開戦

 部屋を出ると、皆神妙な面持ちだったが……。

 風華はぐっと拳を握って「ガンバ!」というようなポーズをとる。

 鈴々は胸を寄せ、ウインク。

 カスミはにっこりとほほ笑む。

 カナは空中で何かを引っ掻いている。

 ビビは投げキッスを寄こす。

 みんな元気づけようとしてくれているようだ。

 アルカも真剣な表情だが、これはいつもと同じだ。

「ご武運を」

 チェコフの言葉に見送られて二階へ上がる。


 虹色の光沢を放ち、ナイター照明のように翼に並んだ八つのレンズを持つ戦闘機が僕を見下ろす。

 この機体の能力が頼りだが、どうすればいいのかはまだ分からない。

 複座が並列式なんだったな……。僕が左側に、アルカが右側に並んで座る。

「一応規則なので言っておきますが、換装装備にステルスがあります。最大で約五十秒間、姿を消す事が出来ます。その間は攻撃できませんし、長く使うほど武器のパワーを消費してしまいますから使いません。……普通は」

 と言って目を伏せる。

 そうか。それであの時姿が見えなくて、ミサイルのカメラも追えなかったんだ。

 あのオタクの男は初めから戦う気は無くて、最期の時間をアルカと共に過ごす事に決めたのか。


 エンジンが始動すると天井のドームが開く……が、なんだ?

「暗いぞ?」

 悪天候、なんてものではない。まるで雷雲の中に入ったようだ。今飛び立った城も雲に隠れてすぐに見えなくなった。あちこちで稲妻の様な閃光が走っている。

 最終ステージ、という事か。

 地面が見えない。もしかしたらこの戦いにリングアウトはないのかもしれない。


 敵機体のコクピットにウミネコの姿が見える。

「ウミネコー」

 ショーウインドウに張り付く子供のようにキャノピーに手をつく。

「あなたはウミネコさんしか目に入らないんですか? 相手の機体を見て少しは驚いてください」

 アルカに言われ、相手機体を確認する。

 黒い。未来的と言うんだろうか。まるで宇宙ロケットのようだが、この違和感は……。

「翼が……、ない!?」

 正面から見ると漢字の『回』のようだ。胴体を囲うように四角く板が覆っているが、あれが翼?

「環状翼というやつです。どんな動きをするのか、私にも分かりません」

 四方の角にエンジンがあり火を吹いている。上の二つがメイン、下の二つが姿勢制御用だろうか。形が違うエンジンだ。

「ねぇ、相手のメイドの武器って何だった?」

 信じられない……、と言う呆れ顔で頭を振り、

「ライフルです」

 ライフル? ……鉄砲じゃないか。銃は剣よりも強しって誰の言葉だっけ?


 フラッグが降りた後、機体を交差させながらアルカが言う。

「もしかして、あなたは自分がウミネコさんと戦えるかどうかだけ考えてませんか? ウミネコさんは、あなたを殺す気なんですよ」

 う……、そうだ。ウミネコが僕を殺すはずがない。どこかでそう考えていた。


「オプティカル・デコイ、展開」

 アルカが何やら操作すると周囲に機影が現れる。一瞬ギョッとしたが、この機体と同じ形だ。デコイと言う事は囮の幻か。

「私の装備は光学兵器です。基本の武器はレーザー。着弾が早く機体を貫通するほど強力ですが一回撃つと冷却に約三十秒かかります。レーザーは八門。八発までは連射が可能ですが、エネルギー残量に注意してください」

