第4話:オーバースペック

敬司の通う学園は、家の最寄駅から電車を1回乗り換えて30分、駅から歩いて5分の場所にある。距離にして約40kmというところだ。


一限開始は8時40分で、起床から家を出るまでを40分とすると、少し余裕を持って逆算して6時半過ぎには起床するようにしている。


しかし目を覚ました敬司は、時計の短針が「8」を指しているのを確認した。


1時間と30分オーバーである。


「やっべぇ!寝坊した!遅刻じゃねぇか!」


間違いなく昨日ゲームで夜更かししたのが裏目に出たのだ。


俺はベッドから跳ね起き速攻で着替えてリビングに行き、10分以内で飯を済ませ家を後にした。


現在時刻は8時10分、授業開始まで残り30分である。

最寄駅の電車の本数は少なく、今の時点から一番早くて8時20分出発だ。

故に、今から電車に乗ったところで遅刻するのは免れない。


(どうする・・・!?)


いつもの俺であればここは諦めて遅刻を覚悟していた。


しかし今の俺は普通ではないはずだ。


(電車で行けないなら、、、、走ってやる!!!)


ゲーム上のステータスが現実世界の俺にリンクし、スキルが現実でも使えるのであれば、素早さと筋力を底上げすればもしかしたら電車より早く走れるのでは?と思った。


俺は覚えたてのスキルを詠唱し、次々に発動する。


「アクティブスキル『パワーエンハンス』発動、『ちからため』発動・・・・チャージ完了」


パワー倍率上昇系のバフスキルを重ね掛けする。

そしてさらに風呂場では腕に込めた『スマッシュ』のパワーを今度は足に込める。


「『スマッシュ』発動!Go!」


ドガァン!!!!!


耳を劈くような爆砕音とともに敬司が元いた場所のコンクリートは大きく抉れ、体は凄まじい初速度で前に飛び出した。


「うぁあ!速っ!」


もともとの素早さのステータスに、初速をつけるための筋力のステータス、さらにそれを増大させるための3つのバフによって生まれた速度に体が追いつかない。


何度か転けそうになったが、この状況で転けると何が起こるか考えると恐ろしくて、なんとか持ち堪えた。


感覚的に言えば、今まで自転車にしか乗ったことがない人がいきなり1000cc越えの大型バイクに乗せられ最高速で走っているようなものだ。


幸い最寄駅までの道のりは一直線だったので、そこを走りきる前になんとか速度と体のクラッチが噛み合った。


(このまま線路沿いを走りきって、学校へ急ぐぞ!)


横を通る自動車を追い抜き、道中いろんなものを破壊しながら、たまに電車すらも追い越して線路沿いを全速力で走り抜ける。


そして学園側の最寄駅に到着した。


腕時計を見ると8時38分。

残り2分。

時間との戦いだ。


(あと、、、もう少しッ!)


最後の力を振り絞り、学校に到着、校門を抜け、靴を履き替えることなく校舎に入り、そのまま教室に向かう。


(頼む!間に合ってくれ!)



ガラッ!



