第24話「ドキドキ・チーズケーキ」

 今の今になって、御神苗優輝オミナエユウキには気になることだってある。

 以前は考えもしなかったことだ。

 それはつまり、恋人……彼氏の家に、のは、ちょっと。いや、かなり気になる。スポーツ万能の優輝でも、走れば汗をかくものだ。

 巨大な庭付きの豪邸まで来て、その玄関先でそっと隣の雨宮千咲アマミヤチサキに聞いてみる。


「へ? ああ、だってサウナだよ? サウナ! すげー、社長令嬢(看板だけ)のアタシだって、そんなの持ってないし。だから、いんじゃん?」

「え、でも……あの、シイナの家に入るんだよ? 部屋まで行くかもしれないし」

「もー、気にし過ぎだよ! ……あ、いや、待てよ。んー?」

「気付いた? シイナ、男の子だよ?」

「アーッ! わ、忘れてた……あいつ、男だ!」


 そんな馬鹿をやっていると、玄関の鍵を開けてシイナ・日番谷ヒツガヤ・ラインスタインが振り返る。それはもう、キラキラ輝く美少女の笑顔で招いてくれる。


「散らかってるけど、入って。誰もいないから、楽にしてね」

「お、おっす……んじゃま、お邪魔しまーす」

「お、お邪魔、します」


 庭付きの一戸建てというには、明らかにサイズが違う。

 まず、玄関だけですでに優輝の住んでるアパートの部屋より広い。そして、日本最高峰の牛丼チェーン店の一人娘である千咲が、言葉を失ってしまう程の室内。とても品のある内装で、調度品も全て一流のものだ。

 思わず優輝は、ぽかんとしてしまって千咲とひじ小突こづう。


「ちょ、まっ……まじかよー、凄いよ! え、シイナここに一人で住んでるの!?」

「千咲、口が開いているって。ま、まあ、私も驚いたけど」

「そだよ? ボク、今はパパが出張中だから。パパね、いつも海外を行ったり来たりだから。さ、上がって上がって!」


 パタパタとシイナがくつを脱いで、それをそろえてから微笑ほほえむ。

 おずおずと優輝は、千咲と一緒にあがりこんだ。

 当然だが、落ち着かない。


「ボクの部屋、二階の突き当りだから。先、行ってて。ボク、サウナのためにボイラーけてくるね。そだ、お茶くらい出さなきゃ!」


 それだけ言うと、ポテテーっとシイナは行ってしまった。

 それにしても、デカい家だ。

 一階の天井が高く、玄関からそのまま吹き抜けのエントランス風なリビング。それはリビングではなく、来客達がコートを脱いだり客同士で家の主を待つ場所だったりする。

 おずおずと二人、階段をあがる。

 この時点で優輝は、自分のアパートの部屋が何個分かを考えるのをやめた。

 そして、二階の廊下の突き当りのドアを開く。


「……ど、どうよ? ほら、優輝……彼氏の部屋だけど?」

「う、うん。ここ……シイナの……私の、彼氏の、部屋、だよね?」


 室内は広いが、常識外れの広さではない。

 勿論もちろん広い、ベッドなどはキングサイズだ。そこに、可愛らしいまくらがあって、真っ白なシーツに布団。内装は壁紙からカーテンまで、意外とシックなものだが……大きな本棚ほんだなにはこれでもかと漫画やアニメの本がぎっしり詰まってる。

 机にはパソコンがあって、たなにはフィギュアが並んでいる。

 きっと、友人の柏木朔也カシワギサクヤに見せたら喜びそうだ。

 そう思ってると、隣で千咲が邪悪な顔をする。


「……優輝、ここはアタシにまかせな! よーし、いっちょやるか!」

「ちょ、ちょっと、千咲」

「もー、気になるんでしょ? アタシは気になる! ……、と」

「ま、待ってよ千咲! それは駄目だよ……そりゃ、気になるけど。無い訳が無いけど」


 そう思った、その時だった。

 早速ベッドの下をのぞむ千咲に、やれやれと肩をすくめてちらりと横を見る。

 やっぱり、壁一面を占領するかのような本棚にはサブカル系の本がぎっしりだ。そして、優輝でも知ってる有名な漫画から、ちょっと見慣れないアニメの設定本まで様々さまざま

 だが、そこにそれは存在した。

 隠す気ゼロな、それはえっちな本……ぞくに言うだ。


「んー、ベッドの下にはないなあ。定番なんだけどさ」


 すかさず優輝は、サササと本棚を背で隠す。

 エロ漫画区画だけをその長身でおおった。


「そ、そう? い、い、いっ、いいよ千咲! 探さなくてもさ!」


 頭をベッドの下に突っ込んでる千咲を尻目に、そう、尻が丸見えなので目を背けつつ……そっと背後を見る。改めて見ると、うん、エロ漫画だ。始めて見たけど、はっきりわかる。何故なぜかって、その……背表紙にはデカデカと『』の文字があるからだ。

