第16話「オーシャン・バカンス」

 貸し切りのコテージで着替えた優輝ユウキ達を、白い砂浜が出迎えてくれる。

 ビーチサンダルの上からでも、けた夏の熱が肌へと伝わった。

 そして、目の前に広がるオーシャンビュー。

 千咲チサキの親の会社が所有する保養地ほようちは、まさしくプライベートビートと言っても差し支えない程に贅沢ぜいたくな空間だった。客は優輝達四人の他には、家族連れや若い社員達のグループが十組ほど。一軒だけある海の家も、のんびりと営業していた。

 自然と優輝の仲間達は、白い波を寄せては返すなぎさへ走り出した。


「おっしゃあ、海だーっ!」

「デュフフフ、千咲氏。まずは準備体操を」

「見て見て、優輝っ! 凄い、海だよ! 海っ!」

「あ、待ってシイナ」


 優輝も気付けば笑みがこぼれる。

 とりあえず、千咲と朔也が放り出したビーチパラソルや敷物を拾って、適当な場所へ広げておいた。その間も、三人の声が楽しく弾んで優輝を呼ぶ。

 荷物の見張りも、ここでは必要がなさそうだ。

 高い椅子の上から監視員のお兄さんが笑うので、軽く会釈して優輝も走り出す。

 友達との夏は今、最高潮の沸点で優輝の胸を熱くがしていた。


「優輝氏キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

「優輝、こっちこっち!」

「お待たせ、みんな」


 波打ち際に脚をひたせば、ひんやりとした海水が心地良い。

 おだやかな海は静かにいで、遠くの水平線で青空と交わっている。

 遠くに昇る入道雲の白さが、優輝の目にとてもまぶしかった。


「凄い、いい天気……ねえ、千咲。本当に凄いね、ありがとう」

「あー、いいのいいの! 優輝もほら、楽しもうよ! ……こーやってぇ!」


 不意に千咲は、シイナへと海水を浴びせた。

 突然のことで目を丸くしたシイナも、すぐに笑顔でやりかえす。

 その光景に目を細めて、優輝は危うくになるところだった。自然と顔がにやけてしまいそうで、隣の朔也がひじ小突こづいてくる。

 御神苗優輝オミナエユウキは、かわいいものが好きだ。

 自分には似合わぬと知っていても、かわいい女の子の服やアクセサリーが大好きなのだ。そして、目の前には美少女である以上の形容が必要ない二人が遊んでいる。

 もっとも、シイナは男の娘オトコノコ、男だがそれは問題ではない。

 きらびやかな二人の水着姿に、ついつい優輝はうっとりしてしまった。


「優輝氏、顔がゆるんでおりますぞ? デュフフフ」

「かわいいよねえ、千咲もシイナも。はぁ、かわいい……」

「これがぞくにいう、ぺろぺろしたいってやつですなあ」

「そうかも……」


 千咲の水着は、大胆なハイレグのワンピースだ。白の水着はよほど自分の身体に自信がなければ着られないのだが、彼女は完璧に着こなしている。

 なにより、彼女の均整がとれたナイスバディが、水着の良さを引き立てていた。

 過不足なく上向きで形良い胸。

 くびれた腰と、その下への優美な曲線が集うヒップライン。

 最高である。

 そして、シイナも愛らしい。

 空色のビキニはワンショルダーのトップスがチャームポイントで、同じ色のパレオが波間にひるがえる。その姿はとても眼福がんぷく耽美たんびで、少ない砂浜の視線を残らずさらっていた。

 だが、朔也はやれやれと溜息で肩をすくめる。


「しかし、優輝氏……それはいただけないですぞ? デュフフ、優輝氏のそれはいただけんですぞー!」

「そ、そぉ?」

何故なぜ! どうして! パーカーを羽織はおっているでござるかあ」


 勿論もちろん、優輝だって水着だ。

 競泳用のもので、サイズもピッタリ……そう、ピッタリだからこそ上からパーカーで隠してる。その姿は丈の長さも手伝って、パーカーだけを着ているようにも見えるだろう。

 やはりまだ、自信は持てない。

 千咲やシイナを見てしまうと、尚更なおさらだ。

 自然と優輝は、パーカーの前を合わせて両手で握ってしまう。


「ほ、ほら、こぉ……お見せできるものじゃないかなあ、って。あはは、はははは……」

「優輝氏……せっかく夏の海に来ておいて、残念な子にならなくてもいいのですぞ?」

「残念な子、って。じゃあ、朔也のそれは? ……どこで売ってるの、そういう水着」

じゃの道はへびでござるよ……小生、最近はエウロパしでして」


 朔也の水着はなんというか、大昔の人達が着ていたツーショルダーの布面積が多いものだ。もっとも、がらはストライプではなく……痛々しいアニメのイラストがでっかく描かれている。