教室のドアを開けると、すでに俺以外の生徒は着席しており、先生が点呼をとっている最中だった。


いきなりドアを開けて登場した外靴を履いたままの俺に、全員の視線が集まる。


時計を見ると、、、8時41分。



「・・・・」


「「「「・・・・・」」」」



しばらくの沈黙の後、



「たった1分だけだし、セ、セーフ?」


「「「「アウトだよ!!!!」」」」


「デスヨネー」



「神田敬司、遅刻っと」


先生が出席簿に△をつける。


無慈悲にも結局俺は遅刻扱いとなった。


まあ、悪いのは寝坊した俺なんだけども。






「ブァッハッハッハッ!!!最高だよ敬司!今日のお前は傑作だぁ!ハハハハハ!」


玄関の靴箱に戻って上履きに履き直し、再度教室に入ると、大沢に爆笑された。


「やめてくれ・・・」


俺のHPはもう0だ。


「ふぅ、笑った笑った。でもよかったじゃないか敬司。今日はたまたま普通の授業じゃなくて」


「そうだな・・・それだけが救いだ」


実は今日は一限からお昼をまたいで三限まで全部を使って、健康診断と身体能力測定がある。

ちなみに四限は憎き物理だ。おそらくテストが返ってくるのだろう。

五・六限は家庭科で、教科書は学校に置きっぱだ。

テニスの部活はあるが、着るのは体操服でラケットは学校に置いている。

よってバックの中には筆箱と物理の教科書と体操服しか入っていない。

今日全力で走れたのも、荷物が少なくバックが軽かったからだ。


まずは健康診断。

身長は去年よりも3cm伸びており、体重はあまり変わっていなかった。

健康状態、視力、聴力、歯科の判断も問題なかった。


問題は身体能力測定である。

今の俺の身体能力は、例のゲームによって大幅に強化されている。

それも今朝のように30分で約40kmを走りきってしまうぐらいに。(時速にして80km/h)

そのスペックのままで測定しようものなら、全ての種目において世界記録ぐらいは塗り替えられるのではないだろうか。

かといってこんな所で世界記録なんか出そうものなら、面倒臭い事になるのは目に見えている。


あくまで学生として優秀だと言えるぐらいに止めておこう。




最初の種目は50メートル走。

敬司の年代での男子の平均タイムは7.4秒ほどと言われている。


(力の加減に気をつけろ。あまり力まないように・・・)


一緒に走る別のレーンには、野球部と陸上部がいた。


「よーい!ドン!」


合図とともにスタートする。


本気を出さないよう気をつけていたものの、みるみるうちに一緒に出発した他のレーンの生徒を引き離し、ぶっちぎりのトップでゴールした。


(タイムは!?)


測定係にタイムを聞こうと振り向くと、彼女は真剣な顔でストップウォッチを見つめていた。そして小さく呟いた。


「よ、4.75?うそ・・・!?」


(4.75だって!?速すぎんだろ!)


その言葉を聞いた体育教師がその女生徒のストップウォッチを見る。


「4.75?さすがにありえないだろう。世界記録でも5秒は切ってないんだ。ストップウォッチの故障だな。新しいのを今から持ってくるから待ってなさい。それと神田くん、申し訳ないけどもう一度走ってもらえないかな?」


「はい、わかりました・・・」


どうやら俺は楽々世界記録を更新してしまったらしい。これで5秒を切れたなら、スキル無しの本気だったら3秒代には乗るだろう。


新しいストップウォッチを使った2回目では能力の調節がうまくいき、なんとか6秒代に乗せることができた。


俺の測定係だった女生徒が何か俺に言いたそうにしていたが無視した。




二種目目はシャトルラン。

20mの区間を疲れ切るまで往復し続けることで持久力を測定する競技である。


クラスの全員が20m区間の片側に一列に並び、スタートの合図とともに音楽が流れ一斉に走り出す。


60を超えたあたりから脱落者が出始めた。


100を超えると半分以上が脱落していた。


120を超えるとクラス全体でも数人しか残っておらず、更に続けるといつの間にか俺一人で走っていた。


こうなるともう俺以外に走る人がいないので、


「がんばれー!」

「まだまだいけるぞー!」


と、クラスの皆はすっかり応援モードに入っていた。


そのままペースを落とすことなく走り続けていると、250回を超えた瞬間シャトルランの音楽が止まってしまった。

どうやらここまでしか録音されていなかったようだ。


仕方なく足を止めると体育教師が俺に駆け寄ってきた。


「神田、大丈夫か?」


「はい、まだまだ余裕でいけます」


20m×250回で5km走ったが、疲れるどころか汗ひとつ流していなかった。


「一つ聞きたいんだが、お前今何部に入ってる?」


「テニス部です」


「そうか。神田、テニス部やめて陸上部入ってみないか?」


「えぇ!いきなりですか!?」


「お前なら陸上部で間違いなく結果を残せる!どうだ?転部して見る気はないか?」


「考えておきます・・・」


面倒なので少々お茶を濁しておいた。

後でしっかりと断りを入れよう。




その他の競技に関しても、非現実的な測定値が出ないよう気をつけながらこなしていった。


皆は出来る限り最高の結果を残すために頑張っていたが、俺はむしろ結果を出さないように頑張るというなんとも奇妙な身体能力測定となった。

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