 気になる。

 ほら、色々あるから。

 えっちな本、エロ漫画だって多種多様たしゅたようである。

 優輝は自分で性への意識は希薄な自覚があるが、恋人のシイナに関しては別だ。イチャイチャしたいし、くっついてたい。全てが許す限り、全てを許したい。

 でも、そんな女装少年の彼氏がどんな性癖せいへきなのか、とても気になるのだ。

 そうこうしてると、ドアがガチャリと開く。

 即座に千咲は立ち上がった。


「おまたせっ! もう少しでサウナ、使えるようになるよっ」

「あ、ありがと……ほら、千咲!」

「わはは、う、うん! ありがとな! ……ほんと、ありがとう。アタシ、やせせるよ。シイナも勿論、痩せようぜっ! 優輝は……優輝は、無駄な肉、ないからなあ」


 だが、今の優輝はそれどころではない。

 この位置から動いてはいけない気がする。

 そして、背後の本の内容を知りたくて仕方がない。


「とりあえず、お茶でも飲んで待とっか。……あれ? どしたの、優輝」

「あ、うん、いやあ。綺麗な部屋だね。私より女子力高いかも、ハハ、ハ……」

「そかな……でも、嬉しいな。あ、でも、男の子っぽいとこもあるからね!」


 優輝を安心させたいのだろうか? シイナはクローゼットの中を開けた。

 だが、気にしないでくれシイナよ、と心の中でつぶやく。

 彼氏のモロに男の子なアレコレが、今の優輝の背後にあるのだ。


「ほら、プラモデルもね! 沢山……でも、ちょっとんでるのが多くて。これが俗に言う積みプラ。つみプラだよっ」

「おおー! あ、これ知ってる! ガンダムでしょ」

「違うよ千咲。これはヒュッケバイン! スパロボ、スーパーロボット大戦のやつだよ? ガンダムはこっち。これが有名な1stファーストガンダムでー、こっちが」

「全っ! 部っ! 一緒に見えるぞい! でも、こうして見るとシイナも男の子だなあ、よしよし」

「エヘヘ」


 千咲に頭をでられ、シイナはほがらかに笑う。

 でも、開けっ放しのクローゼットの中には女装コスプレの衣装がずらりと並んでいた。セーラー服やナース服、軍服に着物にアニメの衣装と多彩だ。


「ん? 優輝、どしたの? お茶、冷めちゃうよ?」

「あ、ああ、うん! ありがと……ちょ、ちょっとほら、猫舌ねこじた? そう、今週は猫舌だからさ、冷ましてるの。ハハハ……」


 優輝の苦労も知らず、千咲は運ばれてきた茶を飲みながら菓子に手をつけている。君はダイエットに来たんだろー、と突っ込みたくなる優輝だった。

 だが、今はこの場を動けない。

 不自然に張り付いてしまったため、場所を移動することで背後に注目が集まるだろう。

 それはダメだ。

 絶対にノゥ!

 っていうか、どうしてこんなに堂々とえっちな本を置いてるのだろう。そう思ったが、そういえばと優輝は思い出す。確か、シイナには母親がいない。産んでくれた人はいるんだろうが、一緒には暮らしていないのだ。そして、父親は不在のことが多い。

 そうこうしていると、あぐあぐと二個目のマドレーヌを食べつつ千咲が立ち上がった。


「あ、シイナ……これ、家族の写真? おおー! ……どっちがお母さん?」


 今だ、と優輝は自然を装って本棚からゆっくり離れる。

 千咲が手に持つ写真立ての中に、シイナを挟んで両親が立っていた。

 シイナと一緒に写真を覗き込んで、先ずはホッとする。

 とりあえず、千咲にシイナの性癖がばれることは防がれた。それに、性癖という性癖もなく、普通かもしれないじゃないか。つまり、恋する男女が愛し合う、それだけのえっちな本かもしれない。そうだったら、別にいい。

 ちょっととがった性癖でも、まあいい。

 あんまし変態っぽいのは……要相談ようそうだんってことで。


「こっちがパパだよ。で、こっちが……ママ」

「あ、こっちお父さんかあ。ごめん、どっちもお母さんに見えて」

「ふふ、みんなそう言うよ。気にしないで」


 まだ幼いシイナと一緒に写っているのは、二人の御婦人に見えた。だが、よく見れば右側の柔和にゅうわそうな人は男性だ。服装もちゃんとズボンだし、それでも女性に見えたのは長い髪と優しげな微笑ほほえみだ。

 逆に、母親の方は美人だがどこか張り詰めた神経質そうな表情を浮かべている。

 二人の美貌びぼうを合わせて生まれたのが、シイナという訳だ。


「パパはね、小さい頃はボクみたいになよなよしてて、女の子みたいだったんだって。でも、昔は女装とかコスプレとか、厳格げんかくなドイツのお国柄くにがらじゃ許されなくて」

「そっかー、お父さんも苦労したんだね」

「うん……だから、パパはボクに好きにさせてくれてるの。写真送ると、喜んでくれるし! 一緒に衣装をったりして、パパは女装こそしないけど一緒にコスプレしたりするんだあ」


 シイナの笑顔に、優輝と千咲もほおゆるむ。

 特殊な家庭かと思ったが、悪い方向にばかり変な環境ではないらしい。あまり一般的ではないが、シイナの趣味を父親が許容し、一緒に楽しんでいるというのは素敵なことだ。

 そして、母親のことは話題にしないようにした。

 シイナも、母親については何も語らない。

 それでいいと思うし、いつか彼が語ってくれるなら……優輝は受け止めたい。自分の好きな人の母親、自分の恋した人を産んでくれた女性だから。


「あっ、そろそろサウナいいかも……よーしっ! みんなで痩せよっ!」

「おうさ! ウシシシ……激痩せしたら朔也んにゃろー、どんな顔すっかなー?」

「優輝も、いこ? 二人にはバスタオル用意したし、ボクは外でボイラーを見てるから」


 そこで初めて、優輝は驚いた。

 ああ、一緒にサウナに入るんじゃないんだ……

 がっかりしてる自分に、もっと驚いた。

 そして、千咲が視線でうなずくので、勇気を振り絞ってみる。


「……シイナも、一緒に入っちゃいなよ。どうせアレコレ全部隠して入るんだし。千咲も一緒だから、何もないし。痩せたいのはシイナも一緒、そうだろ?」


 シイナは少しびっくりしたように目を丸くしたが……ゆっくり大きく頷いた。

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