第21話「サプライズ・ストライク」

 始業式が終わったあとは、ロングホームルームを待つだけ。

 長い夏休みを経て再会したクラスメイト達は、互いの思い出を持ち寄りあちこちでお喋りに花を咲かせていた。

 その中心には、何故か柏木朔也カシワギサクヤがいた。

 女子達に囲まれているのも、当然といえば当然である。

 今の彼は、以前の太ったメガネのオタク男子ではない。すらりとせてメガネもモデルチェンジした……夏の過酷なバイトを乗り越えたオタク男子なのだ。

 彼を囲む女の子達も、以前はしょうがないものを見るような目をしていた。

 今はキラキラと瞳を輝かせ、無言で『やはりイケメンに限る』と語っていた。


「ねえねえ、柏木君! どうしたの? 夏、なんかあった? ……凄く、格好良くなった」

「デュフフ、少しばかり死線を超えましてな。小生しょうせい、バイトでニ、三度死にかけましたぞ」

「やだ、面白い冗談。でも、イメチェン大成功だね!」

「やや、小生は特に何も」

「ねえねえ、今度映画でも見に行こうよ!」

「お、いいですなあ。今でしたら劇場版の『望郷悲恋ぼうきょうひれんエウロパヘヴン・ハイレゾリューション』がですな――」


 うん、全く変わってない。

 見た目しか変わっていない。

 だが、イケメンとはあらゆる言動が許されてしまうのだ。

 そのことを優輝ユウキは嫌という程知っている。

 何故なら……彼女は全校女子にとって王子様、イケメン枠扱いだったから。

 そんな彼女の席には、シイナが一緒にいる。

 担任教師が来るまで、彼は優輝の側で朔也に近付くタイミングを待っているのだ。


「うう、優輝……どうしよう。朔也に近付けないよぉ。いっぱい話したいこと、あるのに」

「うん……凄いね、なんか」

「夏コミの話も聞きたいし、ラノベの新刊や夏アニメの話も……むむむー」

「まあまあ、あとで四人で一緒に帰る時にでも、ね? それより――」


 優輝はシイナと一緒に首を巡らせる。

 その死線の先では、一匹のこぶたちゃん、もとい一人の少女がぐったりしていたい。

 机の上に突っ伏して、千咲チサキが死んでいる。

 口から魂が抜け出そうな勢いで死んでいる。

 見兼ねて優輝はシイナと一緒に話しかけた。


「ね、ねえ……千咲? 大丈夫?」

「どうしよ、優輝……ねえ、千咲。しっかりして? す、少しふくよかになっただけだし……ね?」


 ギギギギギとびたを響かせるように、千咲が顔だけをこちらに向けた。

 ダメだ、目が死んでいる。

 表情筋が全く仕事をしていない。

 チベットスナギツネのような顔で、彼女は野太い声を発した。


「優輝、シイナ……アタシ、終わった。夏休みと共に、終わったの」

「ちょ、ちょっと千咲。大丈夫だよ、すぐ体重なんて落ちるから」

「そーだよ、優輝の言う通りだよ! ボクだって、着るコスに合わせてダイエットしたりするもん。だからさ、これから体を動かして汗かいて、どんどん痩せようよ」


 千咲は太った。

 激太りだ。

 朔也が失った脂肪分を、そのまま身に受けて取り込んだかのようだ。

 だが、実際には彼女の自業自得で、それを本人が一番痛感しているからいたたまれない。そんな千咲を二人でなぐさめていたら、向こうから女子達の視線を引き連れ朔也がやってきた。


「デュフフ、優輝氏もシイナ氏もお久しぶりですぞ? そして……千咲氏」


 千咲は、ビクン! と身を震わせた。

 変な汗をかき始めて、再び机に身を突っ伏す。

 優輝が軽く説明そてやると、朔也はオタクっぽいリアクションでポンと手を叩く。


「そうでござったか、ニンニン……まあ、気にすることないですぞ? 小生、三次元の女子には見た目を求めておりませぬ故」

「や、朔也……その言い方にはちょっと語弊ごへいが」

「美少女とは、二次元においてのみ完全な存在。千咲氏は確かに、この学園では誰もが憧れる御嬢様、優輝氏という王子様に寄り添うお姫様でしたが、デュフフ」


 その時、珍しく朔也は真面目な顔になった。

 今現在はイケメンの端正な表情であるため、引き締まった横顔を見て背景の女子達が騒ぎ出す。優輝もびっくりしたが、隣でシイナが乙女の顔になってたのにも驚いた。

 朔也は少し言葉を選ぶようにして、千咲の頭をポンと叩く。


「千咲氏、見た目もかわいく性格も完璧、その上にロボを操縦して魔法も使い、水着イベントやシャワーシーンもそつなつこなす……そんな女の子は二次元だけですぞ」

「……どゆ意味?」

「我々三次元は、何かが足りない、完璧じゃない……当たり前ということでして、デュフフフ。どんな格好でも千咲氏は千咲氏でござるよ、ニンニン」


 優輝は感心した。

 そして、嬉しかった。

 見た目が美少年になっても、朔也は朔也だった。

 ただ、少しだけ心配なのは……隣のシイナだった。

 なんだか目をうるませながら、ぽーっと朔也を見詰めている。


「……シイナ、顔。顔が乙女になってるよ」

「へっ!? あ、んと、これは! これはそう、ほら! ボクの中の女装人格がね!」

「別にいいけど、ふふ。朔也、ちょっとかっこいいぞ」


 朔也を見下ろし、ポンと胸を叩く。

 前のような肥満体ではなく、鍛え抜かれて引き締まった肉体だった。

 朔也も相変わらず、優輝には気さくに接してくれる。

 それなのに、嗚呼それなのに。

 周囲の女子達はザワザワとつぶやきとささやきを広げていった。


「……何? なんか……優輝様、夏休み前よりずっと」

「あ、私も思った……なんかこぉ、少年っぽさはそのままに」

「綺麗になった、よね? 柏木君も全然変わっちゃったし」

「え? つまりじゃあ、二人で二学期デビュー? もしくは」

「二人がこの夏、オトコとオンナに……!?」


 良からぬうわさが広がる中で、流石さすがに優輝もあきれて物が言えない。

 そして、気にしてないから言われるままにしておこう。

 そう思ったのだが、ハッと乙女モードから現実に戻ったシイナが女子達の視線を遮った。そして彼は、優輝が止める間もなく爆弾発言を口にする。


「だっ、駄目ーっ! 優輝はボクの彼女なの! いくら朔也でも、駄目だもん!」


 一瞬、教室を沈黙が満たした。

 男子も女子も、それぞれの話題をやめて振り返った。

 あっ、と思ったが後の祭り。

 そして、シイナは自分でもそのことに気付いた。

 咄嗟とっさにやってしまった行動の意味が、ようやく頭の中で理解できたらしい。

 あっという間に真っ赤になって、にっちもさっちもいかなくなってしまった。

 噂していた女子達も、それぞれ仲良し同士で固まってた男子達も、無言だ。

 気まずい、そしてやるせない。

 優輝も恥ずかしくて、うつむけばほおが熱かった。

 だが、こんな時に助けてくれるのも……やはり朔也なのだった。


「デュフフ、シイナ氏! やはりゴールしておりましたか! 小生も優輝氏は狙っておりましたが……先を越されましたなあ!」

「え? ……朔也?」


 朔也はイケメンスマイルなのに、やっぱりデュフフと笑う。

 そして、目配せで話を合わせるように伝えて皆の前に出た。


「小生、実は優輝氏達と夏の小旅行に行きましてな……その時の出費と夏コミで、散財してしまったのでして。少しばかり資金繰りのため、バイト生活をしたらこのありさま。少し痩せましたぞ、これでただの豚から飛べない豚にランクアップであります」


