第1話 YOUはどうやって異世界へ?
その日、俺は大学の退屈な講義を終えて、昼頃には帰路である都内の駅の構内を歩いていた。ラッシュ時に比べ、この時間帯の構内に人足はまばらだ。おおよそ大半の人は駅ビルか周辺の飲食店に足を向けているようで、券売機と改札機が並ぶ広いスペースにはまばらにしか歩行者は居なかった。改札機の脇に併設された駅窓口も暇そうだ。
構内に流れるアナウンスを遮るようにして、俺はスマホに繋げたイヤホンを耳に付けて音楽を流さないまま歩いていた。ノイズキャンセリングイヤホンは周囲の喧騒も音も最小限に留め、そして音楽を聴いている素振りは周りとの見えない壁のような役割を持っている。
白いシャツに長ズボン、そして軽くワックスをつけた髪にリュックサック。イヤホンを耳に付け、かつスマホを弄りながら歩く俺の姿はただの量産型男子大学生の初夏バージョンそのものだった。
自分でこれがカッコイイと思っているかと聞かれればよく分からないが、別に思っていない訳でもない。だが重視しているのは格好良さよりも、自分が周囲から見て「間違っていない」ことに安心するための格好であること。
何を基準にして正誤を判断するのか定かではないものの、大多数と同じであればあるほどに「間違っていない」と思える。主体性なんて知るか。誰かに「違う」と一言言われる方が俺にとっては苦痛でしかない。
電子定期券を改札機にかざし通り抜ける。そのまま取り付けられた下り階段を降りればホームだ。乗るつもりだった電車は、特急電車の通過待ちをしているようで乗り口を開けたまま停車していたが、俺が乗り込むのと殆ど同時に扉を閉めた。小さなことだが少しだけ優越感のようなものを感じる。
電車に乗り込み周囲を見渡すと、昼頃の環状線にしては乗客は多くない。俺は車内に取り付けられた長椅子の中から他の乗客が座っていない椅子を探し、目に入った無人の長椅子の右端にもたれるように腰掛けた。隣に誰もいないため少し幅に余裕を持って座り、手のスマホに目を落とす。
ニュースサイトに目を通すが、それほど目新しいニュースも見当たらずにブラウザを閉じる。適当に操作して音楽再生アプリを起動させ、保存された音楽ライブラリを眺める。何も聴く気にもならなかったが、退屈な時間を紛らわせるため何となく目に付いた激しい曲調の歌を再生しようとした。
その時だった。
「うおっ」
ブー ブー
いままさに手に持っていたスマホが震え出す。同時に画面は着信画面に変わり、いつの間にか音量設定が最大になっていたのか、イヤホンから流れ出した大音量の甲高い着信音が鼓膜を刺激した。イヤホンを乱暴にスマホから抜き、耳からも取り外す。
耳に僅かな痛みを感じながら再びスマホの画面に目を落とす。本体はバイブレーションを発しながら画面には電話のマークが2つ表示されていて、赤いボタンは切断、緑色のボタンは通話を意味している。それ以外には着信相手の電話番号が表示されているのみなので、どうやら電話帳に登録している知り合いからではないようだ。
(……出なくていいか)
知り合いでもない、その上知りもしない番号というだけでも億劫だし、ここは電車内だ。車内では電話機能の使用は控えるようにとマナーの呼びかけがされている。それに重要な電話なら一度無視してもまた掛けてくるだろうから、もし続けて着信があったらそのとき出ればいいだろう。
ブー ブー
ブー ブー
ブー ブー
『まもなく○○、○○。降り口は左側です。』
車内アナウンスでそろそろ停車駅に着くのことが案内されるも、なお着信は続く。バイブレーションは止まらない。これだけ粘る着信も珍しいもんだ。
ブー ブー ブー
……まあ、まだ昼前だしいいか。
乗り換え駅はまだまだ先なのだが、俺はスマホを握りながら立ち上がった。降り口である左側のドアの前に立ち、電車が止まるのを待つ。窓の外には○○駅のホームが見えてきて、景色が流れる速度が徐々に遅くなっていく。窓から見えるホームには殆ど人はおらず、車内を見渡しても降りる人は俺以外見当たらない。
ブー ブー
電車がプシューという音をたてて停車する。アラームの音とともに扉がガシャガシャと動き、開く。
俺はその寸前でスマホの緑色の通話ボタンを押す。画面の文字が通話中に切り替わるよりも前に耳元へとスマホを押し当てる。
目の前の扉が開く。駅のホーム、コンクリートに黄色い点字ブロックが目に入る。足を延ばして前にに踏み込む。
その瞬間、耳元のスマホからノイズ混じりに音のような、声のようなものが聞こえた。
「たすけて」
開いた電車の扉から初夏とは思えない猛烈な熱風を体で感じた。太陽を直視したような強烈な光を眼前に浴び、思わず驚きと眩しさに一瞬目を閉じた。踏み出した足が駅のホームとは思えないほど不安定な地面に降り立ち、バランスを崩しそうになりつつももう一方の足も地面に下ろして踏ん張る。
耳元のスマホはすでに着信状態ではなく、単調なプー プーという電子音が流れていた。
目を閉じたのはほんの一瞬だった。
それなのに、目を開けてそこにあったのは砂漠。駅も電車も、人も音もなにもない広大な砂漠のど真ん中に、スマホを耳に押し当てた体勢で俺は立っていた。思わず後ろを振り返っても乗っていたはずの電車はない。そもそもすでにどちらが前でどちらが後ろかすら分からなくなっていた。
正確に言えば、俺はまだこの時『異世界』に来たとは理解してはいない。しかし、「偉いことになった」と直感的に理解していた。
どうやって俺がここへとやってきたのか。異世界の、それも砂漠の真ん中に、どうやってやってきたか。
俺が知りたい。
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