第19話「ラストサマー・デート」

 夏の一泊旅行は、優輝ユウキにとってかけがえのない思い出になった。

 そして、生まれて初めて本当の彼氏ができた気がした。

 だから、これからも彼氏でいてほしい。

 シイナのかわいい彼女でいたいと思うようになった。

 夏休みもお盆を過ぎて、もう残す所わずかだ。だが、優輝とシイナの季節は春が始まったばかりだった。


「ちょ、ちょっと早く来過ぎたかな」


 残暑厳しい日差しは、朝からカンカン照りだ。

 街へと出てきた優輝は、待ち合わせの場所でシイナを待つ。夏休みも終盤だというのに、周囲は子供連れや同年代の少年少女で賑わっていた。

 周囲にはチラホラと、同じような人待ちの姿がある。

 駅の大噴水前は、優輝達の街ではポピュラーな待ち合わせスポットだ。

 腕時計に目を落として、まだ五分もあるのを確認した、その時だった。


「ねね、君……一人? だよね? ひょっとして、読モとかやってるでしょ!」


 不意に優輝は、見知らぬ男に声をかけられた。

 振り向くとそこには、イケメンスマイルの仮面を被った若者が立っている。優輝よりさらに背が高いから、180くらいはありそうだ。そして、日焼けした肌に金髪と、なかなかにチャラい。

 優輝は突然のことで驚き、思わずまばたきを繰り返して黙った。

 これは……

 だとしたら人生で初めての経験だ。


「あ、えと……人を待ってます。……読モ?」

「読者モデルってのさ、あるでしょ? あ、なになに彼女、ひょっとして……プロのモデル? もうデビューしちゃってる感じ?」

「い、いえ……でも、なんで。どうして」


 驚きのあまり、優輝は前後不覚におちいった。

 今まで、男子に声を掛けられたことなんかない。

 それでも、親しい男友達は皆、口を揃えて言うのだ。


 ――優輝くらい身長があればね、とバスケ部のエース。


 ――脚が長いからすっげえ有利だよ、と陸上部の部長。


 ――優輝氏マジ萌えですぞコスプレ希望デュフフフ……まあ、これは親友の彼だ。


 とにかく、女の子としての容姿をめられたことはない。

 ギリギリで朔也サクヤが、大好きなアニメのヒロインに似てるといってくれるくらいだ。

 だから今、正直に言って優輝は混乱していた。

 そんな彼女を他所よそに、遊んでる感じのチャラ男は喋り続ける。


「手足長いねえ、それに腰も細い! すっごいなあ、中身入ってるのかってな! ナハハ! で、それでそれで?」

「それで、って」

「どう? 待ち合わせなんかほっぽって、俺と少し付き合わない?」

「あ、いやです」

「ちょ、ちょっと待て! ……待って。今、嫌つった? ガーン」


 オーバーリアクションで、チャラ男は露骨に驚きを見せた。

 優輝はただ、黙ってコクコクと何度もうなずく。


「だってさー、彼女さあ……『遠慮しまーす』とか『ごめんねーまた今度』とかならわかる! わかる、けど……嫌って……」

「ご、ごめん! あ、えっと、そういうつもりじゃ」

「しかも即答したしさあ」

「す、すみません、つい」


 あれ? なんか私、悪いことしたかも?

