第18話「サマーナイト・ガールズトーク」

 この夏を、きっと忘れない。

 今日という日を、ずっと忘れないだろう。

 御神苗優輝オミナエユウキ、16歳……かわいい彼氏ができました。しかも、今までの彼氏未満で手探り発進だった男子達とは違う。自分を一人の女の子として見てくれる、とても素敵な男の子だ。

 そして、女装すれば絶世ぜっせいの美少女になる男の娘オトコノコだ。

 だが、そんなことは優輝には全く関係がなかった。


「ニヒヒ、どしたのさ……優輝? なんか、顔がゆるんでるぞー?」


 間近で顔を見上げて覗き込む親友に、思わず優輝は表情を引き締める。

 真夏の夜でも海風は涼しく、満天の星空には大きな月が浮かんでいた。夕食の後、四人で散歩に出た砂浜は今、静かな波の音だけを湛えていた。

 千咲チサキ精緻せいちな小顔がすぐ間近にあって、思わず優輝は声がうわずる。


「え、あ、私……にやけてた?」

「んむ、かなり」

「やだな、ちょっとまずいよ」

ちなみに、ばっちり写メしといたぜっ! ……気付かなかった?」


 ニヤニヤ笑う千咲に、慌てて優輝はパシパシとほおたたく。

 視線を逃がせば、少し先を歩くシイナは朔也サクヤと一緒に波打なみうぎわに脚をひたしている。電車の中では頑張って男の子してくれて、かわいいビキニを着ててもちゃんと男の子だった……はっきりと、オトコノコだと優輝に教えてくれた。

 そんなシイナはやっぱり可愛いくて、今はホットパンツにオーバーサイズのTシャツを着ている。ブカブカなシャツがタイトなローライズを隠して、まるで下に何もはいてないみたいだ。

 そう思ったら顔が熱くて、慌てて優輝は話題を変えた。


「そっ、そう言えばさ、千咲……えっと、そう、宿題! 夏休みの宿題、終わった?」

「んー、アタシはほら、追い詰められてから本気出すタイプだから」

「そ、そう?」

「そうなの……そして、追い詰めるのも本気出すタイプ! ですっ! よっ!」


 そっと千咲が背伸びして耳元にささやく。

 しおの香りに微かに、少女特有の甘やかな匂いが感じられた。


「シイナと、どうだった? 上手くいった?」

「えっ!? あ、いや、それはね! えっと! あ、あああ」

「んもー、優輝さぁ……大丈夫だって。つーか、その様子だと……ベストマッチ! しちゃった?」

「……ハイ」


 優輝は結局、千咲の誘導尋問に負けて洗いざらい喋らされてしまった。

 ……その、のことも、全部。

 面白がりながらも千咲は、にっこり笑って優輝に抱きついてきた。


「そっか! そっかそっかー、やったじゃん優輝! おーし、今度安くてンまいもんをおごってやろー! わはは、おめでとう。優輝、青春しなよ? このっ、アオハルかっ!」

「う、うん」

「でも、よかった。優輝さ、綺麗でかわいいんだから……シイナに一杯甘えて、無理言って、振り回して……彼氏彼女をエンジョイしなよ?」

「……ありがと、千咲。私、なんか……凄く、嬉しいかも」


 改めて優輝は、ちらりとシイナを見る。

 随分先に行ってしまったシイナは、朔也とふざけながら笑っていた。そのまぶしい笑顔が、夜の闇の中でも眩しく見える。月明かりの中でシイナのツインテールが、エメラルドのような光沢でつやめいていた。

