前夜
小屋の扉をくぐると二十代後半くらいの男が座っている。金のネックレスをし、ラフな服装で立たせた髪を固めた、いかにも「遊んでそう」な男だ。
「なんだ、思ったより小僧だな」
いかにも粗暴そうだ。戦績は七勝、僕よりも一つ多い。この戦いでは戦績は直接強さには繋がらないとチェコフは言っていたが……。
「なあ。お前は今までに六人殺したんだよな」
「!?」
突然の事に絶句する。
「いや……、全部人間なわけじゃ……それに僕は」
言葉が詰まる。あの太った男や前回の相手は、確かに僕が手にかけたのだ。
「人間じゃない奴が混ざっていたのか? そんなの関係ないだろ。人間の形して言葉話すものを殺せる奴が、まともなわけないだろ。俺達は立派な人殺しなんだよ」
「……それは」
「指に力入れりゃ、その先で人が死ぬんだぞ。自分の意思で、分かっててやってるんだ。正当防衛なんてねぇ、人を殺した奴は一生人殺しだ。一度でも人を殺せば自分の中で何かが外れるんだ。もう元には戻れねぇ」
そうだ。ずっとどこかで思っていた。これは自分の意思ではない、無理矢理やらされているんだと。だから自分は悪くない……、そう思いたかった。
「俺はお前を殺すぞ。別に罪悪感はねぇ。お前も人殺しだしな。お前も俺を殺していいんだぜ? 別に恨まねぇ」
この男はそれに逃げる事なく、自分の罪を認めた上で僕を殺すと公言しているのか。
「名前は? お互いこれから殺す相手の名前くらいしっかり覚えとかないとな。恭助か、俺は京司ってんだ。名前まで似てるな。同じ人殺しの匂いがしてたんだ」
動揺するも、相手のペースに乗せられてはいけない……と平静を装い書状にメイドの名前を書く。
「おっ、お前も左利きか? 奇遇だな、俺もなんだ」
結局終始相手のペース。何も言えないまま、小屋を出る。
「ちょっとは言い返しなさいよー」
ビビが頭の後ろに手を組んで言う。
なら自分が言えばいいだろう、とも思うがルールなんだろう。決闘するのが主人である以上、あの場でメイドは口を出せないのだ。
「気にしてんの? あんなの精神的に揺さぶりかけてるだけでしょ?」
立ち止まって言うが、それでも歯噛みして俯いている僕に、
「アンタは人殺しじゃないよ」
と頭を抱いて耳元でやさしく言う。
根拠のない慰めだと思ったが、心は救われたようだ。
食事をし、カクテルを頂くが僕の気持ちは沈んだままだ。
カクテルはコークのように黒い色をして炭酸がキツイ。だがそれ以上に甘い。カクテル名は『ゴートゥヘヴン』。今はその甘さがありがたかった。
落ち着いた所で顔合わせを思い出す。
相手の言葉に動揺してあまり観察しなかったが、メイドは天女をイメージした様な独特の衣装だった。黒髪で線が細い、大人しく実直な感じ。うちにいるメイドの中で一番タイプが近いのはウミネコだ。名は『天音』、悲しげな表情だった。
持っている武器は剣。
「なあ、ビビ。相手の機体、どんなんだと思う? それとも聞いちゃいけないのかな」
「アタシも知らないから、予想でいいんだったら言えるよ。持ってた武器はレイピアだから中型で、機体制御に長けたスタンダードな機体だと思うね」
やはりウミネコの機体に近いか。他のメイドの顔を見ても否定はしていない。妥当な予想をしてるよ、という感じだ。
「ご主人さま悩んでる~。めっずらしー!」
この小さいメイドは悩みが無さそうだな。
「さあ、今日はもうお休みになって、鋭気を養ってください」
カスミが片付けながら言う。母性本能溢れるメイドだ。
カナは入り口の扉で爪を研いでいる。
「ウミネコちゃんの事心配だろうけど、今は次の戦いに集中するよ。集中するとイイ事アルヨ」
確かにそうだ。早く終わらせて、ウミネコ達を自由にしてやらないと。
決戦が近いんだ。この次の戦い、最後ならウミネコと一緒に戦いたい。
ビビは部屋に入ると持っていた楯、ジャマダハルと言ったか。それをベッドの上にぽんと投げる。
「壁に掛けなくていいの?」
「掛けといて」
こいつ本当にメイドか!? と思いつつも言われた通りに壁に掛ける。
振り返るとビビが布がかかった盆を足を組んだ膝の上に乗せている。
「ほどいて」
有無を言わさず!?
リボンをほどくと、深皿に注がれた……、タピオカミルクかな。ココナッツミルクに小さなつぶつぶ、タピオカパールと言うんだよな、それが入っているのが見える。これはまた珍しい。
でもどうやって頂けばいいんだ? スプーンもストローも無し?
「こうよ」
ビビは僕の髪を掴むように撫で、心持ち下に力をかける。
力に逆らえず跪く様に膝をついた。皿の前に顔をおくと気を失いそうになる様な甘い匂いに酔う。
僕は匂いに誘われる様に舌を出した。
舌先に感じるものは意外にも甘くなく、むせ返る様な感じはない。スッキリとサラサラしていて飽きがこない。いつまでもこうしていたくなる。
タピオカパールを一つすくい上げ、唇で挟み、舌で転がす。ほどよい弾力だ。
ビビは髪を撫でる手を、頬から顎へとなぞり、くいと顔を上げさせ、僕の顔を見て聞く。
「どう? おいしい?」
くらっと意識が遠ざかり、それからどうやって眠りについたのか覚えていない。
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