 突然、下方から空に向けて線が伸びる。その線は横に薙ぎ払うような動きで囮を二つ掻き消した。敵の攻撃か!? 相手からはどれが本物か分からないんだ。

 次の瞬間、黒い影が眼前を登っていく。

「な、なんだあ? 今の」

「敵影です。なんて速い……、音速に近い、明らかに亜音速を超えています」

 という事は亜音速というのは音速よりも遅いんだ。

 音速で飛ぶ機体……、ウミネコの体は大丈夫だろうか。

「HUDに線があるのが見えますか?」

 目の前のガラス板か。手前から奥に向かって伸びる様なラインが描かれている。

「それがレーザーの軌道です。発射ボタンを押せばレーザーが照射されます。多分ご主人様の想像してるレーザーとは違います。ストロボのように一瞬ですよ。言葉より慣れてください。スティックで狙って撃って!」

 スティックを動かすと線が動く、線の先を敵機に合わせて発射。

 パシッと閃光が走る。線と同じ所に光の線が走ったようだ。

「当たってません……が初めてにしては上出来です」

 この子見た目に似合わず上から目線だよな。

 高速で下方を左右に揺れながら飛行する敵機を照準で追い、更に二回照射。

 閃光が走り、黒い雲に穴が開く。

「広範囲の射角に着弾までの時間が光速で実質ゼロ。扱いは最難関ですが天下に並ぶ物のない兵装と自負しています」

「簡単に言ってよ」

「ご主人様の腕が良ければもう勝っています」


 敵機は大きく弧を描いて飛び、こちらに戻ってくるとまた囮の影をいくつか掻き消してすれ違っていく。

「すれ違うのは得意でしょうけど、危険ですよ」

「うるさいなぁ」

 相手が速い。まるでこちらが止まっていて、敵が周りを回っているだけのようにも見える。

 完全に翻弄されていたが、相手は小休止の様に速度を落とした。

「レンズの向きは変わらないのに、射角を変えられる事に疑問は持ちませんでしたか?」

「え? いや。不思議はもういっぱいすぎて……」

「このレーザーは屈折させる事が出来るんです」

 屈折? 曲がるって事か。どんな理屈でそうなるのは分からないが、それが何の役に立つんだ?

「右手の方のスティックを操作してください」

 言われた通りに操作すると確かに軌道を示す線が曲がる。

「本当は開始直後に後ろに当てられればいいんですが、離れて行く敵に屈折させて当てるのは至難の業ですからね。HUDは2D、実際は3Dです」

 敵影が目の前を過ぎる。また高速飛行に移ったようだ。


 軌道をぐにゃぐにゃと曲げてみるが、何をどうすればどう曲がるのかが分からない。

「二つのスティックで到達点と中間点をそれぞれ操作するんです、曲線はスプラインを描くので中間点は広めに取って。数学と同じですよ」

「え? なに?」

 アルカを見るとあからさまに「本当にこの男は……」という顔をしている。

「だって……、習ってないもんそんなの」

 アルカはやれやれと前を向く。

「必要ないのに曲げないでくださいよ、切り札ですから。あと一つ、他の機体にはない機能があります。それは後で説明します」

 背後を取った……。

 相手もいつまでも音速で飛んでいられないようだ。

 近い……、射程内というやつだ。ぐっと人指し指に力を入れるが、撃てるのか? 僕に。

「ご主人様!」

「分かってるよ。でも動きが速くて」

 できる事なら当たらないでくれ、と思う気持ちがないでもない。

「くうっ!」

 とボタンを押す瞬間、目を閉じてしまった。

 パシッ! と閃光が走り、敵機のボディをかすめる。致命打ではないが、驚いたのか相手は大きくバランスを崩す。

「敵機失速! 終わりです」

 失速!?

 考えるよりも早く手が動いた。スロットルを逆噴射に入れ、操縦桿を手前に引く。

 急上昇。激しいGが体にかかり、ブラックアウトしそうになる。

 機体の後部にカカカと金属音。


「なんですか? 今の。敵が一回転した? ……信じられない、失速状態から回復してます」

「ウミネコターン……」

 ぎりっと歯を食いしばる。

「僕が、ウミネコと一緒に編み出した技だ」

 そして、あれは間違いなくウミネコなんだ。

「後部に被弾。損傷軽微です」

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