 しかし、再び千咲がニヤニヤしはじめる。

 こういう顔の時、彼女がオッサンな性格を全開にするのを優輝は知っていた。


「ふっふっふ、しかし……おちんち、おっと! イチゴがねえ」

「ちょ、ちょっと千咲! ……ナイショだよ? 千咲だけの秘密の話。シイナだって恥ずかしいんだから。それに、わ、私も、すっごく恥ずかしい」

「おけおけ、ガールズトークの秘密ってことで」

「うん、親友同士の秘密ね?」


 何気なにげない言葉を言ったつもりだった。

 でも、改めて言われたからだろうか? 千咲は目を丸くしてかたまったあと、静かに微笑みうなずく。それは、つぼみがほころぶような美しい笑みだった。

 そんな千咲がいつも、優輝には本物の、本当の美少女に見える。

 誰もが憧れる、容姿端麗ようしたんれいでスタイル抜群の美少女。

 中身はオッサンで見栄っ張りだが、間違いなく異性が憧れる乙女なのだ。


「そっか……アタシ、親友なんだ。ふふ、なんか……嬉しいな」

「な、なに? 改まってそんな」

「ん、なんか……今年の夏は優輝がいてくれて、シイナも朔也もいてくれて。凄く、嬉しいなって」

「……プッ! 千咲、ちょっとなんか……似合わないよ、それに……ずるいよ、凄くかわいい」

「だろー? わはは! で……それよりだ」


 照れたように千咲がいやらしい笑みへと表情を変える。

 そして、彼女はちらりと男性陣との距離を確認し……さらに声をひそめた。


「シイナのイチゴ、どうだった?」

「ど、どうって! ……あ、あったよ。ちゃんとあった」

「や、そりゃ男の子だからぶら下がってるでしょ。男の娘でも。むしろ、ぶら下がってるからいいんだよ? 男の娘って」

「ごめん、言ってる意味がわからない」

「で、どうだった? ほら、あるじゃん? おっ、おお、大きさ、とか」


 千咲も頬を赤らめ視線をらす。

 大きさと言われて、すぐに昼の甘い一時が思い出された。

 パレオを取ったシイナの股間には、確かな存在感があった。それは無言で、その奥に秘められた彼自身の性を見せつけてきた。

 あの、小さな布面積の中で膨らむ柔らかそうな起伏。

 思い出しただけで、優輝も顔が熱かった。


「ちょっと、ちょっとちょっと! 千咲ッ! ……え、えと、その」

「お、おう! 言うてみ? さあ、どうやった、どないや、どうなんや!」

「……かわい、かったよ」

「かかか、かっ、かわいい! ほう!」

「大きさは、えとね……」

「詳しく! 詳しく!」


 なんちゅー話をしてるんだと思ったが、自分達にあきれる一方で自然とシイナの水着姿を思い出す。思わず優輝は、千咲と手を取りその場でバタバタと足踏みしてしまう。

 なんというか、一瞬自分を乙女おとめだと思ってしまった。

 そして、自覚した。

 ――私、今って恋するオンナノコなんだ。

 ひょっとしたら千咲は、そのことを教えたくてこんな話題を?

 そう思ったが、一瞬で違うと心に断じた。


「で? それで? ハァハァ、ジュルリ……さ、触った? ねえ、握った!?」

「……私、やっぱ親友発言撤回しようかなー」

「あっ、ひでえ! あーん、優輝が男を知って別の世界にいっちゃったよお」

「ちょっ、千咲っ! な、なにを、もぉ! 私、怒るよ! ……ふふ、なんか、でもね……シイナがね。私の水着姿を見たら、その」


 クスクス二人で笑いあって、ちょっとエッチな話をした。

 男の子ってしょうがないよねー、と笑い合った。

 優輝を見て前屈まえかがみに背を向けてしまった、そのシイナの反応が嬉しかったと告白する。

 二人はそうして、真夏の夜が見せる夢を秘密の話で飾り合う。

 そんな優輝と千咲を、気付けば戻ってきた朔也が見守っていた。

 ニヤニヤと生温なまあたたかく見守っていた。


「……朔也、いつからそこにいるのさ。えっと、私の話……聴いてた?」

「あ、こらっ! 朔也てめーっ! 盗み聞きとは汚いぞー!」

「いやいや、小生しょうせいは今……猛烈に感動してますぞ。さて、おーいシイナ氏! こっちに来て一緒にニヨニヨするですぞ! ニヤニヤ案件発生中ですぞ!」


 朔也の声に、向こうでシイナが振り返る。

 寄せては返すさざなみの中、夜のなぎさをシイナが戻ってきた。

 真っ直ぐ見詰めてくる眼差しに視線を重ねれば、見詰め合う中でなにかが収斂しゅうれんされてゆく感覚がある。確かに結ばれたものが感じられて、それはこれから豊かに育つのだ。

 シイナは「どしたのー?」と皆の輪の中にやってくる。


「シイナ氏、これがキマシ! キマシな案件ですぞ!」

「えっ、そうなの!? ど、どうしよう、朔也。ボク、どっちがネコでどっちがタチか決められないよ」

「そういう時は、リバありですぞ」

「そだね、リバありだね」


 腕組みうんうんと唸って、シイナと朔也はじっと優輝達を見詰めてくる。

 慌てて優輝も千咲も、互いの距離を取って離れた。


「ささ、お二人とも……いちゃめいてくだされ!」

「そうだよぉ、キマシタワーがっちゃうよぉ!」

「シッ、シイナ! 駄目だよ、女の子が、じゃない、男の娘が、ってか、男の子がつなんて言っちゃ! ……あ、いや、そういう意味じゃなくて!」

「おやぁ? 優輝、顔があかーい……むふふ」


 自然と四人は笑顔になった。

 こうして、夏の一泊旅行が思い出になってゆく。

 それはずっと、四人の胸の中に残るだろう。そしていつか、琥珀色こはくいろに輝く化石となって掘り出されるのだ。その時もみんなと一緒にいたい、大人になってもこうしていたいと優輝は素直に思う。

 静かにいだ海だけが、四人の夏を見守っていた。

 尚、その後もこっそり優輝は、からかい半分で千咲にイチゴトークをさせられるのだが……それもまた、嫌じゃないどころか興味津々な自分がいて驚きなのだった。

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