第24話「ドキドキ・チーズケーキ」
今の今になって、
以前は考えもしなかったことだ。
それはつまり、恋人……彼氏の家に、汗をかいたままお邪魔するのは、ちょっと。いや、かなり気になる。スポーツ万能の優輝でも、走れば汗をかくものだ。
巨大な庭付きの豪邸まで来て、その玄関先でそっと隣の
「へ? ああ、だってサウナだよ? サウナ! すげー、社長令嬢(看板だけ)のアタシだって、そんなの持ってないし。だから、いんじゃん?」
「え、でも……あの、シイナの家に入るんだよ? 部屋まで行くかもしれないし」
「もー、気にし過ぎだよ! ……あ、いや、待てよ。んー?」
「気付いた? シイナ、男の子だよ?」
「アーッ! わ、忘れてた……あいつ、男だ!」
そんな馬鹿をやっていると、玄関の鍵を開けてシイナ・
「散らかってるけど、入って。誰もいないから、楽にしてね」
「お、おっす……んじゃま、お邪魔しまーす」
「お、お邪魔、します」
庭付きの一戸建てというには、明らかにサイズが違う。
まず、玄関だけで
思わず優輝は、ぽかんとしてしまって千咲と
「ちょ、まっ……まじかよー、凄いよ! え、シイナここに一人で住んでるの!?」
「千咲、口が開いているって。ま、まあ、私も驚いたけど」
「そだよ? ボク、今はパパが出張中だから。パパね、いつも海外を行ったり来たりだから。さ、上がって上がって!」
パタパタとシイナが
おずおずと優輝は、千咲と一緒にあがりこんだ。
当然だが、落ち着かない。
「ボクの部屋、二階の突き当りだから。先、行ってて。ボク、サウナのためにボイラー
それだけ言うと、ポテテーっとシイナは行ってしまった。
それにしても、デカい家だ。
一階の天井が高く、玄関からそのまま吹き抜けのエントランス風なリビング。それはリビングではなく、来客達がコートを脱いだり客同士で家の主を待つ場所だったりする。
おずおずと二人、階段をあがる。
この時点で優輝は、自分のアパートの部屋が何個分かを考えるのをやめた。
そして、二階の廊下の突き当りのドアを開く。
「……ど、どうよ? ほら、優輝……彼氏の部屋だけど?」
「う、うん。ここ……シイナの……私の、彼氏の、部屋、だよね?」
室内は広いが、常識外れの広さではない。
机にはパソコンがあって、
きっと、友人の
そう思ってると、隣で千咲が邪悪な顔をする。
「……優輝、ここはアタシにまかせな! よーし、いっちょやるか!」
「ちょ、ちょっと、千咲」
「もー、気になるんでしょ? アタシは気になる! ……シイナが隠してるえっちな本は、と」
「ま、待ってよ千咲! それは駄目だよ……そりゃ、気になるけど。無い訳が無いけど」
そう思った、その時だった。
早速ベッドの下を
やっぱり、壁一面を占領するかのような本棚にはサブカル系の本がぎっしりだ。そして、優輝でも知ってる有名な漫画から、ちょっと見慣れないアニメの設定本まで
だが、そこにそれは存在した。
隠す気ゼロな、それはえっちな本……
「んー、ベッドの下にはないなあ。定番なんだけどさ」
すかさず優輝は、サササと本棚を背で隠す。
エロ漫画区画だけをその長身で
「そ、そう? い、い、いっ、いいよ千咲! 探さなくてもさ!」
頭をベッドの下に突っ込んでる千咲を尻目に、そう、尻が丸見えなので目を背けつつ……そっと背後を見る。改めて見ると、うん、エロ漫画だ。始めて見たけど、はっきりわかる。
気になる。
ほら、色々あるから。
えっちな本、エロ漫画だって
優輝は自分で性への意識は希薄な自覚があるが、恋人のシイナに関しては別だ。イチャイチャしたいし、くっついてたい。全てが許す限り、全てを許したい。
でも、そんな女装少年の彼氏がどんな
そうこうしてると、ドアがガチャリと開く。
即座に千咲は立ち上がった。
「おまたせっ! もう少しでサウナ、使えるようになるよっ」
「あ、ありがと……ほら、千咲!」
「わはは、う、うん! ありがとな! ……ほんと、ありがとう。アタシ、
だが、今の優輝はそれどころではない。
この位置から動いてはいけない気がする。
そして、背後の本の内容を知りたくて仕方がない。
「とりあえず、お茶でも飲んで待とっか。……あれ? どしたの、優輝」
「あ、うん、いやあ。綺麗な部屋だね。私より女子力高いかも、ハハ、ハ……」
