第19話:協会本部へ

「ただいまー」


我が家のドアを開くと、トタトタと玄関に瑠美が小走りで現れる。


「おかえりお兄ちゃん。晩御飯できてるけど、ご飯にする?お風呂にする?」


「・・・・・」


「お兄ちゃん?」


「それとも?」


「え?それともって?」


「いや、すまない。妹にそんな事を期待した俺が馬鹿だったよ」


「なんか知らないけど私が馬鹿にされた気分・・・」


瑠美の頬が少々ぷくっと膨れる。


「まあ、とりあえず先に風呂に入らせてもらうわ」


「わかった。晩ご飯は後でってお母さんに言っとくね」


そう言って瑠美はリビングへと戻っていった。


(やれやれ、今日は本当に疲れる1日だった・・・)


アリスが突然転校してきたと思えばいきなり騒動を起こすし、それからずっとあちこちで質問攻め(むしろ拷問)を受けまくった。


(とりあえず風呂に入って疲れを落とす事にしよう・・・)


・・・・

・・・

・・


「ふう。さっぱりした」


リビングの机の椅子に座り、タオルで頭を乾かす。


「牛乳、あったかな」


銭湯でもおなじみ、風呂に入った後は冷たい牛乳と相場が決まっているのだ。

コーヒー牛乳派?そんなの邪道さ。


冷蔵庫を開いて中を覗くと、


「あれ?牛乳無いじゃん」


牧草を食べる牛の絵が書かれた紙パックは、冷蔵庫に一つたりとも残っていなかった。


「まあ仕方ない。麦茶で我慢するか」


風呂上がりの牛乳を諦め、麦茶のボトルに手を伸ばそうとしたその時、


『ピロリン♫ピロリン♫』


机の上に置いてある敬司のスマホが鳴った。


「この通知音、LIMEか。誰からだ?」


麦茶のボトルとコップを机の上に置き、メッセージを確かめる。


『友達ではない方からのメッセージです。確認してください』


「ん?友達じゃない?」


指紋認証でスマホのロックを解除し、LIMEを開く。通知に書かれていた名前は、


『如月樹』


「え!?樹さん?」


すぐに友達登録をして、メッセージを確認する。


『如月樹だ。いきなりのLIMEですまない。神田君のアカウントは美玲から教えてもらった。登録してくれるとありがたい』


「へ、へぇ〜。樹さんってLIME使うんだ」


確かに今時スマホを持っていてLIMEを使っていない人間なんて、絶滅危惧種と呼んでも足りない程少ないが、樹さんがLIMEでメッセージを送っている姿が想像できなかった。


『今、私がLIMEを使っているなんて意外だなと思っただろう?』


「なっ!!!!」


スマホ越しで図星を突かれた。

驚きすぎてスマホを落としそうになった。


「『友達登録しました。すみません、確かに意外だと思ってしまいました』っと」


謝罪の言葉を送る。


「ピロン♫」


「返信早っ!」


『まあ、初対面が袴はかまの格好だったから仕方ないだろう。しかし私は仮にも商業グループの総帥だ。文明の利器ぐらい使いこなせなくてどうする』


確かにそうだ。LIMEすらまともに使えないような社長のもとで働くなんて不安すぎる。


『今時間はあるか?君にいくつか伝えなければならないことがあるのだが、文章だと少々面倒くさくてな。LIME電話で話ができればと思うのだが』


「で、電話!?」


LIME電話とは、LIMEというSNSの回線を使用した無料電話だ。

しかし、LIMEは元々文字で会話するアプリのためこの機能はほとんど使った事はなかった。


『今は全然大丈夫です』


と返信すると、


「ポロロン♫ポロロン♫」


「うぉぉぅ!」


いきなり電話がかかってきた。

画面には『如月樹』と書かれている。


「はい、もしもし」


『神田君か?こんな時間にすまないね』


「い、いえ!むしろ樹さんこそ時間があるのかと不安になるくらいで・・・」


『そんな事は気にするな。電話をかけたのは私の方からだ。時間はしっかりと作ってある』


「わ、わかりました」


『そこで、今日電話をかけたのは魔導士協会についてだ。恐らく早くて明後日には正式に君が協会の一員となると思われるのだが、一員となると同時に色々と話しておかなくてはならない事もある』


「会員の心得、みたいなものですか?」


『まあそれもあるが、会員になった以上君が知る義務がある事柄が幾つかあるのだ』


(知る義務、か)


