第15話:魔導士協会編入試験2

「そう、ならケイジって呼ばせてもらうわ。私のことはアリスって呼んでね。皆そう呼んでるから」


「君がそれでいいなら・・・」


敬司が戸惑ったように返事をすると、美玲がアリスを見て不思議そうにつぶやいた。


「どうしてアリスさんが・・・?」


「あら、久しぶりじゃない、ミレイ。3年ぶりかしら」


「二人は知り合いなのか?」


「まあちょっとね。でも今はミレイの事よりケイジのことの方が大事だわ」


アリスはそう言うと、話を促す様に樹に向き直り、その意を汲み取った彼は話を始める。


「敬司君、改めて紹介しよう。彼女が、今回の君の実力検査を行う事となった『派遣検査員』、バチカン魔導騎士連盟所属、『炎姫(えんき)』アイリス・エーレンフィールだ」


「炎姫?」


「いわゆる二つ名というものだ。彼女はバチカンだけでなく世界レベルに見ても火属性の魔法の扱いに長けていてな、齢(よわい)若くして炎属性第八位界魔法の行使にまで至った、将来有望な魔導士だ。ちなみに歳は君と同じだ。もしも君がこれから素晴らしい活躍をしてくれたら、それにふさわしい二つ名がつくだろう」


確か、美玲の話ではこの世界の魔法は第十二位界魔法までしか存在しておらず、第六位界魔法さえ使えれば一人前と言う話だった。魔法の事をまだ完璧に理解している訳ではないのでやや実感は沸かないのだが、火属性だけとはいえ同年代で第八位界魔法まで使えるのは凄い事なのだろう。


「なるほど、要は二つ名によって箔がついているようなものなんですね」


俺が納得の意を示すと、アリスが口を挟んだ。


「確かに私には二つ名があるけれど、それを言ったらケイジの後ろにいる彼女も持ってるわ」


「っつ!」


アリスは美玲を指差しながら言うと、一瞬美玲はビクッと肩を震わせた。


「え?美玲・・・も?」


「まあ、それが素直に讃たたえられるべきものだったらよかったのだけれど」


「アイリス・エーレンフィール、今はその話はいい。後にしたまえ」


「はい、申し訳ありませんでした」


アリスは今確かに美玲にも二つ名があると言った。という事は、美玲も素晴らしい実績を残したりしたのだろうか。

しかし、彼女の『素直に讃えられるべきものだったら』という言葉が引っかかった。


二つ名があることをアリスから指摘された当の美玲はその後しばらく俯いたままだった。


「話を戻すが、今さっき私は世界中で神田君のことがニュースになっていると言ったな?」


「はい」


「君は知らなかったかもしれないが、日本だけでなく現在の先進国のほとんどにはそれぞれその国の魔導士を統率する機関が存在する。そして君の話に一番早く目をつけたのが、世界中の魔法研究の総本山、バチカン魔導騎士連盟だったのだ」


バチカン市国、通称バチカンはヨーロッパにある国家である。イタリアの内部に位置しており、国土面積は世界最小であるもののその国自体が世界遺産である。代表的な建造物であるサン・ピエトロ大聖堂の地下には、聖剣エクスキャリバーが厳重に保管(と言うかむしろ封印)されている。


キリスト教の総本山として有名だが、魔術研究でもバチカンの協会は世界のトップを走っているため情報網も広く、一足先に敬司の話を聞きつけたのだという。


「そのバチカンが君についての情報がどうしても欲しいということで、あちら側の研究内容と引き換えに使者を迎えることを日本側が交換条件として容認した。そしてその使者に選ばれたのが、彼女というわけだ」


