第25話「ホットサウナ・スクランブル」

 シイナ・日番谷ヒツガヤ・ラインスタインのお家は、豪邸ごうていだ。

 それを証明するように、バスルームも広々とした豪華なものである。御神苗優輝オミナエユウキのアパートの風呂場とは、大違いだ。湯を張ったバスタブの大きさだけでも、ちょっとした食堂くらいの広さがある。

 雨宮千咲アマミヤチサキもテンション爆超で、彼女の歓声がタイルに反響する。


「うおお、すげー! 見た? 優輝。口からお湯出すライオンがあるよ!」

「こ、これ……凄いね。何か、さ……」


 サウナのあとに汗を流すため、シイナがわざわざお風呂まで沸かしてくれた。二人は今、バスタオルを身体に巻いて立ち尽くす。

 圧倒的な金持ちオーラに、呆気あっけにとられていた。

 すると、背後で小さな声がする。


「サウナはこっちだよ? えと、ボク……変じゃない、かな。その……」


 振り向くと、もじもじしながらほおを赤らめるシイナが立っている。あの長い長い髪は頭の上にまとめて、彼はそのまま優輝の前にぽてぽてと歩いてきた。

 当然だが、彼もタオルで身体を隠している。

 何故なぜか胸まで隠している。

 でも、別に優輝はそういうことは気にならない。

 ただ、ほっそりとしたシイナの半裸そのものにドキドキした。

 シイナの言う通り、奥にサウナルームがある。千咲は頬をピシャピシャ叩いて、気合を入れてサウナへと向かった。


「おっしゃあ、せるぞー!」

「ボ、ボクも!」

「え、えと……じゃあ、私も」


 扉を開けると、熱気が三人を包む。

 木の香りが広がって、不思議と湯気が心地よい。

 早速入ると、サウナもまた結構広々としていた。

 カラオケの個室くらいの大きさで、5、6人くらいは入れそうだ。優輝は千咲と並んで座り、その向かいにシイナがちょこんと腰掛ける。

 密室になった中で、すぐに全身から汗が吹き出した。


「はぁ、ゴクラク、ゴクラク……たまんねー」

「千咲、凄いオッサンになってるよ、ほら」

「あー、優輝ぃぃぃぃ……それにシイナも……ありがとね。こりゃアタシ、痩せるわ」


 学校の授業や、流行りのファッション、化粧品など……この三人だと話題は尽きない。そして、これがいわゆるガールズトークなのかと思うと、優輝は少し女子力が上がった気がした。

 そうこうしているうちに、みるみる汗が肌を伝ってしたたちる。

 ぽっちゃりしてしまった千咲は、満面の笑みだった。


「こりゃ、痩せますわあ……サウナのあとの冷たいコーラが恋しい」

「や、そんなの飲んだらリバウンドするって」

「そうだよ、千咲。ボク、何かの本で読んだことある。サウナって基本的には、水分が抜けて痩せるだけだから。結局、脂肪を燃焼させるには運動らしいよ?」


 えー、と千咲が嫌そうな顔をする。

 みんな、笑った。

 千咲も笑った。

 それにしても、思い返すと優輝には体重を気にした記憶が全くない。強いて言えば、たけのこみたいにぐんぐん背が伸びた時期があって、今もちょっとした男子より高身長だ。そのことを気にした時期もあったが、ちょっと懐かしく思える程度の記憶である。

 だが、やはり女子にとっての体重は大きな意味があるのだろう。

 女装が趣味のシイナも、それは変わらないらしい。


「でもさー、シイナ。優輝も……スタイル、いいじゃん? そりゃ、アタシだって夏休み前は……取り戻さな! 美しい頃のアタシ!」

「自分で言うかなあ、美しいって」

「でも、千咲ってボクが見てもびっくりするくらいの美少女だったよね」


 シイナの「だったよね」という過去形に、千咲はガクリとうなだれた。

 そう、千咲はいつも美少女だった。快活で明るくて、そして元気で少し悪戯イタズラ好きで。そして、最初は猫をかぶってお嬢様キャラだったのだ。優輝の非公式親衛隊の一人、最も熱心なファンだったのだ。

 今は、ただの友達。

 友達でしかないから、気の置けない仲間だ。


「それはそうと……ねね、千咲!」

「んー? なんだね、シイナ」

「痩せたら、朔也サクヤに告白するよね! するんだよね!」


 グッとシイナが身を乗り出してきた。

 胸は平らなのに、仕草や所作しょさが女子そのものだ。

 多分、優輝よりも女の子らしいと思う。

 その彼が、瞳をキラキラさせて千咲を見詰める。

 そう、千咲は今、恋してる。柏木朔也カシワギサクヤに恋してるのだ。理由は簡単で、朔也は痩せたらイケメンだったのだ。勿論もちろん、それだけの男じゃないのは優輝も知っている。彼はディープなオタクだが、誰にも優しくて気遣きづかいのできるナイスガイだ。


