第29話「ハッピー・ディナーショー」

 どういう訳かその日、夕日をながめる高級レストランに御実苗優輝オミナエユウキはいた。

 母の御実苗輝オミナエアキラも一緒である。

 舌を噛みそうな名前のホテルの、最上階に位置する最高のサンセット・スポット……今日も太陽は、都会の町並みを茜色カーマインにふちどりながら去ってゆく。

 もうすぐ訪れる夜が、大人の時間になるかもしれない。

 どうにも自分が場違いな気がする優輝だったが、それは輝も同じようだった。


「優輝、どうしよ……あたし変じゃない? スカートなんて久々だから」

「落ち着いて、母さん。大丈夫、全然平気……っていうか、凄く似合ってるから!」

「おかしいのよね、そもそも……こっちがお礼をしなきゃいけないのに」


 実は、先日の空港での一件もあって、御実苗家とラインスタイン家には奇妙なえにしができていた。

 輝はこの間、飛行機の中でハイジャックに遭遇、これをやわらの技でとっちめた。

 そこまではよかったが、事件が解決したあとで腰を抜かしてしまったのだ。

 日本警察が誇る敏腕美人警官、キャリア組の中でも出世頭の36歳……それが、その場にへたりこんで動けなくなるという、女っぽいことをさせられてしまったのだ。

 そんな彼女を救ったのは、優輝の恋人であるシイナ・日番谷ヒツガヤ・ラインスタインの父親だったのだ。


「だってね、優輝。相手の持ち物から、プラスチック爆弾やマシンガンが出てきたのよ? 持ってた銃もだけど、最近は3Dプリンターで金属を使わない銃が作れるものね」

「まかり間違ってれば、乗客もろともドカーン?」

「そうよ! ああもう、思い出しただけでも迂闊うかつさが恥ずかしいわ……結果オーライだったけどね! 単独犯だったし」


 時刻は既に六時を過ぎている。

 待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。

 レストランのウェイターが、ラインスタインの名を出したら予約席に通してくれたが……肝心のラインスタイン親子は姿を見せない。

 なにかあっただろうかと思った、その時だった。


「やあやあ、すみません! 本当に申し訳ない! 日本での運転が久々だったものだから」


 レストランの客が全員、振り向いた。

 その視線の先には、長身の優男やさおとこほがらかに笑っている。

 となりには、可愛らしいドレスを着たシイナが一緒だった。

 以前も写真で見た、あの男性がシイナの父親である。

 優輝は母親と一緒に椅子を立って、招いてくれた二人に挨拶をした。特に、母の輝は恐縮した様子で、なんだかしどろもどろだ。いつもの毅然きぜんとして凛々りりしい姿はどこへやら、だ。


「はじめまして、ヨハン・日番谷・ラインスタインです。息子のシイナがいつも娘さんにお世話になって」

「い、いえ、こちらこそ……先日は本当にありがとうございました。本来ならこちらがお礼をすべきところを、このようにお招きいただいて……へ? 息子? どこに」


 優輝は即座に「ここに、ね。シイナは男の子だよ」と耳打ちする。

 輝は目を丸くしてしまったが、こういう反応に慣れているのだろう。ヨハンは笑顔だったし、シイナも元気よく挨拶してくれた。


「おば様、優輝とお付き合いさせてもらってる、シイナです」

「まあ……まあまあ、まあ! かわいいっ!」

「いやあ、それほどでも。ちょっと迷ったけど、今日だけ普通に見せても意味ないと思って。ボク、こういう子です。優輝もそれを承知で、付き合ってくれてます!」


 優輝はちょっと心配だったが、輝は驚きこそしたものの笑っていた。もともと男勝りな上に、男社会の警察機構で働いている母である。自分が女らしくないことを否定される、その痛みは知り過ぎているのだ。なにより、実の娘が全く娘らしくないので、性別云々のデリカシーには人一倍敏感なのだった。

 しかし、優輝をひじ小突こづいて「やるじゃないの、優輝くん?」とささやくことは忘れない。

 こうして二家族四人の、楽しい夕食会が始まった。

 すぐに前菜オードブルが運ばれ、ヨハンがワインを選び始める。

 珍しく男性を相手に恐縮してる母を見て、優輝は不思議と嬉しかった。輝は美人なのだが、やり手のキャリアウーマンなので誰も近付こうとしないからだ。


「いやあ、でもよかった。あの時、どうしてもお誘いしなければと思って」

「ヨハンさんったらおかしいのよ? お礼の電話をしたら『なら、お礼の言葉も嬉しいですが、是非お食事でも』だなんて」

「助けたことに恩を着せないと、僕みたいな男はなかなか……でも、本当に嬉しいですよ。こんなことをするのは何年ぶりか。とても綺麗な人で、僕は緊張しっぱなしです」

「そんな、いやですわ……ふふ」


 つまり、お礼を言うなら是非、夕食に付き合う形で恩を返してほしいです、とヨハンは言ったのだ。なかなかどうしてちゃっかりしている。

 そのことをシイナも、父親の隣で突っ込んでいた。

 和やかな雰囲気の中、気付けば硝子ガラスの外には星が輝き出す。

 秋の夜空には、大きな三日月が白く光っていた。


「まっ、美味し……ふああ、一流レストランの味……肉……揚げ物じゃない、肉ぅ」

「ちょ、ちょっと、母さん。恥ずかしいなあ、もう」

「だって優輝、一年の半分を仕出し屋のお弁当だけで暮らしてるんですもの。この間の海外出張だって、忙しくて全然外食できなかったしぃ」

「す、すみません、母がどうも……って、シイナ、笑ってる? ヨハンおじさんも」


 料理はどれも絶品だった。

 こっそりシイナに聞いてみたが、この一食だけで御実苗家の一ヶ月の食費くらいするらしい。なるほど周囲も身なりのいい人ばかりなはずだ。このレストランには、選ばれし上流階級の大金持ちしかいないのだ。