 確か、望郷悲恋ぼうきょうひれんエウロパヘヴンとかいうアニメだ。

 シイナも大好きなそのアニメのヒロイン、エウロパが微笑んでいる。

 完全に痛水着いたみずぎだった。

 だが、明るい笑みの朔也を見れば、優輝も嬉しくなる。

 痛水着だっていいじゃない、痛々しくないもの、いいじゃない。

 しかし、自分の水着を棚に上げて、朔也はデュフフと笑う。


「優輝氏もパーカーをキャストオフ! ですぞぉ……さあ、水着になって泳ぎませう。小生と遠泳対決をしたり、皆でビーチバレーをするのです、グフフフフフフ」

「お、おおう……その、ちょっとやっぱ……ほら、真っ平らだから。ホントにもう、ひたすらに平面だから。やっぱ、気後れしちゃう」

「シイナ氏だってそうでござろう。安心めされよ優輝氏……需要じゅよう、ありますぞ!」

「うっ、嬉しくない!」


 朔也がからかうようにパーカーのすそを引っ張ってくる。

 笑いながら優輝も、慌てて浜の方へと逃げた。

 だが、今度は千咲も朔也に味方する。


「こらー、優輝っ! 脱ぐのだ、うははははは! さあ、その青い果実を……それとっ! シイナも! そのパレオを……とーるーのーだーっ!」

「だ、駄目だよ千咲ッ! ボ、ボク、恥ずかしいよ。……その、見苦しいかも?」

「だいじょーぶっ、むしろ優輝にはご褒美ほうびだから!」

「えっ! ……ホ、ホント?」


 こらこら、なんでそこでマジ顔になるんだシイナは。

 しかし、シイナは肉体的には男の子、女物の水着を着ていても男なのだ。

 そして、パレオの奥に隠れた股間を想像すると、自然と優輝は顔が熱く火照ほてる。

 シイナは赤面にうつむきつつ、上目遣いに優輝を見詰めてきた。

 優輝はなんだか恥ずかしくて、やっぱりパーカーを脱げない。

 ほがらかな紳士の声が響いたのは、そんな時だった。


「お嬢様、よう来ましたなあ! わっはっは、今年はお友達も御一緒ごいっしょのようで……にぎやかでなにより!」

「あっ、どもー! みんな、このビーチの管理人さん。うちのオヤジの古い知り合いなんだ。おじさん、今年もお世話になりまっす!」


 優輝達も順々に、礼儀正しく挨拶した。

 頭に白いものが目立ち始めた壮年の男は、アロハシャツで目を丸くしている。だが、すぐに笑顔になって歓迎してくれた。


「いやあ、しかし驚きましたな……お嬢様。いつもは気取って一人で避暑ひしょに来て」

「あ、ちょ、待って! おじさん、それ駄目!」

「コテージのテラスで物憂ものうげな顔して、本を読んだり海を眺めたり」

「ちょ、やめー! おいバカやめろ」

「なんか時々、わたくしは孤独が好きですわ……とかつぶやいたりしちゃって」

「……う、うう、それ黒歴史……猫かぶってた時代の黒歴史」


 自然と爆笑が広がった。

 だが、男は海とコテージでの注意点だけ軽く説明して、再度「お嬢様」と笑いかける。

 千咲は今、完全に死んだ魚の目になっていた。


「そうそう、美味おいしいスイカがありましてな。今回はお友達もいることですし、スイカ割りなんかどうですかな? 今回はお友達もいることですし」

「ぐぐぐ、何故に二度言う……まあでも、いいかも! シイナ、日本の伝統文化であるスイカ割りをさせてあげよーう! 朔也、ちょいヘルプ」


 そそくさと千咲は海からあがって、朔也を手招きする。

 妙に目つきがやらしい。

 そして、そのにやけた笑顔が朔也にも感染する。


「おお、準備を小生が手伝いますぞ! そうですなあ、小一時間かかりそうですなあ。小一時間!」

「おじさん、スイカ冷えてる? アタシが朔也と取りに行くから」


 二人は管理人の男と一緒に行ってしまった。

 そして、波打ち際に優輝はシイナと二人で取り残される。

 自然とお互いを見詰めると、たゆたう空気を震わせる言葉が出てこない。

 それでも、シイナは優輝に寄り添いパーカーのそでをチョンとつまむ。


「ね、ねえ優輝……少し、散歩しよ? ……二人、きりで」


 頬を赤らめ潤んだ視線でシイナが見上げてくる。

 優輝は思わず、大きく頷くしかできなかった。

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