開戦

 部屋を出ると皆揃っているが、ウミネコの姿は見えない。

 気になるが、今は余計な事を考えるべきではない。雑念でミスをすれば、僕もウミネコも消えてしまうんだ。

 ビビは腰に手を置き、モデルの様な立ち方で僕を見据える。

「さあ。行くよ!」

 頼もしい言葉に続いて二階へ上がり、浮かび上がる機体を眺める。


 金色なのだが、格納庫内は外より暗い。そのため黄土色というか、もっとグロい色に映る。あまり航空力学的でない曲線は、まるで太古の翼竜。

 複座も他の機体と比べると後ろ寄りだ。要はパイロットとメイドの距離が遠い。

 ビビの本質を現しているのではないか、とも思うが言わないでおこう。

「アタシって悪い子でしょー? これ見れば分かるよねー」

 見透かされたか、とビビを見ると不敵に笑い、

「でも、悪い子は強いよ」

 と言って機体に乗り込む。


 他の機体よりも不快な音を立てて動き出す。高速で回転する刃で何かを削っているような、歯医者ほどではないが神経に障る音だ。

「もう知ってるだろうけど精神波で相手の心を読む『サイコウェーブ』が一番の目玉。スロットルレバーのダイヤルで強さを調整できるよ。強すぎるとより感じ取れるけど自分の意識が薄くなるからね」

 ダイヤルを確認する。レベルは五段階位かな。

「それとリモートミサイル『アサシン』。発射すると操縦桿のスティックでコントロール。ミサイルのカメラに付いてる画像がその液晶モニターに出るからね」

 キャノピーの上部にモニターが付いている。かなり大きい、これなら操作しやすそうだ。

「あんまり距離が離れすぎるとコントロールを失うからね。あと飛んでられるのは六秒くらいかな」

 そんなに短いのか、もっと長い時間追われていた気がする。でも間をおかず撃ち続けても八発あるんだから四十八秒か。



 敵の姿が見える。白を基調にした黒いライン。なんか警察車両のようだ。翼の向きが他の機体と違う。普通の翼が前から後ろに流れるように付いているのに対して、あれは逆に前方に向かって伸びている。

