第十九話 空虚、そして……
――……翌日。目を覚ますと、時刻は十一時過ぎになっていた。
無気力に身を起こした俺は、空っぽな頭のままにテーブルを見る。無造作に置かれたノートパソコンに向かう人影は当然ない。テレビの前にも、俺の求める少女の後ろ姿はなかった。
当たり前になっていた景色がない。その事実が、またも俺の胸を深く抉っていった。
そんな殺風景な一室に響き渡るのは、明け方から降り始めた雨の音。外を見れば、そこには横殴りの大きな波が広がっていた。とても人が歩けるような状況ではなく、あらゆる交通機関は停止しているだろう。そう思った。
あぁ。それなら……――
「いや、もう考えたって無駄か……」
アンジェリカの乗る飛行機も、欠航になっているかもしれない。
そう考えたが、今やそれすら無意味になってしまったのだということを思い出した。エニシを連れて行こうとしても、肝心の少女はもういない。
――エニシは消えてしまった。
どこへ行ってしまったのか。そもそも、なぜ姿を隠してしまったのか。
「………………くそっ」
分からないことばかりだった。――俺は力任せにベッドを殴る。
考えれば考えるほど、悩めば悩むほど、気持ちは沈んでいく一方だ。だけど一度でも思いを巡らせれば、止めることは出来なくなってしまう。
俺はどうして、エニシの心に寄り添ってあげられなかったのか、と。そして――
「――俺はいったい、どうしたかったんだろう」か、と。
口に出してみるが当然、答えなど出てくるはずもなかった。
するとまた、逆戻り。途方もなく、彼女の口にした一言の意味を思索するのだった。
「なんだよ、『あの時と同じ』……って」
それは俺に向けた言葉ではなく、彼女が彼女自身に向けて言ったもの。
きっとそれが、エニシがあそこまで取り乱した理由に違いなかった。だから、その言葉の持つ意味を知ることが出来れば、彼女の気持ちを理解できるかもしれない――が、しかし、それも本人がいなくなってしまったことで、限りなく不可能に近くなっていた。
もしも、それを知る可能性があるとすれば、それは……――
「いいや。そんな都合よく、現われたりしないって……」
過去のエニシを知る人物――すなわち、イズモさんに話を聞くこと。
……だったのだが、そんな甘い希望は頭を振って追い出した。なぜなら彼女は、エニシが消えてからしばらく、俺が明け方まで起きていたのに現れなかったのだ。
きっと、今もどこかで茶でも啜っているに違いない。だから――
『あらあら? エニシさんに何があったのか、知りたくないのですか?』
寝てしまおうと、身を横たえかけたところで頭の中に声が響いた。
「えっ……!?」
聞き覚えのあるそれに、俺は瞬間的に身を弾ませる。そして閉じかけていた目を見開いて、部屋の中を見回した。だが、そこにはいつもよりも寂しい風景が広がるばかり。
人恋しさ極まって、とうとう幻聴でも聞こえたのかと、そう思った。
しかし、その直後だった――
「――いいえ。鵜坂さんには、知っていただきますわ。あの子に、何があったのか、を……」
瞬き程度の短い時間――光に包まれて、イズモさんが現われた。
彼女はいつもより若干だが焦ったように、早口でそう言って音もなく、唖然としている俺のもとへとやってくる。こちらの額に人差し指を当てて――
「あの、イズモさん! 俺は……――」
「――黙ってください。今は、説明している時間はありません」
俺の言葉を、問答無用で断ち切った。
「目を瞑って、息も止めてください。――早くっ!」
イズモさんは、珍しく声を荒げる。
その気迫と勢いに負けて、俺は口を噤み、目も閉じた。すると――
「――……いきますっ!」
彼女がそう言うが早いか、全身から力が抜けていく。
そして、俺の意識は深い闇の中に落ちていくのだった……――
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