 プッ、と皆が笑った。

 そして、男子も「だよなー」「お前変わりすぎー」とそれぞれのグループに戻ってゆく。女子は女子で、朔也がイケメンヂカラを使ったので反論も異論も飲み込んだようだ。


「しかし、晴れて彼氏彼女ですな、シイナ氏。……夏の『魔法少女ラジカル☆はるか』の同人誌をあげるので、交代しましょうぞ……デュフフ」

「駄目だよぉ! 優輝はボクの彼女だもん! ボクが優輝の彼氏なんだもん!」

「では、更に『望郷悲恋エウロパヘヴン』の同人誌もつけますぞ?」

「……ッ……だ、駄目! それでも、駄目!」


 おい待て、ちょっと待て。

 なんでそこ、即答しない。

 ちょっと今、悩まなかった?

 そう思ったが、二人のやりとりがおかしくて優輝は笑ってしまった。自分がこんなにも女の子として見られるのが、不思議な気分だったのだ。そして、自分を女の子でいさせてくれるのは、やっぱりシイナや普段の仲間達だ。

 だから、自然とシイナの隣に歩み出て並ぶ。


「えっと、そういう訳で……私、シイナと付き合ってるんだ。だから、今までみたいに王子様扱いはよしてもらえると嬉しい、かも。みんなともっと、フランクな友達になりたいから」


 と、言いつつ優輝もイケメンヂカラを使う。

 これがのだ。

 一発で女子達は、目の色をハートにしてうなずく。

 これでよし、と思ったその時だった。


「おいおい、オトコオンナとモヤシ小僧で恋人ごっこかよ! 笑えねー!」


 一瞬、何を言われてるかわからなかった。

 だが、その声の主は席を立つと、ポケットに手を突っ込みながら近寄ってくる。取り巻きが数人、示し合わせたように周囲へと並んだ。

 うちのクラスでも少しガラの悪い、孤立してる連中だ。

 その一人がスマホを手に、ニヤニヤしている。


「シイナ、おめーなあ……こーゆー趣味あんの? キモッ!」


 液晶画面には、シイナの写真が映っていた。

 スカートをはいて髪をツインテールに結った、確か初音はつねミクとかいうキャラクターのコスプレだ。あっという間にクラスの全員がそれを見てざわつく。

 シイナは「あっ!」と声をあげるなり、慌てて不良達に駆け寄った。


「やめてよぉ、その写真! それは、えと、んと」

「すげーなドイツ人! 何お前、化粧とかしてんの? ありえねー」

「どこでそれを……前にドイツのイベントの時の! 何で? どうして」

「ネットなめんなよ、オカマ野郎。しっかし、お前ら揃ってリア充か? おめでたいこったな……待ってろ、今からTwitterツイッターで拡散してやっから――!?」


 その時、その瞬間だった。

 にやついた不良の顔から、何かが生えてきた。

 それは、ある人物のブン投げた……だった。

 角が刺さって、男は携帯電話を取り落とした。

 そして……皆にお土産を配ろうとしていた少女が立ち上がる。

 ズシン! と音が聴こえてきそうな一歩を踏みしめて。


「おうこら……調子のんなよ、半端モンが! シイナのミクコス、最高だっつーの! ええ? すんげーだろ、完璧だろァア!? ボカロちゅう舐めんな……つまんねーこと言ってっと、あちこちに手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞゴルァ!」


 千咲の中で何かが壊れた……キレていた。

 そして、千咲のイメージは完璧に破壊された。

 おしとやかで楚々そそとした御嬢様キャラで猫を被ってた、その八方美人でいい子ぶった演技をやめた時より……根本的な何かが木っ端微塵に粉砕された。

 肥満体を揺する千咲の眼光に、クラスのはみ出し者達は退散した。

 彼等もかわいそうだと思ったが、優輝はすぐにシイナの手を握る。

 千咲の迫力に気圧された誰もが黙る中……握り返してくるシイナの手は震えていた。

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