とりあえず異世界に行ってしまう話

みねらるさくらい

プロローグ

 最近、所謂『異世界モノ』が流行っているという。『異世界』といえば大体頭に浮かぶのが『ファンタジー』であり、『ファンタジー』といえば夢溢れる波乱万丈の冒険譚といった構造が何となく想像できる。

 流行っている『異世界モノ』もそんな想像とおおよその違いはなく、大方のベースはRPGのような世界観で、キャラクターはお姫様や魔法使い、剣士や勇者などが存在していて、敵としては人里を襲うゴブリンや村娘とエルフを陵辱するオークなどが敵として現れる。


 RPGと異なるのは、その物語の主人公だ。

 主人公はその『異世界』に住む人間ではなく、外部……つまりは俺たちが産まれ住み、そして生きている現世から『異世界』へと行ってしまった人間が大半を占めている。その主人公の気質も重要だが、無職やニートといった『異世界』で生きていけるようなスキルを持っているとは到底思えない立場の主人公もいれば、料理人やら自衛隊やらの役職の人間が『異世界』でその能力を遺憾なく発揮するのもあったり、挙げ句は単に会社をリストラされただけの人や童貞であるだけでもいい。その実、主人公に個性さえあればどんな人間であってもいいわけだ。


 童貞とか無職であれば劇中で主人公が滑稽に映る上、大概にして周囲には頼りになる仲間(女性)が居るため面白い。そして読者側が主人公を「下」に見ることで、都合のよい展開やハーレムなどに寛容な目線で見てくれるというおまけつきだ。

 自衛隊のようなサバイバーであれば知識を駆使して『異世界』を生き抜く姿に新鮮さを感じさせ面白いだろう。この「面白い」は読者が未知な知識を得られることから生まれるものであり、軽くドキュメンタリーに近い娯楽性を持っているのではないかと推測される。


 そして、主人公として一番ダメなのが「普通」であることを物語初めに強調することだ。なにをやってもどっちつかず、中途半端で秀でた才能がないために「普通」とか言っているくせに、なぜか物語中盤あたりで魔法やら何やらの才能が実は存在していたことが判明したりして「お前、普通じゃないやんけ」と結局は反感を買う。読者の大多数であろう「普通」の人に共感してもらおうとして主人公には「個性がないのが個性」とか「とにかく普通の高校生」とかキャラ付けをするのだが、主人公は主人公であるだけで活躍するのが物語の定石で、それが主人公たる所以だ。『異世界』で活躍した時点でそいつは決して「普通」ではない。


 「普通」であることを否定するわけではないが、別に主人公のパーソナリティと物語の面白さなどについて語りたいわけではない。結局何が重要なのかというと『異世界』で生きていく上で転異者は「普通」ではいけないのが『異世界モノ』だということだ。


 さて、前置きが少し長くなったが、何故俺がこんな無為なことを考えているのか。


 それは今まさにその漫画やゲームの世界だと思っていた『異世界』に自分がいるからだ。


 最近流行りの『異世界モノ』の主人公たちはみんな、どうやって『異世界』に現れるのだろうか。少なくとも、自分の出現場所? はツイていない方だと思う。


 前後左右、眼前に果てしなく続く砂漠。カンカンと照りつけるお空の太陽は、自分の知っている太陽と何ら変わらない姿をしている。


 色々言いたいことはある。だがまずはこう言っておこう。


「なんっ、でやねんっ!!」


 俺の魂の叫びは『異世界』のだだっ広い砂漠には響きもしなかった。「普通の人間」はこれほどまでに無力だ。

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