第四話 縁の導く先には……


 ――という出来事から一夜明け。現在は火曜の昼休み。


 終業式を明日に控えた本日。授業が行われるのは今日までであり、そのためか、昨日よりも生徒たちに落ち着きがない。誰もが授業中に『早く終わってくれ』と、無言の圧力を教員に送っているのであった。……もはや、脅迫に近いものであったと思う。


 そんな、静かながらも騒がしい教室から解放された今は、みな和気あいあいと時を過ごしている。

 ――が、しかし。俺は一人で廊下の窓から外を見て、


「はぁ……くっそ。全っ然ダメだ」


 テンションだだ下がり。がっつりため息を吐いて、無気力にうな垂れていた。

 呟きから察していただけると思うが、こうなっている原因は『縁結び』の不調にある。でも一つ補足しておくと、それが直接の、というわけではない。


 本当の原因というのは……――


「エニシのやつ。いちいち小馬鹿にしやがって……」


 体勢をそのままに、取り出したスマホを覗き込む。そうすると条件反射のように、居候の『廃神様』に対する恨み言が出てしまった。

 画面に映し出されているのは、既読機能やスタンプが有名な某アプリの友達一覧。


 俺はそこにある『えにし』という名前をタイプした。するとその友人とのトーク画面に移行し、最新の会話内容が――



『ユウンゴwwwwwwwwwwwwwwww』



 ――俺の視界に飛び込んできた。


「………………」


 ノータイムでスマホを仕舞い込む俺。そしてまた空を眺め、深くため息を吐いた。


 ――一応、簡単に説明しておくと、これがエニシの言う『縁結び』の手助けなのである。

 アプリで連絡を取り合って、彼女からアドバイスを受ける。俺はそれを参考にして、アンジェリカさんとの距離を縮めていくという作戦。――ちなみに、なぜアプリが使えるのか聞くと『念力的なもので文章を送るのだ』という、ザックリな返事が返ってきた。いいのか? それで。


 まぁ、昨日の話を鑑みたら妥当だと、そう思えるプランである。

 しかし今日になって、とある問題点が発覚したのであった。

 その、解決の糸口がつかめない。


「くそ。仕方ない……」


 だから俺は、腹から込み上げてくる苛立ちを押し殺しつつ、先ほど即座に閉じたアプリを再起動。エニシとの回線を繋ぎ直した。


 そして、震える指先をどうにかこうにか動かし、


『駄目だ。アンジェリカさんが見つからない。どうしたらいい?』


 そう書き込んだ。

 すると、ピロンっ! という音と共に返信が――


『くやしいのうwwwくやしいのうwww無能乙wwwwww』

「……チッ」


 ――無意識に舌打ち。

 隣で談笑していた女子たちが小さく悲鳴を上げた。


「くっそぉ……」


 即座にスマホの電源を落としてしまいたい、という衝動に駆られる。だがここで会話を打ち切ってしまっては、今までと同じ。エニシのためにならないだろう。

 こめかみを軽くヒクヒクさせつつ、どうにかこうにか、俺はエニシに返信をした。


『仕方ないだろ。ずっと動き回ってるから、どこにいるのか分からないんだぞ?』


 そしてその内容は、今まさに俺を悩ませている問題そのものでもあった。

 日本文化に興味津々なアンジェリカさんは、休み時間は決まってどこかのクラブ活動に顔を出しているらしい。授業が終わるとすぐに教室を飛び出して、帰ってくるのは休憩の終了間際。しかも今日は移動教室の授業もあった。


 そのためアンジェリカさんが見つからないまま、ただ闇雲に時間だけが過ぎてしまっていたのだった。

 とりあえずエニシには報告を入れていたのだが――この先は、お分かり頂けるだろう。

 執拗なまでに繰り返される煽りに、俺の堪忍袋の緒は限界に近かった。


『頼む。何かいい方法がないか、一緒に考えてくれないか?』


 しかし、これを繰り返しているだけでは埒が明かない。エニシの試験も不合格になってしまう。

 それならば、と涙を呑み、断腸の思いで俺はエニシに助言を求めたのであった。


 ……が。こちらの覚悟を知らない少女は、あっさりと――


『む? ユウ。お主まさか、何の当てもなしに駆け回っていたのか?』


 そう、答えた。…………んん? 何やら、嫌な予感がしてきたのですが?


『何の当てもなしにって、どういうことだ?』

『せっかく縁を感じ取りやすくなったのだぞ? それをたどって行けば会えるだろう』


 文面から伝わってくるのは、『何を当たり前のことを』という少女の感想。しかしそれに対して俺は、驚嘆の感情ではなく、むしろ怒りを通り越した呆れを覚えた。

 なぜかと言うと――


『……そんな方法、聞いてない』からだ。


『言ってなかったか? ふむ。どうやら、伝えるのを忘れていたようだな』


 ――……ガクッ! 

 脱力し、スマホを落としかける。嫌な予感、お見事的中です。


 加えて、表示された素っ気のない文字から察した。どうやら忘れていたことにも、こちらを小馬鹿にしていたことにも謝罪をするつもりはないらしい。取りつく島もないようだった。

 だが俺も、それをわざわざ要求することはしない。それすらバカらしくなった。

 それに、何よりも――


『で? どうすればいいんだよ。時間がないんだろ?』


 そう――それに何よりも、時間がないのだ。


 どうして試験を受けている本人よりも、俺の方が必死になっているのか。俺だって分からない。思わずボヤきたくもなったが、おそらくは言っても無駄なので、早々に諦めた。

 だから俺は、深く追求せずに急かすのみにとどめる。


 すると、ようやく――


『その女子のことを思い浮かべれば、自ずと感じ取れるはずだ。――まぁ、もしも上手くいかないなら、画像を見ろ。毎夜のオカズにするような感覚でやれば、大丈夫のはずだ』

『分かった。是が非でも画像なしでやってやる』


 女の風上にも置けない下品な発言が返ってきたので、俺は不必要なまでの気合を入れて答えた。『ふむ。つまりは妄想力のみで――』とかなんとか続けてきたが、無視してスマホをポケットへ。そして、窓に背を向けて目を閉じた。


 言われた通りに、アンジェリカさんの姿をイメージする。

 すると驚いたことに、


「……? あっち、か?」


 本当に、彼女のいる方向が、やんわりとだが感じられた。

 明確な場所が分かるわけではないが、どっちに行けば会えるかが分かるのだ。――例えるなら磁石。自分自身が、意思を持った磁石になったかのような、不思議な感覚だった。


 俺はアンジェリカさんを感じる、向かって右上の方向を見上げた。


「あっちは確か……コンピュータ室、だよな」


 俺達二年生の教室は校舎の二階にある。その上の階には三年の教室があり、廊下の突き当たりには、最新型のパソコンが導入された教室があった。


 だが、そこに彼女がいると直感しながらも、俺は首を捻る。

 活発で、常に走り回っているよう印象を受けるアンジェリカさん。俺の偏見かもしれないが、そんな少女が昼休みにそんな場所に向かっているとは、あまり考えられなかった。

 ――が、しかし。


「まぁ。とりあえず、行ってみるか」


 ここで悩んでいたって仕方がない。




 そう思い直して、俺は『縁』の導く方へと足を向けた。



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