 食事も美味しかったが、互いに片親の家族なので非常に話が盛り上がった。

 母がこんなにも他人に打ち解けているのを、優輝は初めてみたかもしれない。

 輝は女手一つで優輝を育て、自分のことなどそっちのけだったから。

 そんな輝に目を細めて、ヨハンも柔和にゅうわな笑みにほおを崩している。


「でも、本当によかった。輝さんはシイナみたいな子にも理解があって。僕もね、小さい頃は随分と女の子みたいだと言われて。だから、シイナには好きな自分でいてほしいし、そんな自分の生き方を見つけてほしいんです」

「ご立派ですわ、ヨハンさんは。うちの優輝も、誰に似たのか男勝りで化粧っ気もなくて……年頃の娘が本当に、ふふふ」


 おいおい、あなたに似たんですよ血筋ですよ……平坦な目でジトリと真横を見ながら、優輝はあきれつつも料理に舌鼓したづつみを打つ。

 向かいのシイナが、満面の耳で声をひそめてきた。


「ねね、優輝……どうして学校の制服なの?」

「や、それは……こういうとこ、なに着ていいかわからなくて」

「ふーん、そうなんだ。じゃあ、今度の休みにでも見に行こうよ。こういうとこの服」

「うえー、それってシイナが着てるみたいなドレスとかでしょ? 似合うかなぁ」

「大丈夫だよっ、絶対大丈夫!」


 そう、優輝は母の支度したくを手伝ってバタバタと過ごしたため、適当に制服で来てしまったのだ。学生の身分であるうちは、制服が正装に準ずるものとして通用するのである。

 しかし、どうにも味気ない……結構かわいい制服だが、周囲のきらびやかさを見れば浮いて見える。

 男はスーツ、どれも仕立てがよくてネクタイなど趣味の良さが光るダンディばかり。

 女はドレス、老いも若くも上品に着こなしアクセサリなどもさりげない。

 そして、目の前には絶世の美少女、お姫様のようなシイナがいる。

 だが、そんな優輝を安心? 安堵? させているのは、ヨハンだった。


「ね、ねえ……シイナ。駄目とは言わないけど、シイナのお父さんは」

「ああ、うん! パパは昔から堅苦しいの、駄目なんだあ。せめてネクタイだけでもってボクが」


 確かに、ヨハンは高級スーツに着られている感じだ。全く似合っていない。そして、何故かネクタイはスタジオジブリの有名なアニメのがらである。

 聞けば、こういう気取った場所は実は苦手な人らしい。

 それでも、輝を喜ばせたいからと気張きばって気負きおったようだ。


「そうなんだ……別にファミレスとかでもよかったのに」

「むむ、優輝……ちょっとそれ、女子力低過ぎだよぉ? 折角せっかくなんだし、男は見栄みえを張りたくなるものなの!」

「なるほど。でも、ホントに奮発したんだねえ……どれも美味おいしいよ」

「でしょー!」


 お酒も手伝ってか、輝もすこぶる上機嫌だ。

 そうこうしているうちに、デザートが運ばれてくる。

 フルコースを一時間かけて食べたが、ナイフとフォークが止まらない程に美味で、あっという間に時は過ぎていった。

 母はエリートだけあってテーブルマナーが完璧で、そのこともヨハンを喜ばせているように見えた。そのヨハンは、酷く難儀しているように見える辺り、やっぱり慣れてないのだろう。

 だが、彼は特に気にした様子を見せなかったし、作法を守ろうと奮闘している人間を見る母の目は優しかった。


「いやあ、慣れないことをするものじゃない。今度は、そうだな……お寿司にしましょう。手で握ったものを、手で食べる……日本の文化は実に興味深いですよ」

「あら、素敵ですね。そういうことだったら、ヨハンさん。あたしがいいお店を紹介しますわ。今度こそお礼、させてくださいね?」

「レディに払わせるのは、ちょっと」

「まあ! 少し前時代的よ? 男女同権なのだから、殿方とのがたが支払いを引き受ける必要なんてないんです。それに、あたしはそういうとこだけが男らしさとは思わないわ」


 気付けばすっかり打ち解けて、輝は「私」から「あたし」に戻ってる。

 いつものの彼女になってしまったのは、それだけヨハンが気のおけない人間だとわかったからだろう。

 いい雰囲気だ、そう思った。

 コイバナやら女子力には全く自信のない優輝にも、わかる。

 下世話な話だが、二人がこのまま……なんてことを想像したら、なんだかそれもいいなと思えていた。大人の世界は複雑怪奇らしいから、せめて身近な人達には素直な幸せが舞い込んでほしいのである。

 そうやって親の横顔を眺めていたら、ニマニマとシイナが笑っていた。


「ん? どしたの、シイナ」

「いやあ……なんか今日、優輝すっごくイイ顔してるよ? とっても優しい顔」

「や、やだなあ、もうっ! からかわないで!」

「あーっ、照れてる? 照れてるんだ……やっぱり優機って、かわいいね!」


 そう言ってシイナも笑った。

 たまらなく気恥ずかしくて、むずがゆくて、そして嬉しかった。

 シイナの前では素直になれるし、素直なシイナが好きなんだ……そう思ったら、顔が妙に火照ほてってしまう。慌てて優輝は、うつむき加減にデザートのアイスクリームをぱくつくのだった。

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