第二十三話 成就
――さぁ。ここからが、俺にとっての一番の山場だ。
歩を進めながら、何度も、何度も深呼吸を繰り返す。それなのに、早鐘のように鳴り響く鼓動はしつこく、休まることを知らなかった。――しかし、なぜだろうか。それすら、今となっては心地良いと、そう思ってしまえている。不思議な感覚だった。
本当に、少し前の俺では考えられないことばかりだ。
そして、その変化を与えてくれたのは――
「……よお、エニシ。落ち着いたか?」
ここにいる、廃神ニートである――エニシという少女だった。
俺は言いながらしゃがみ、彼女と視線を合わせる。そして、単刀直入に――
「……好きだ。付き合ってくれ」
「いきなりかっ! 貴様はもっと、情緒というものを考えはしないのかっ!?」
――言ったら、怒られた。というか、ツッコまれた。
エニシは目元を真っ赤に腫らして、しかし口調はいつも通り。叫んだ後は我に返ったのか、頬を赤らめてうつむいてしまった。――うん。これくらいが、俺達らしい。
互いに馬鹿なことを言い合って、笑って、たまに喧嘩して。そうして少しずつ、二人で前に進んでいく。手を伸ばせば届く、きっとそんな距離感で。
俺はエニシの表情にそっと頬を緩ませる。そして、
「……儂は、また挫けるかもしれんぞ? それでも、いいのか?」
しばらくの間を置いて――少女は上目づかいに、ぽつりと言った。聞かれるまでもないことだと、俺は思う。だから、強く胸を叩いて――
「だったら、また俺が支えてやるよ。安心しろって――俺は、嘘つかないぞ?」
「……………………」
――宣言した。が、なぜか白けた目を向けられてしまう。
意味が分からずに唖然としていると、深くため息をついたエニシが――ぼそり。
「プリクラの時に、嘘ついたぞ……?」
小さな声で、そう指摘してきた。
「――ぶっ! おまっ、まだそんなこと気にしてたのかよっ!」
「なーっ! そ、そんなこととはなんだ! そんなこととは! 儂にとっては、生涯最後の思い出とするつもりだったのだぞ!? ――それを……貴様はぁ~っ!」
「い、いてててっ! 悪かったって! もう、あんなことしないからっ!」
吹き出すと、怒ったエニシが俺の頬をつねってくる。意外とマジに痛かったので、必死に謝罪するのだが――この時間が、永遠に続いてほしい。そう、思ってしまった。
だけども、それはやっぱり許されないわけで――
「……ふぅ。では、今回だけは許してやろう。それでは――」
――不意に、パッと手を離したエニシが切り出す。
咳払いをしてから、真面目な顔になってこちらを見つめてきた。
「――ユウよ。お願いだ……め、目を瞑ってくれないか?」
そして、もじもじと身を縮めて言う。――この意味は、鈍感な俺でも分かった。
正直なところを言えば、いつまでも彼女を見ていたかった。でも、そうしなければならないと彼女が言うのなら、従わなければならない。――ゆっくりと、目を閉じる。
終わりは――拍子抜けなほどに、あっさりだ。
「ありがとう。ユウ……――」
俺の名を呼ぶ、エニシの声。
直後に、唇に柔らかい感触があったと思ったら――
「――……大好き」
――そう言い残して、彼女は消えてしまった。
次に目を開けた時に、あったのは先ほどまで大樹であった切り株。暴力的な風は吹き止み、空を見上げれば、木々の隙間からは満天の星空。
それはきっと、誰もが恋い焦がれる景色。だけど――
「なんだ……まだ雨、降ってんのかよ」
――……揺れる視界と空虚な心では、とても綺麗には思えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます