第35話「リブート・デイズ」
あれだけ泣いたのに、家に帰宅してから
母の
それで、なんとなく踏ん切りがついた気がする。
今日は気が乗らなかったけど、いつもの制服に
だが、不意に背中にドン! と、ぬくもりが覆いかぶさってきた。
「優輝、おっはよー!」
振り返れば、
彼女はニシシと笑いながら、優輝の背から降りる。
けど、優輝も笑顔で挨拶を交わした。
「おはよ、千咲」
「おうてばよ! ……ん、優輝? ちょっと、酷い顔だにゃー」
「いや、そう?」
「うん、女子トイレ15分コースだよ。なんか、目元も
小物入れというには、結構な大きさである。
それなりに重いらしいそれは、開けると瓶がガチャガチャと鳴った。
「ファンデでしょ、ついでだからリップもさ、これがオススメ。で、こないだ試供品でもらったのが……これこれ! 試してみたいから、あとでやらせて!」
「千咲さあ、一応学校の校則では」
「あ、化粧品が云々ってやつ? フッフッフ、この千咲ちゃんには抜かりナシ!」
不意にダッシュで、千咲が優輝の前に回り込む。
そうして振り向くと、彼女はたゆんと形良い胸を揺らして
「これは私の、一種のサプリメント! 女の子はかわいくないと死んじゃうの。だから、言ってみればお薬みたいなもんだぞ?」
「うわっ……よくまあ、次から次と口が回るなあ」
「フッフッフ、
その緩みきった顔、恐らく彼氏には……千咲と付き合ってる朔也には見せられないだろう。そうも思うが、逆に普通に見せてる気もした。
昔は猫かぶりで、常に『優輝の一番の親友の
今はその猫を脱ぎ捨てたが、以前と違って名実ともに親友だ。
だから、逆にありがたい。
強烈な失恋体験をまだ引きずってる優輝に、千咲は変な
それを知ってるから、盛大にのろけておどけて、そして笑わせてくれる。
「あとさー、町中でタダでもらったやつ、気になるじゃん? 使いたくなるのですよ」
「……千咲、さ。一応、社長令嬢だよね」
「牛丼チェーン店のな! わはは」
「前から思ってるけど、結構抜け目ないっていうか、
「私、札束より小銭に目がいっちゃうタイプだし? それに、さ」
千咲はでっかいポーチを鞄にしまいながら、笑った。
とても朗らかな、以前の飾って演じた姿では見られなかった笑顔だ。
「優輝にも綺麗でいてほしいし、もっと女の子してほしいし。試供品はまあ、二人で使うとして……そろそろ優輝にも、マイ化粧品ポーチ持ってほしいし?」
「私は……うん、でも、そうかな」
「そうだよー? とりま、放課後ちょっと見に行こうよ!」
多分、優輝が男の子だったら、千咲に恋していたかもしれない。
見た目も言動も男の子みたいだけど、でも、優輝は女の子だ。
確かに恋する乙女だった。
誰よりも乙女チックな、未来の兄に恋をした。
二人の恋が一つの愛になって、そして別れた。
お互いの存在と同等か、それ以上に大切な家族のためにだ。
「ところで、さ。千咲……その」
「ん? どしたー?」
「君の
苦笑しつつ、優輝は背後を指差す。
そこには、距離を置いてスマホのカメラを向ける友人の姿があった。
何故か朝から、感涙にむせび泣きながら朔也がシャッターを切っている。
「えっと……おはよ、朔也」
「おはようですぞ、
「えっと、よくわかんないけど、こっちに来てよ。一緒に学校いこ?」
千咲も「はい集合ー!」と笑うので、
百合というのは確か、女性同士の恋愛を指すスラングだった気がする。
千咲は確かに可愛いし、今でも『
でも、二人に燃えるような恋があって、今もそれが炭火のように温かい。
現実には、千咲が脂肪を燃やして頑張ったのだが。
「時に優輝殿、小生またまた新作ギャルゲーを予約しましてな……見てくだされ、この
「どれどれー? うーむ、お
「優輝殿の推しは恐らく、この子とこの子、そしてこの子」
「こっちの
「フホホッ! 流石はお目が高い」
優輝は意外と、こういうオタク趣味に抵抗がない。
自分が女性らしさに欠けるからか、きらびやかな女の子には憧れてしまう。こういうゲームやアニメの女の子の、万分の一でいいから女性らしさ、かわいげがほしいと思ったこともある。
でも、そんな優輝が恋した少年は、誰よりもかわいい
「朔也さあ、リアルでこんなにかわいい彼女ができたのに、まだゲームで恋愛すんの?」