樹が説明を終えると、今度はアリスが付け加える様に、


「選ばれたというか、ほとんど私の意志よ。編入試験の実力検査に参加できれば、ケイジが魔導士としてどれほどの力を持っているかをこの目で確認できるから立候補したの」


「正直に言えば、試験とか関係なく、俺の実力を試したい・・・という事か」


「そういうこと。期待してるわよ?」


「その期待に答えられる様に頑張るよ」


俺がそう答えると同時に樹が席から立ちあがり、


「それでは説明も終わったということでそろそろ始めようか。といっても、ここで魔法を使うわけにもいかないため場所を移そう」


樹はそう言うと、懐から青色のキューブを取り出した。


「そのキューブは何ですか?」


「これか?これは転移結晶という転移魔法を封じ込めた魔導具マジックアイテムだ。転移先の座標を覚えさせることでその場所にテレポートできる」


「テレポート!?すごく便利じゃないですか!」


「確かに便利だが、覚えさせられる座標は2つまでという制限がある。転移する前の元の座標と、転移後の座標だ」


「ちなみにその転移先は?」


「行ってからのお楽しみだ」


するとその転移結晶が青い光で輝きを放ち、部屋の床に大きな魔法陣が現れた。


「全員私の周りに集まってくれ、それでは行くぞ。転移結晶、解除アンロック。『瞬間移動(テレポート)』!」


前にギースに結界魔法を使われた時と同じくらいの光が4人を包みこんだ。


「うわっ!眩しっ!」


あまりの光量に目を閉じる。


そして何秒経っただろうか、光が収まり敬司が恐る恐る目を開くと、敬司達は一面真っ白な空間に立っていた。


周りを見渡すとどうやらドームの様なものの中にいるらしく、敬司達が立っているのは中央で、辛うじて端が確認できるほどの広さだった。


「すげぇ広いな・・・どこだここは・・・」


すると美玲がその疑問に答えた。


「ここは、如月ビルの地下研究用ドームです」


「ビルの、地下?」


「はい。協会の魔術研究の実験場などに使われている所です。もし有害な物質が出てしまっても閉じ込められる様に、ここには出入り口がなく転移結晶での出入りしか許されていません」


あたり一面真っ白なので広さがいまいちわからないが、少なくとも学園のグラウンドぐらいは広いと敬司は予測した。


「エーレンフィールと神田君にはここで戦ってもらう。開始宣言は私がしよう」


樹がそう言うと、アリスは「了解です」と言ってドームの向こう側へ歩き始め、敬司から20メートル程離れた地点で2人はお互い向き合った。


「それでは試験を開始したいと思うのだけれど、一つケイジに言っておかなくちゃいけない事があるわ」


「なんだ?」


すると、アリスは不敵な笑みを浮かべる。

美しいのだが、同時に背筋がぞっとする様な恐ろしさを感じた。


「くれぐれも私が女だからって手加減はしない事ね。力を試すとはいえ、私は最初から飛ばして行くつもりよ」


アリスがふわりと両手を挙げる。


「だからケイジも本気で来なさい。でないと試験の意味がないし、死ぬわよ」


「え!?死!?」


「それではこれより魔導士協会編入試験、実力検査を始める」


「ちょっと待て!!死ぬってなんだ!?」


「カウントスリー。3・2」


樹は敬司の言葉を無視してカウントダウンを始める。


(ええい!ままよ!!)


このまま混乱していても仕方ないと思った敬司は急いでエンハンススキルを使用する。


_____『力溜め』発動。

_____チャージ完了。『パワーエンハンス』、発動。

_____『マジックエンハンス』、発動。


「1・0!試験始め!」


「もうやるしかない!」と意気込んだ敬司はアリスを見据え・・・ようとしたが、目に飛び込んできたのはアリスの姿ではなく・・・


「まじかよ・・・」


直径が人の大きさ程はある大きな火炎球だった。


これを直接喰らってはまずいと直感的に判断した敬司は、最も発動までの短い火属性魔法で対抗しようとする。


「くっ!『ファイア』!」


しかし敬司の放った火炎球はアリスの攻撃を減衰させるに至らず、着弾と同時に生じた爆風で吹き飛ばされる。


「ぐっ!ああ!」


開始地点から10メートル後ろで地面に叩きつけられそうになった所を敬司はなんとか受け身を取り、最短時間で起き上がる。


「大体の魔導士はこの一撃を喰らって終わるのだけれど安心したわ。このくらいで倒れてもらったら困るもの。『ライトニング』」


アリスがほぼ無詠唱で魔法を発動すると、彼女の周りに光球が何十個も現れ、それらが全て敬司に向かって高速で飛んでいく。


(とりあえず今は間合いが空きすぎだ!せめて元の距離まで詰めなければ!)


そう考えた敬司が光球を見ると、さっきまで高速だと思っていたそれら全てがゆっくりと動いている様に感じた。


いや、ゆっくりに見えるのではなく、光球の軌道が読めるのだ。


_____スキル『見切り』発動。


「これなら、行ける!」


敬司は何時ぞやの朝の様に『スマッシュ』を足に発動させ、一気に前に出る。

何十発も向かってくる光球を全て紙一重で躱し、元の間合いまで一気に戻した。


「穿て!『炎槍(ファイアランス)』!」


炎を集束、炎の槍を発現、狙いを定めて発射する。


敬司の詠唱から攻撃までの時間は、今の時点で既に1秒を切っていた。


(なるほど、魔法の演算処理が速いわね。発動から攻撃までの時間が恐ろしく短い。第六位界魔法であれば相当な手練れでも3秒はかかるわ)


でもそれは相当な手練れならの話。

私は「手練れ」なんて枠に収まるつもりはない。


「その速度で発動できるのは私も同じよ!『炎槍(ファイアランス)』!」


アリスも同じ様に炎の槍で応戦。

間合いの中央でぶつかった2つの高速の槍は爆散して対消滅・・・


「何!?」


しなかった。


負けたのは、アリスの『炎槍』だった。

全く勢いの衰えなかった槍が彼女に向かって一直線で飛んでいく。


(どうして!?同じ階級の魔法のはず・・!)