恐らく会員にしか知らせない極秘事項があるのだろう。


『それも含めて話をしたいのだが、実は協会本部から『神田敬司を連れてきてほしい』と頼まれていてね、今週末にでも神田君に協会の本部に来てもらって、そこで話をしようとおもっているのだ』


「協会って日本魔導士協会の本部ですか?」


『そうだ。会長が連れて来い、会いたいとうるさくてね。ぜひ一緒に来てもらえないか?』


日本魔導士協会の本部。つまり日本の魔導士界の中心部となる場所だ。


一度行ってみるのも悪くないだろう。


「わかりました。行くのは樹さんと俺だけですか?」


『いや?美鈴とエーレンフィールも一緒に来る予定だ。エーレンフィールは君の監視役という役目と会長への挨拶、美鈴は二人にどうしてもついていきたいとのことで連れていくことにした。しかし、あの時の美鈴の言動はおかしかったな。君とエーレンフィールが本部に一緒に行くと聞いたとたんに目の色を変えて懇願してきた。『二人きりじゃ危険』とか『何が起こるかわからない』とかぶつぶつ言っていたが、君に心当たりはないか?』


「い、いやぁ、なんででしょうねぇ・・・。俺にもさっぱりです」


嘘だ。心当たりならありまくりだ。


『まあとにかく、了解してくれて助かった。集合場所と日時については追って連絡しよう。私からの要件は以上だ。他に何か君の方から聞いておきたいことはあるか?』


「いえ、特には」


『わかった。それでは今週末、楽しみにしている』


樹はそう言うと電話を切った。


「き、緊張したぁ・・・」


最近電話なんてしていなかったのもあるし、「如月グループ」の総帥と直に電話をしたというのも原因の一つだろう。


「よく考えたらこれって凄いことだよなぁ」


『ピロン♫』


敬司のスマホが再度鳴る。


「ん?なんだ?」


『スタンプが送信されました』


「え・・・スタンプ?」


LIMEの会話画面を開くと、無表情の茶色い熊のキャラクターが親指を立てているスタンプが貼られていた。



「・・・・」



敬司の中で樹のイメージにヒビが入る音がした。




・・・・

・・・

・・


週末、如月ビルの前に四人の魔導士が集まっていた。

樹は袴で、それ以外の三人は学園の制服だ。


「イツキ様?一つ質問してよろしいでしょうか?」


「なんだね?」


「イツキ様とケイジがここにいるのはわかります。でも何故ミレイがここにいるのですか?」


「い、いいじゃないですか。私だって協会本部に行きたいんです」


「あなたなら何度だって行ったことあるでしょう?」


「そうですけど、行きたい気分なんです!」


「ほら二人とも会って早々喧嘩しないでくれ。そろそろ出発の時間だろ?」


四人の前には一台のリムジンカーが止められている。今からこの車に乗って協会本部に行くのだ。


すると車の中から黒服の運転手が出てきて、


「皆様、出発の準備が整いました。ご乗車ください」


そう言ってドアを開ける。


リムジンの中は思っていたよりも広々としており、中央の果物やお菓子が載った大きなテーブルを囲うようにしてU字型のソファが備え付けられていた。

赤色の絨毯(じゅうたんと)紺色のソファの色合いがなんとも言えない高級感を匂わせている。


「す、すげぇ。リムジンって初めて乗ったけどこんなに広かったんだな」


U字ソファの横側に腰掛けると、その右隣にアリスが座ってくる。


「確かによっぽどのことがない限り、一般家庭の人がリムジンに乗る機会なんてないわね。貴重な経験になるだろうから、存分に楽しんで頂戴」


「待ってください。あたかもアリスさんが用意したみたいに言ってますけど、このリムジン私の家のものなんですよ?」


美玲が左隣りに座る。

っていうか二人ともすごく近いんですけど。


「そんな事わかってるわよ。それより、本当にミレイは何をしに来たのかしら?」


「協会本部に行きたいって言ったじゃないですか!」


するとアリスが小さな声で、


「全く。素直じゃないわね」


とつぶやいた。


「え?アリスさん今なんて?」


「なんでもないわよ」


「それではよろしいでしょうか?出発いたします!」


扉が閉じられ、数人のメイドと執事に囲まれながらリムジンは協会本部へ向けて出発した。

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