「そかな……でも、嬉しいな。あ、でも、男の子っぽいとこもあるからね!」
優輝を安心させたいのだろうか? シイナはクローゼットの中を開けた。
だが、気にしないでくれシイナよ、と心の中で
彼氏のモロに男の子なアレコレが、今の優輝の背後にあるのだ。
「ほら、プラモデルもね! 沢山……でも、ちょっと
「おおー! あ、これ知ってる! ガンダムでしょ」
「違うよ千咲。これはヒュッケバイン! スパロボ、スーパーロボット大戦のやつだよ? ガンダムはこっち。これが有名な
「全っ! 部っ! 一緒に見えるぞい! でも、こうして見るとシイナも男の子だなあ、よしよし」
「エヘヘ」
千咲に頭を
でも、開けっ放しのクローゼットの中には女装コスプレの衣装がずらりと並んでいた。セーラー服やナース服、軍服に着物にアニメの衣装と多彩だ。
「ん? 優輝、どしたの? お茶、冷めちゃうよ?」
「あ、ああ、うん! ありがと……ちょ、ちょっとほら、
優輝の苦労も知らず、千咲は運ばれてきた茶を飲みながら菓子に手をつけている。君はダイエットに来たんだろー、と突っ込みたくなる優輝だった。
だが、今はこの場を動けない。
不自然に張り付いてしまったため、場所を移動することで背後に注目が集まるだろう。
それはダメだ。
絶対にノゥ!
っていうか、どうしてこんなに堂々とえっちな本を置いてるのだろう。そう思ったが、そういえばと優輝は思い出す。確か、シイナには母親がいない。産んでくれた人はいるんだろうが、一緒には暮らしていないのだ。そして、父親は不在のことが多い。
そうこうしていると、あぐあぐと二個目のマドレーヌを食べつつ千咲が立ち上がった。
「あ、シイナ……これ、家族の写真? おおー! ……どっちがお母さん?」
今だ、と優輝は自然を装って本棚からゆっくり離れる。
千咲が手に持つ写真立ての中に、シイナを挟んで両親が立っていた。
シイナと一緒に写真を覗き込んで、先ずはホッとする。
とりあえず、千咲にシイナの性癖がばれることは防がれた。それに、性癖という性癖もなく、普通かもしれないじゃないか。つまり、恋する男女が愛し合う、それだけのえっちな本かもしれない。そうだったら、別にいい。
ちょっと
あんまし変態っぽいのは……
「こっちがパパだよ。で、こっちが……ママ」
「あ、こっちお父さんかあ。ごめん、どっちもお母さんに見えて」
「ふふ、みんなそう言うよ。気にしないで」
まだ幼いシイナと一緒に写っているのは、二人の御婦人に見えた。だが、よく見れば右側の
逆に、母親の方は美人だがどこか張り詰めた神経質そうな表情を浮かべている。
二人の
「パパはね、小さい頃はボクみたいになよなよしてて、女の子みたいだったんだって。でも、昔は女装とかコスプレとか、
「そっかー、お父さんも苦労したんだね」
「うん……だから、パパはボクに好きにさせてくれてるの。写真送ると、喜んでくれるし! 一緒に衣装を
シイナの笑顔に、優輝と千咲も
特殊な家庭かと思ったが、悪い方向にばかり変な環境ではないらしい。あまり一般的ではないが、シイナの趣味を父親が許容し、一緒に楽しんでいるというのは素敵なことだ。
そして、母親のことは話題にしないようにした。
シイナも、母親については何も語らない。
それでいいと思うし、いつか彼が語ってくれるなら……優輝は受け止めたい。自分の好きな人の母親、自分の恋した人を産んでくれた女性だから。
「あっ、そろそろサウナいいかも……よーしっ! みんなで痩せよっ!」
「おうさ! ウシシシ……激痩せしたら朔也んにゃろー、どんな顔すっかなー?」
「優輝も、いこ? 二人にはバスタオル用意したし、ボクは外でボイラーを見てるから」
そこで初めて、優輝は驚いた。
ああ、一緒にサウナに入るんじゃないんだ……
がっかりしてる自分に、もっと驚いた。
そして、千咲が視線で
「……シイナも、一緒に入っちゃいなよ。どうせアレコレ全部隠して入るんだし。千咲も一緒だから、何もないし。痩せたいのはシイナも一緒、そうだろ?」
シイナは少しびっくりしたように目を丸くしたが……ゆっくり大きく頷いた。
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