 優輝は、目の前でガクリとうなだれる男が気の毒になった。

 確かに、一瞬で断ろうと思った。

 実際断った。

 何故なぜって、優輝にはもう素敵な恋人がいるから。

 でも、嫌だというのは酷かったかもしれない。

 それに……初めてナンパされたと思ったら、少し気持ちが浮ついたのも確かだ。そんな優輝の心を見透かすように、男はヘラリと笑って顔を上げた。


「あー、悪いと思ってるんだ? じゃあ彼女、おびに俺に付き合ってよ。お茶でも飲もうよ、一緒に」

「っと、そう来たか……や、ごめんなさい。私、恋人と待ち合わせしてるから」

「まあまあ、そう言わずに……こんな炎天下に立ってちゃ日焼けしちゃうしさ」


 意外と図々ずうずうしい上に、食い下がる。

 優輝が流石さすがに困ったと思った、その時だった。

 聴き慣れた愛らしい声が男の背後で響く。


「そうだよぉ、優輝っ! 日陰で待っててくれなきゃ……ちゃんと日焼け止め、塗ってきた? 夏の紫外線って怖いんだから。あと、遅れてごめんなさい! お待たせっ!」


 男が振り返る、その横から優輝も覗き込む。

 そして、小さな身体で背伸びする女の子に頬がほころんだ。

 すぐにチャラ男は、首を傾げて頭に疑問符を浮かべる。


「えっと……あ、君の妹さん?」

「いえ、恋人です」

「あ、そぉ……えっ!? ま、待って、ちょっと待って! ……え? 百合!? あ、ネコとタチ的な?」

「ご想像にお任せします。じゃ、そゆことで。シイナ、行こうか」


 ちょっとかわいそうかなとも思ったが、優輝は嘘を言っていない。

 手を伸べると、シイナは「うんっ!」と抱きついてきた。そのままシイナをぶら下げ、唖然あぜんとするチャラ男を置き去りに優輝は歩き出す。

 でも、正直に言うと心臓がドキドキしていた。

 生まれて始めてナンパされた。

 女の子だと思われたのだ。


「ねね、優輝……顔、赤いよ?」

「ん……ご、ごめん、シイナ。その……初めて、ナンパ、されちゃった」

「ああ、そっか。だって優輝、今日はすんごくかわいいもんっ!」


 頬が熱くて、凄く恥ずかしい。

 さらりとそんなことを言うシイナの方が、今の優輝の何倍もかわいいのだ。

 誰もが振り返る中、シイナと腕を組んで優輝は歩く。

 今日のシイナは、いつものツインテールに髪を結っている。ノースリーブの際どいシャツは、華奢きゃしゃな肩から細い腕の露出が眩しい。下はミニスカートで、脱いだパーカーを腰に結んでいる。

 優輝を見上げて歩きながら、シイナは笑顔で喋り続けていた。


「優輝、最近はお化粧も頑張ってる! 服のセンスもいいし」

「シイナに色々教えてもらったから……お化粧なんて、初めて、かも」

「優輝みたいに素材がいいとね、ナチュラルメイクであまり飾らない感じがいいんだよ? それに、服だって体型を気にせず相手と時間と場所を選べばだいじょーぶっ!」

「う、うん」


 優輝にとっても今日のデートは、ちょっとした大冒険だった。

 母のいないアパートで、初めて鏡に向かって化粧をしてみた。全部、シイナが教えてくれたし、化粧品も選んでくれた。自分でもしてみて、驚いた。

 そして、自分と同じ年代の少女達は普通にこなしてるらしく、少しヘコんだ。

 でも、不思議とシイナに見てもらいたくて頑張ったのだ。

 服だって、かなり勇気が必要だったが、今日もロングスカートだ。


「変じゃないかなって、ずっと気になってたけど……よかった」

「全然変じゃないよ! やっぱり……優輝、とってもかわいい。それに、綺麗」

「シイナ、な、なんか照れるよ! よしてって」

「そんなことないよぉ……あ! そ、そうだ!」


 不意にシイナは優輝から離れると、改めて腕を少し曲げて差し出した。


「ボ、ボクが彼氏だから……今、腕を組むの逆だった。迷ったけど……ボク、今日はこんな格好できちゃった」

「ん、どんな服でもシイナはシイナだよ。それに、やっぱりシイナはかわいいよ。そっかあ、男の子だもんね。腕組むの、逆だったよね。ふふ、なんかでも、ふふふ」

「わっ、笑わないでよぉ! ボクも今日は、男の子でいこうか迷ったけどぉ……女装の気分だったの! ね、行こっ!」


 改めて優輝は、シイナの腕に腕を絡める……の、だが。

 シイナの方が圧倒的に身長が低いので、ちょっとすわりが悪い。

 いつもはシイナが優輝の腕にぶらさがってるので、逆は問題ないのだが。

 それはシイナも気付いたらしく、あっ! と表情をかげらせる。

 だが、優輝はそんな彼の頭をポンと撫でた。


「手、つなごっか。……こっ、恋人繋ぎ、で……」

「……うんっ!」


 二人はまた、手と手を取り合って歩き出した。

 残り少ない夏休みを満喫し、二人で一つの思い出を作るために。


「今日はね、優輝……秋物を見て回るんだよっ!」

「えっ? ま、まだ八月だよ!?」

「遅いくらいだよぉ! ボクが選んだけるけど、優輝も自分で探してみて。きっといい服に出会えるからっ!」


 夏の日差しよりも熱く、迫る秋の風よりも軽やかに。

 二人で歩けば話も弾む。

 朔也は夏コミの散財が堪えて過酷なバイト生活に身を投じたらしい。

 千咲チサキはやはりというか、宿題の山にようやく手を付けたと聞いている。

 もうすぐまた、二学期が始まる。

 そうと知ってても、優輝は華やぐ気持ちが抑えられない。

 そして、シイナもそうだったら嬉しいとささやかに祈るのだった。

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