予想外の事態にアリスは驚きを見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「守りなさい。『女神ノ盾(アイギス)』!」


彼女の前に透き通った紫色のレンズのような物体が展開される。


(アイギスって確か神話に出てくる盾の名前だったよな。って事はあの紫色は魔法で作った障壁か?)


『炎槍』が『女神ノ盾』に着弾。しばらくの間拮抗したのち爆発音が轟いたものの、槍は盾を貫通する事はなかった。


爆発による煙が晴れる。


「まさかいきなり『女神ノ盾』を使うことになるなんて驚きだわ。褒めてあげる」


「そりゃどうも」


「面白いわ、あなた。ならこれならどうかしら?『炎槍』!」


アリスはさっきと同じ魔法を使った。

しかし違ったのはその数だ。彼女の周りには概算でも10個以上の槍が発現している。


「これ全部『炎槍』か!?冗談だろ!?」


「さあ!これを全て防いで見せない!ケイジ!」


アリスは『炎槍』を連続で放つことができるが、俺の場合はそうはいかないらしい。

こちらも既に『炎槍』を発動しようとしたが、槍が現れる事はなかった。


(クールタイムか!)


ゲームの中では何ターンか経たないと同じ魔法を使えない。おそらくこのシステムが現実世界にも影響しているのだろう。


(仕方がない!ここは使える全ての魔法を放ってなんとかするしかない!)


現実世界の俺の魔法にクールタイム制が関係している事を自覚した瞬間、今はどの魔法が使えて、どれが使えなくて、どれ位で使える様になるのかがわかる様になった。


(最初に使った『ファイア』はクールタイムが終わって使える様になってる。今使えないのは『炎槍』だけ、か)


今の自分の状況を把握し、飛んでくる槍を見据える。『見切り』と『危機察知』のスキルが同時に発動し、槍の数と軌道を読む。


(槍の数は全部で12本。最初に着弾するのは1秒以内に2つ。回避してもおそらく巻き込まれる)


回避は不可能と判断した敬司は『炎槍』を全て相殺する事にした。


「『ファイア』!」


目の前に迫る2本の槍に向かって火炎球を放つ。そのうち一つに当たってその場で爆発し、巻き込まれたもう一つも消滅した。


(後10本!次は3本同時着弾!)


「『ライトニング』!」


敬司の周りに6個の光の球が生まれ、一つの槍につき2個の球が衝突、相殺する。


(残り7本!次は縦一列に3本!)


「『エアショック』!」


前方に向けて強力な空気砲(見た目的には既に波動砲?)を放つ。一直線上にあった3本の槍は敬司に届くことなく消え去っていく。




この光景を樹はニコニコしながら見つめ、美玲は何が起きているのかわからないといった顔で呆然としていた。


しかし一番驚いていたのは、魔法を放ったアリス本人だった。


(一体何が起きてるというの?彼が放っているのは全て第五位界魔法以下の初級魔法。魔法の序列は絶対で、下の魔法が上の魔法を上回ることなんて普通はあり得ない・・・!)


しかし、ケイジはいとも簡単に『炎槍』を初級魔法で相殺している。夢ではない。


「もしかして、常識が通じないのかしら?」


ケイジはいきなりこの世界に現れた始祖オリジンの生まれ変わりと考えられる存在。もし本当にそうなのであれば、目の前のこの光景は納得出来る、なんとなくそんな気がした。


「ますます興味が湧いてきたわ・・・フフフッ」


決して有利とは言えないこの状況に、彼女は笑っていた。




(後4本!軌道は・・・右から3本、左から1本!)


残りの魔法は『フリーズ』と『焱嵐』と『雷速』である。

全ての『炎槍』を相殺し終わってからまだ戦闘が続くことを考えれば、『焱嵐』と『雷速』はまだ使わないほうがいい。

しかしそれでは残るは『フリーズ』のみ。これでは左右からくる魔法は相殺しきれないだろう。


しかし、敬司にはまだ奥の手があった。ギースとの戦闘では使わなかったが、魔法以外にも戦う手段はある。


「ミスリルソード改、召喚!」


敬司がそう叫ぶと、彼の右手には刃渡り90センチメートルほどの銀色の剣が召喚された。

4本の槍はもうすぐそこまで迫っている。

迷っている暇はない。


「『フリーズ』!」


剣を持たない左手側の槍を、冷気で凍らせ消滅させる。そして、右から3本向かってくる槍を、


「剣術『一閃牙』」


敬司がそう呟くと、剣を持った右手が左上からから右下に手がぶれるほどの速さで移動する。


シャキン、という音とともに3本の槍が真っ二つになる。そして、


ズガァァァン!!!


剣を振るったその先の壁に、斬撃による傷がついた。


結果的に12本全ての『炎槍』が相殺され、辺りに静けさだけが残った。


敬司はミスリルソードの切っ先をゆっくりとアリスに向け、


「『炎槍』は全部片してやったぞ。本当の勝負はここからだ!」


そう言い放った。

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