「告白かー、それは……うーん、でも、なんかさあ」

「えー、しないの?」

「……図々ずうずうしくない? 痩せたられたっての。優輝にも言ったけどさ、なんかこぉ……ミーハーというか」

「そんなことないよっ! 見た目は大事だもん! それに、朔也は中身も凄いんだもん!」


 見た目は大事。

 ガチンコ男の娘オトコノコなシイナが言うと、説得力がある。

 優輝はそのへんは、ちょっと自信がない。でも、最近は高校生として最低限のお化粧もしてるし、化粧水やらなにやらもシイナのアドバイスで使ってみている。デートの時も半分はスカート姿だし、シイナだってたまには男装してくれるのだ。

 そう、どう見ても美少女が男装してるだけに見える。

 でも、優輝の彼氏はちゃんと男の子で、時々男の娘なのだ。


「朔也はさ、凄いんだ……『望郷悲恋ぼうきょうひれんエウロパヘヴン』にも詳しいし、『ハイライフ! ストリーム!!』じゃ、歌も踊りも完璧で! それに、たぁっ、く、さん! 色んなこと教えてくれるんだあ」

「ま、まあ、シイナ的にはいいオタ友だねー。アタシは……うん、なんか、好きになっちゃったかもなんだ。ウシシ、これが恋する乙女ってやつかも!」

「絶対そうだよ! 千咲なら痩せてても痩せてなくても、きっと朔也を振り向かせられるよ! ボク、応援してるから!」


 美しい女同士の友情……に、見えるが、シイナは男だ。

 だが、優輝も朔也の人となりについては熟知しているし、彼がとてもいい奴なのを知っている。シイナと盛り上がってる時など……ついつい、ほんのり嫉妬しっとしてしまうくらいだ。

 それでも、アニメやゲームの話で盛り上がってても、優輝を交えて話題を選んでくれる、自然とそれができるのが朔也という男なのだった。


「フ、フフ……おし、決めたぞ……アタシ、告白する! そのためにもっ、痩せる! ……けど、ちょっとタンマ」

「あ、あれ? 千咲?」

「ちょっと、外……水風呂、あったよね?」

「う、うん」

「熱くて……サウナはまたあとで。お風呂借りるねー」


 千咲はふらふらと、サウナの外へと行ってしまった。

 その背を見送り、気付けばシイナと二人きりな優輝。

 自然とお互い、相手にだけ意識が集中してしまい、変に気まずい。よく考えたら、千咲がいなくなるまで全く考えなかった。二人は今、バスタオル一枚だけのはだかなのだ。

 健全かどうかは置いといて、若き少年少女が二人共裸なのだった。


「あ……ご、ごめん! あのね、優輝」

「う、うん……謝るの、ずるいよ」

「でも……その、ごめん」


 ちょっとだけシイナが、前屈みになった。

 そういえば、海水浴の時も言っていた。

 そう、イチゴの話だ。

 シイナだって男の子、彼のかわいいイチゴちゃんは敏感なのだ。それを考えたら、自然と優輝もほおが熱くなる。サウナの熱気とは別種の何かで、身体が火照ほてってきた気がした。


「そ、その、シイナ、さ……えっと、ほら、海の! の、話」

「う、うん! そう、だよ……ちょっと、イチゴが」

「きっ、気にしないで! 私、あっち向いてようか?」

「うゆゆ……ま、まだ、大丈夫」


 よく考えてみたら、これは大変なことだ。

 優輝は今、シイナと裸で二人きりなのだ。

 うっすらと汗ばみ、熱でぼうっとする頭に桃色オピンクな空気が注ぎ込まれる。それは、いけない妄想を具現化させようとしてくる。

 それはどうやら、シイナも同じようだった。


「あ、そういえばさ……さっき、写真。御両親の」

「う、うん」

「シイナが綺麗なのって、お父さん似なのかもね。本当に最初、どっちがお母さんかわからなかったもの」

「うん……パパはいつも優しいよ? パパは、優しいんだけど」


 その時、シイナは俯きながら言葉を飲み込み、そして何かを言いかける。

 彼の中に今、葛藤かっとうを優輝は見て取ることができた。

 きっと優輝の彼氏は、自分の彼女に話したいことがある。

 それを、この機会に話しておかなければと思ったのだろう。

 きっとそう……あの、少し切なげな顔はそうなのだ。


「……シイナ、無理しなくていいよ? これからいくらでも、話す機会があるんだから。それに……」

「ううん、いい機会だし……えっとぉ……優輝。そっち、行っていい? となり


 少し驚いたけど、嫌ではなかった。

 優輝は黙ってうなずき、隣にやってきたシイナを座らせるのだった。

 肩と肩とが触れる距離に見下ろせば、優輝の汗がシイナの汗に混じって木造のサウナ室にこぼれていった。

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