「ご安心めされよ、千咲氏。このゲームはバトルパートは二人同時プレイが可能です
「私、テトリスとかボンバーマンとかしかできないって。あとあれ、なんつったっけ?」
「……もう、千咲氏とは
仲良きことは美しきかな。
そんな二人を見てると、優輝も気持ちの整理が進む。
元に戻っただけで、むしろこれから素敵な兄ができるのだ。頼りなく見えても、真っ直ぐで一途で、とても優しいお兄さんである。
だから、ある意味では優輝の望みは
いつか、この人と家族になりたい……その想いは、口にする前に形を変えて実現したのである。
そう思っていると、先を歩く朔也が脚を止めた。
「およ? あれはシイナ氏……ははあ、今日は週刊少年ジャンプの日、火曜日!」
通学路の途中にあるコンビニから、シイナが出てきた。
男子の制服を着てても、その姿は嫌に目立つ。
そして、目にした誰もが嫌な思いどころか、ついつい
長い長い
そのシイナは、こちらに気付いて、そして一瞬身を固くした。
それを見た優輝も、つい全身が強ばる。
でも、互いに瞳で
「おはよ、優輝!」
「おはよう、シイナ」
「あっ、ねね、酷い顔だよ? かわいいのに台無し!」
「……みんなそれを言うんだよね」
「えっとね、僕のお化粧セットがあるから、男子トイレ15分コースでなんとか」
「私は男子トイレには入れないって。ふふ、でも、ありがと」
大丈夫。
平気た。
問題ない。
お互い今日から、ただの同級生でもいける。そうなっても、ちゃんと相手を大事にできる。そしていつか、兄妹になりたい。どっちかというと、姉弟だと思うけど。
優輝はその決意を新たにし、同じ想いをシイナから感じた。
だが、意外な人物がシイナに続いてコンビニから出てくる。
「アイヤー! ジャパニーズ・コンビニ、凄いアル……なんでも売ってるアルヨ!」
「あっ、紹介するね? さっき、ここで友達になったリー・リャンホアさん」
「はじめましてアル! ……じゃなかたアル。初対面じゃないアル、会ったことあるアル!」
「なんか、電子決済しようとしたら中国のやつがまだ使えないらしくて……現金も持ってなかったみたいだから、ボクが一時的に立て替えてあげたんだあ」
「感謝アルヨ! 感謝の言葉以外ないアル!」
いやだから、あるのかないのかはっきりしてほしいな。
あと、時代も平成から令和になったのに、昭和な中国人キャラもどうかと思う。
でも、リャンホアがトンチキなことを口走るので、思わず優輝は駆け寄ってしまった。自分と同じぐらい長身の彼女の、その口を手で抑えて黙らせる。
「昨日、ハタシアイしてた人アル……むぐっ!? むぐぐ」
「果し合いじゃないってば、もう! あれは告白されただけで……あっ」
そう、昨日の放課後、優輝は男子に告白された。
そして、それを断ったのだ。
まだ、他の男子と付き合う気にはなれない。あの時はまだ、泣いてなかったから。ちゃんと泣かないから、いつまでたっても現実を受け入れられなかったのだ。
リャンホアは、そんな現場にたまたま居合わせたのだった。
二人を交互に見て、シイナが首を傾げる。
「果し合い? えっ、それって……優輝!」
「は、はいっ! ……いや、違うの、えっと、なんて言っていいか」
奇妙な誤解が生まれてしまって、慌てて優輝は脳裏に言葉を選び始める。
だが、言い訳を考えるより先に、ぐっとシイナが身を寄せてきた。
「果し合い! 優輝、怪我はないよね? 大丈夫だよねっ? 心配だよ……あ、それと……それはそれとして、勝った? やっつけちゃった? 優輝、スポーツ万能だし身体能力高いから!」
「えっと……いや、まあ……お帰り願って、相手は仲間たちに
「やっぱり! 凄い! でも、あんまり危ないことしないでね。ボク、心配だよぉ」
ちょっと
そして、わかる……知っている。
これから先、こういうことも言い合える仲になると。シイナにもいつか、恋人が出来て、結婚するかもしれない。それは自分も同じだ。
互いにもう、その未来を共有するパートナーにはなれない。
それでも兄と妹という家族になって、支え合えればいい。
今はただ、そう思い込むことに決めた優輝だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます