第20話「アバンヂュール・リバウンド」

 御神苗優輝オミナエユウキにとっての、思い出深い夏休みが終わった。

 この夏、日番谷ヒツガヤ・シイナ・ラインスタインとの思い出を沢山作ったのだ。

 そして、二学期も一緒に楽しい学園生活になる。

 そう思えば、始業式に何の憂鬱ゆううつも感じない優輝だった。

 颯爽さっそうと学校へ向かう彼女に、女子も男子も目を奪われる。

 潜められた声にも気付かず、優輝は久方ぶりの学び舎を目指した。


「ね、ねえ……なんか、優輝様って雰囲気変わったよね?」

「前にもまして、こぉ……あーん! 私の王子様がもしかして」

「そう、もしかして……一夏のアバンヂュールを経て……卒業!?」

「お、おい、マジかよ! 御神苗のやつ、なんか……女になったのか!?」

「ああ……女の子、だったんだな。しかも、何だ? この感情は!」


 そんなつぶやきとささやきの中を、優輝は堂々と歩く。

 そんな彼女を、通学路の曲がり角で待っていたのは――


「あっ、優輝! おっはよー!」

「おはよう、シイナ」


 久しぶりに制服に身を包んだ、男の子のシイナが待っていた。

 ここ最近は毎日毎晩、ずっとメールでやり取りしている。LINEライン千咲チサキ朔也サクヤと一緒にグループを作っているが、恋人同士の睦言むつごとはやっぱりメールだ。

 前もって打ち合わせした通り、今日から一緒に学校に通うのだ。

 行きも帰りも、時間が許す限り一緒。

 小さな身体でシイナは、ぽてぽてと優輝の前にやってくる。


「シイナ、久しぶりに男の子の格好してるね」

「ふふ、変かな?」

「ううん、かわいいよ。私も女子の制服だから、お相子あいこかな」

「うんっ!」


 それからシイナは、自然と優輝と並んで歩き始める。

 彼はどうやら、夏休みの間に伸びた髪の毛が気になっているようだ。普段はツインテールに結っているが、学校ではいつも後ろでしばってまとめている。膝裏まで伸びる翡翠色ジェイドグリーンの髪が、今日も艶々つやつやと光沢を波立たせていた。

 恋人を横に見下ろしながら、自然と優輝も朝から浮ついてしまう。


「髪、切ろうかなあ」

「えっ、切っちゃうの!? だ、駄目だよシイナ。せっかく綺麗なのに」

「優輝は髪、伸ばさないの?」

「わ、私はほら、似合わないから……」

「そうかなあ。優輝が髪を伸ばしたら、グッと女子力UPだと思う!」

「えぇー、シイナがそれ言うの? ふふ、何か変なの」


 何だか何故だか、周囲の生徒達の視線を感じる。

 だが、全く気にしない。

 一生懸命、新しいシャンプーの話や、昨日のテレビの話題をシイナが話してくれる。貸し借りしてる漫画の話をしたり、今度のデートは何処どこ何時いつ行こうかとか。本当に今、夏の終わりに優輝は常春とこはるを満喫していた。

 これぞまさしく、我が世の春が来たというやつである。

 そうこうしていると、なつかしのまなが見えてくる。

 そして、今日は始業式だからか何故か校門の辺りがにぎやかだ。


「あれ? ねね、優輝……あれ」

「ん? えっと……千咲? だよね? え、ちょっと待って……あれ?」


 見覚えがあるような気がする、そんな背中が木陰こかげから校門の騒ぎを見守っている。多分あれは、恐らく友人の雨宮千咲アマミヤチサキだ。

 どうしても確信が持てないのは、シイナも同じようである。

 そう、その人物は千咲のような、そうでもないような。

 何故かと言えば、最後に会った一週間前とは見違えてしまったから。

 そう、見間違えじゃないかと思うように変貌へんぼうしているのだ。


「おはよ、千咲……だよね? どしたの?」

「あっ、やっぱり千咲だ。おはよー!」


 優輝とシイナの声に、ビクリ! と身を震わせて……やっぱり千咲だった少女が振り返る。顔を見ても自信が持てなかったが、彼女が狼狽うろたえつつもいつもの声で喋り出す。それを聴いて確信を得たが、やはりその姿には驚きを禁じ得ない。

 優輝が心配のあまり、言葉を選んでいる最中だった。

 いきなりシイナは、ド直球の言葉で核心に切り込む。


「千咲、どしたの!? !」

「わーっ! こ、こらー! シーッ! シィィィィィ! シイナ、声がでっかいよ」

「あ、ごめん……えっと、凄い太ってるよ?」

「小さい声にするだけじゃなく、こぉ……もっとオブラートに包んで」

「えと……あ、今流行はやりのマシュマロ女子? 大丈夫っ、需要あるよ!」


 無邪気な笑顔のシイナを前に、ぐらりと千咲はよろめいた。

 そう、千咲は最後に会った時に比べて太っていた。

 激太げきぶとりである。

 もともとスタイル抜群で、超高校生級と言うべきナイスバディだった千咲。長身でせててもやや筋肉質、ガリガリの宝塚系ヅカケイ女子の優輝とは違うはずなのに。今日は何だか、あらゆる分野でヒロインの風格だった彼女の

 夏服の制服もパッツンパッツンで、流石さすがに優輝も心配になった。


「えっと……千咲、どしたの。何か、病気でもした?」

「う、うう……優輝ーっ! どうしよ、アタシ……少し太ったかも」

「千咲、日本語間違ってるよ? 少しとかってレベルじゃ――はうっ!」


 往年のヒールレスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーもかくやという地獄突じごくづきを、千咲は迷わずシイナの喉笛のどぶえに炸裂させた。なまじ恰幅かっぷくがよくなったから、破壊力抜群である。

 そして、半べそ顔で彼女は優輝に抱きついてきた。

 日頃から適度にスキンシップを取る間柄だから、すぐわかった。

 のしかかってくる千咲の、あの羽毛うもうのようなかろやかさがない。

 ボンレスハムの詰め合わせみたいになってしまった彼女は、泣きそうだった。


「違うんだってばよ、優輝! あの、あのっ! 夏休みの宿題が」

「ああ、追い詰められてから本気出すって」

「そう! 本気でやったの! 最後の一週間! 本気で!」

「それで遊びに誘っても来れなかったんだ。……で? ま、まさか」

「宿題をズガガガ! ってやって、夜更よふかし、夜食、運動不足……不規則な生活をしまくってたのも手伝って、この有様ありさまだよおおおおおおっ!」


 ある意味、自業自得だった。

 昔の優輝だったら、そう思った通りに言ってしまっただろう。

 だが、今の優輝には千咲の痛みがわかる。

 とっくに優輝も女の子、恋する乙女だったから。

 彼女は喉をさするシイナを気遣きづかいつつ、千咲をなぐさめる言葉を脳裏に探した。

 校門の周囲の騒がしさが近付いてきたのは、まさにそんな時だった。

 真っ先に気付いたのはシイナだった。


「ね、ねえ……優輝。千咲も」

「待って、シイナ……千咲は今、女の子として大変な現実に直面してるんだ」

「それはわかるけど、えっとぉ、何かあれ……もしかして、あの人」

「大丈夫だよ、千咲。せよう! いい機会だって、ポジティブに考えよう? ほら、朔也も最近太り気味だって行ってたし、これからはスポーツの秋! 四人で一緒に――」


 頑張って千咲をはげましていた優輝は、不意に黄色い声援に囲まれた。

 女子達がキャーキャー言う中で、お馴染なじみの声を聴く。


「デュフフフ、優輝氏! シイナ氏も。そして……千咲氏? やや、これは面妖めんような!」


 そう、柏木朔也カシワギサクヤの声がした。

 なのに、振り返った優輝はその姿を見つけることができなかったのだ。

 代わりに、ちょっとインテリぶった眼鏡の美少年が自分を見詰めている。そして、まるでジャニーズ事務所の新人アイドルのように女子達を引き連れていた。彼から朔也の声が聴こえる。信じられないが、彼が朔也のようだ。

 あの肥満体の朔也が、すらりと痩せたイケメンになっていた。


「そうそう、シイナ氏! 『魔法少女ラジカル☆はるか』の同人誌を、夏コミでありったけ買ってきましたぞ! はるか完売! はるか完売ですぞ!」

「あ、うん……えっと、朔也? だよね?」

「いかにも、小生しょうせいちと後半にヘヴィなバイトを入れまくりましてな。夏コミで散財したので、少し秋の新アニメやイベントの軍資金を……やや疲れてやつれておりますが、小生はまごうことなきシイナ氏の盟友、柏木朔也@エウロパ命でござるよニンニン」

「……た、確かに。その声、その喋り……朔也、だね」

「ああ! そう言えば! シイナ氏、劇場版の望郷悲恋ぼうきょうひれんエウロパヘヴン・ハイレゾリューションを見ましたかな? 小生、感動のあまり毎晩レイトショーで」


 優輝は波乱はらんの幕開けで待ったなしの二学期に驚いた。

 そして、彼女に抱きついて千咲がウオーンと泣いている。

 中身はそのままにキラキラと貴公子のような朔也に、流石のシイナも戸惑っているようだ。

 こうして、奇妙な四人組の新学期が始まるのだった。

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