 コクピットが大きく、そこにぶら下がるように機銃がついているがガトリングではないようだ。


「あー、やっば~い」

「どうしたの?」

「サイドワインダーだ。アタシ、フレアないんだよね。特殊兵装強いとそういうの積めないんだ」

「どういう事?」

「撃たれたら終わるよ」


「どどど、どうすれば?」

「逃げるしかないね。サイコウェーブをレベルスリーにしな。攻撃に分類されるから始まる前はダメだよ」


 フラッグが降り、機体が交差する。

「ちっ、機動性あるね。後ろに付かれる」

 こ、恐い。後ろから撃たれたら終わるって、一瞬かな。ミサイルだとあっという間かな。

「近接信管じゃないからミサイルは直撃しないと爆発しないよ。ギリギリでもなんでもいいから、とにかく避けて」

 無茶を言うな……。

 ピクンと体が動く。頭の中に相手が自分を射角に捉えている感覚が伝わる。ヤバい。相手はミサイルを撃つ気だ。


 スライドレバーを前へ押し出すと同時に操縦桿を引く、上昇に急制動の浮力が加わって機体は急上昇する。

 何度も戦闘機を動かしているうちにコツが分かってきた。急な重力変化、体を押し潰される様なGに耐える為歯を食いしばる。

 追い切れなかったサイドワインダーが上を向いた機体の腹をかすめ、空に軌跡を残して飛んで行った。

「ヒュー、やるじゃん」

 近づいただけで爆発する近接信管のミサイルなら今のでやられていたとビビは言う。

 敵の翼に付いていたのは二発だからあと一回避ければいい。

「この隙に後ろを……、くっ相手もやるね」

 相手を追うように飛ぶが、ヘリのように旋回して逃げる。戦闘機のドッグファイトとはまた違った臨場感、これがVTOL戦闘機同士の戦いだ。

「アサシンは射角外からでも撃てるんだよ。コントロールして当てて!」

 そうだった。ミサイル自体を操縦できるんだ。正面に捉える必要はない。

 ミサイルを発射する。ポッドから放たれたアサシンは、宇宙へ飛ぶロケットの様に発射後すぐに後部を切り離して飛んで行く。

 敵に向くように操作するが、慣れない操作ではやや敵に向かって飛んだだけで、大きく外れる。

 相手も旋回から高速飛行に転舵、離脱する。サイコウェーブの反応からすると、相手もただの追尾ミサイルではないと気付いたようだ。

 敵機を追い、アサシンを発射。また大きく外れる。

「外したら引っ張り戻してまた狙うんだよ。八発しかないんだからね」

「そうは言っても、思ったより難しくて……」

 モニターには空しか映っていない。どっちにどう動かせば敵に向かうのか分からない。

「最初は外を見ながら大まかに操作して、カメラの視界に捉えたらモニターを見るんだよ! 何の為に上にモニターが付いてると思ってるんだい」

 そんな事言われても……、あのいやらしい男は結構うまかったんだな。

 僕がミサイルの操作に苦戦している間もビビは敵機を追う。こちらのミサイルを警戒して動いているため動きに制限がかかったようで、背後をとる事に成功した。

「後方武器を撃つ気だ。でもこれは……炸裂弾じゃない。『スモークチャージャー』だって」

 相手機体が煙幕のように黒い煙を噴き、視界が真っ黒になる。

 煙が晴れると相手はいない。

 どこ?

「後ろだよ。でもミサイルの射程圏から外れてる。アンタが教えてくれなかったら、終わってた」

 相手は機銃を撃っているようで、目の前に白い光がパラパラと飛んで行く。でも今まで見た機銃の軌跡より疎らだ。

「収束率の低い機銃だね。殺傷力はないけど弾がパラパラと飛ぶから散弾銃みたいに当てやすいよ。射角も変えられるみたいだ。ミサイルが少ない分、機銃がやっかいだね」

 コン! カン! と地味に機体に何かが当たるのが分かる。このままではじわじわとやられる。

「サイコウェーブをレベルフォーにした方がいいかな。アサシンの操作はヘボだけど、操縦は中々なもんだよ。まずは逃げる方に集中しよう。強くし過ぎると同調率が高すぎてこっちの操作がおぼつかなくなるから気を付けて」

 レベルフォーに上げる。相手の意思というより細かい操作までが分かるようだ。だが、相手の動きと自分の動きとの境界線が曖昧になりそうだ。おぼつかなくなるというのはこういう事か。

 右へ左へ、上へ下へと機体を揺らし、ギリギリの所で射程範囲から逃れる。早くミサイルを使ってしまってくれ、と願う。

「くそっ、相手はこっちの動きを読んでるんじゃないのか?」

 と聞こえた気がする。相手の言葉か?

 操作だけでなく相手の感情までが分かるかのようだ。焦りとこれは……歓喜!? ミサイルが当たる瞬間を楽しみにしているような歓喜。

 背筋がぞっとする。

 だが、その中で……これはなんだ。悲しみ? とも違うような苦痛とも言えるような……。ダメだ、今は集中しないと。

「時間がないよ。そろそろ決めないと」

 相手も同じ気持ちの様だ。このまま追うよりはいったん態勢を立て直そうとする。その瞬間を逃さなかった。

 相手が方向を変えるのと同じように動く。動きが同調し、完全に後ろを取った。相手の驚きと焦りが伝わる。滅茶苦茶な動きで振りほどこうとする意思が伝わる。それを感じ取りながら、自分も操縦して追うのは無理だろう。

 同調する事で、相手と自分の動きの境界が曖昧になるのなら……。僕は一か八か、サイコウェーブをレベルファイブに上げた。

 相手の動きと、僕の動きは完全にシンクロ。相手が操縦桿を右へ倒せば右に、左へ倒せば左に、ぴったりと相手に付いて行く。

 視界が二重に、ぼやけた様に見える。自分の視界なのか、相手の視界なのかもう分からない。意識も危うい。思考がどっちなのものなのかも分からなくなる。

 右へ左へ、上へ下へ、右回転、左回転、既に戦闘機戦とは呼べない戦いが展開されている。

 旋回する相手と全く同じ動きをしているのに、的確に相手の背後に付いていられるのはビビのサポートのおかげだろう。

「くっ、うまいけど……。聞こえてる? 攻撃できる?」

 ビビの声なのか相手のメイドの声なのかも分からない。頭の中が真っ白になり、自分の行動が挟めない。

 そして相手の感情が流れ込んでくる。感情と、記憶が渦巻いたような。まるで濁流に飲み込まれる様に、僕の意識は混濁していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る