇しながら。夕夜は住まう寮の前で一旦足を止めた。更に道の奥を眺めると規制を知らせる看板や警官らが立っていて、関係車両以外の立ち入りも制限している模様が窺える。

 リマが着地した学校から半径一キロ圏内は、今も住民の立ち入りが規制されている。リマ本体は既に地球から葬り去られていても、飛来した際に地球上にはない物質を巻き込みながら訪れる外来種が多いので大抵の場合、一週間ほど大気分析や微生物などの細かな経過観察が行われるのも規定の内であった。

 夕夜は溜息を吐いてから学生寮を見上げた。寮生活を望む者に割り当てられている三階建ての寮のどこにも明かりは灯っていない。皆、今日ばかりは遠くの実家に戻ったか、友人知人のところへ一時的な避難をしたか。中には物理的に戻りたくても戻れない者もいると聞いた。それを知れば余計に、もぬけの殻のようだと思えてならない。

 ここへわざわざ帰って来たのは自分一人だけかと、静電気を気にしながら門を開けて中へと入り。部屋に着いても夕夜は電気を付けず、暗闇の中で一人沈んだ。


 どうしてこんな事になるのだろう。また居場所を失いかけている。

 どうしてあんな事になったのだろう。静電気の症状は酷くなる一方だ。

 これから一体、自分はどうすれば良いのかの、ネガティブ思考だけがぐるぐると回っている。

 じりじりと指先がジンジンと痛む感覚も強くなる。医者から痛み止めを貰って飲んだのに、骨折の痛みとは違う何かが指の中で唸っているようで気味が悪い。

 これは普通ではないんだ――。僕は、普通じゃないんだ――。夕夜はベッドに腰かけて項垂れた。

 一人になったことで堰を切った涙腺より、涙がぽろぽろと零れ落ちるものも止まらなくなった。

 白い包帯の手で顔を覆えば、その白い布にも落涙の水分が止めどなく吸い込まれてゆく。

 ――どうしたら良い。一体、どうすれば良い。

 ぐしゃぐしゃになってゆく白い包帯だけが、その憂鬱を受け止めてくれている。

「……誰?」

 ふと、夕夜は何かに惹かれる感覚に捕らわれた。

「……」

 呼ばれた気がしたけれど、違ったか――。夕夜は立ち上がって唯一の窓辺に寄った。

 星の瞬きなど殆ど見えない都会の空は、漆黒で覆われている。

 どこに視線を定める訳でもないのに、夜の帳から目が離せなくなる。

 指先がぴりぴりと痛み。その鼓動が、バクバクと高鳴り脈打つ拍も速くなってゆく。

 何だろうか。まだ何かよく判らないけれど。何かが――来る。

 言葉に言い表せない不安と緊張が孕んだ夜だった。 

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