第15話「シーサイド・ラン」
緑の森が車窓を流れる。
大自然の
各駅停車の
好天に恵まれた夏休みのとある日、優輝は友人と四人で一泊二日の旅行に出かけた。
その主催者である千咲は、ヘッドホンを外して首にかけるや
「なんか上機嫌じゃん? 優輝」
「ん、そうかも。考えてみたら、友達と外泊って初めてだから」
「こりゃー、秘密にしないと……ニハハ。全校女子を敵に回しちゃうぜよぜよ? こんなことがバレちゃったらさ」
「ふふ、私は別に……
にんまり笑う千咲は、ぐいと身を乗り出してくる。
カタコトと走る一両編成の電車で、ボックス席の四人は思い思いの時間を過ごしていた。千咲は先程まで音楽の世界に没頭していたし、今も
そして、ご
優輝の隣を指差し、千咲はニヤニヤ笑いながら目を細める。
「それにしても……シイナってばかーわいー! ……ねね、なんかあった? 優輝」
「ん……でもほら、シイナだって男の子だし」
「男の
「そう、男の子なのさ」
優輝の隣では、シイナ・
エメラルドのような緑髪に枕にされてて、なるべく動かぬように優輝は景色を楽しんでいた。
「しっかしびっくりだよー! 優輝、なに? なんか進展あった?」
「進展、って……えっと、特には。っていうか、なに? 千咲、私とシイナは――」
「だってさー、二人共今日は服が
素直に勇気は千咲に礼を言う。
今日の優輝は、いつものパンツスタイルではない。先日、シイナが選んで買ってくれたワンピースを着ていた。帽子もサンダルも、全部シイナが選んでくれたコーディネイトである。その姿は、本当にお嬢様みたいだと自分でも思う。少年のように短く
そして、隣のシイナも普段とは違った。
大きなリュックサックを背負って現れた彼は、女装をしていなかった。
それは、皆が初めて見る学校以外でのシイナ少年の姿だった。
サファリ色の半ズボンにシャツで、まるでナントカ探検隊みたいだ。
でも、やっぱりシイナはなにを着てもかわいかった。
髪型も今日は、長い長い髪を先まで三つ編みに
「シイナさー、男装するとショタっぽいよね。うんうん……ショタみを感じるなあ」
「やだなあ、千咲……なんか目元がエロオヤジっぽいよ?」
「だってさー、二人して
などと言っていると、千咲の隣で朔也が顔を上げる。
彼は
「
「おうこら、
「おっと、ボカロ
「あーっとぉ、手が
「ゲファゥ!」
千咲は遠慮なく、少しヒールの高いサンダルで朔也の脚を踏んだ。
手が滑ったと言いつつ、踏み
だが、二人共笑顔だ。
そして、笑顔の千咲は優輝にとって理想の美少女……誰もが
でも、中身はおっさん全開だったが。
そして、アキバスタイルで決めた朔也も指抜きグローブの拳に親指を立てる。
優輝もちょっと面白くて、二人をいじりつつ探ってみた。
そういう話題が女の子は好きなんだと、漫画や小説で呼んだ。
こうしていると、自分が本当に普通の女の子になれたような気がして嬉しかった。
「でも、正直どう? 朔也、千咲は」
「あー、アリかナシかで言えばですなあ……」
すかさず千咲が「
ツッコミの手でペイッと朔也を
そして、思案を
「どっちかというと好きでござるが、
「アタシはLIKEかー、そうか! LOVEではなくLIKEととく、その心は?」
「
「おあとがよろしーよーでー! ……ってか、なんだそりゃ」
「千咲氏の顔がロリロリしてて、胸がぺったんこで、身長ももっと小さくて……その上に小生を『おにいたま』って読んでくれる
「そりゃもう別人やがな! なんてなっ、ナハハ!」
とても穏やかな、笑いに満ちた時間だった。
優輝にとってかけがえのない友人達。その一人一人が友人同士で、全員が全員に同じ気持ちをもっていると確信できた。それが今は、とても嬉しい。
だからちょっと、肩に
多分、優輝はシイナが好きかもしれない。
それは、シイナが優輝をどう思ってるかへ好奇心を向けさせる。
知れば期待は裏切られ、この楽しい関係が終わってしまうかもしれない。
でも、好きだ。
きっと、多分。
おそらく、確実に。
自分を女の子でいさせてくれる初めての人は、誰よりも女装が似合う男の娘だった。
そんなことを思いつつ、進展には焦らず急いでいない優輝だった。
ただ、好意をどうやって表現したものか、それだけが悩みといえば悩みだった。
なにせ、優輝は普段は女性らしさや女の子のかわいさが
「おっ? 見ろ見ろ朔也! 海だーっ!」
「海キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 優輝氏、シイナ氏を起こすでござるよ!」
朔也が立ち上がって、窓に張り付いた千咲に顔を並べる。
窓の外を流れる風に、微かに
そして、広がるパノラマが青一色に染められる。
電車は今、海沿いの線路を軽快に走っていた。晴れ渡る空の彼方まで、大海原が広がっている。空色と海色が交じる水平線が、太陽の光にキラキラと輝いていた。
優輝も絶景に目を細めつつ、そっと肩を揺する。
「シイナ、起きて。ほら、海に来たよ」
「ん……ふぁ?」
「外、見て」
「……わあ!」
寝ぼけ眼でまぶたを擦りつつ、シイナが優輝を見上げてくる。
身を乗り出すシイナと一緒に、優輝も肩を並べて窓に並ぶ。
四人を迎える海岸線は、どこまでも電車の向かう先へと続いていた。
「優輝、見て! 海っ、海だよぉー!」
「ふふ、とうとう来たね。四人で海へ」
「うんっ! ……凄い、やっぱり綺麗。綺麗だよぉ」
「うん……とっても綺麗な海。やっぱり来てよかった、これもみんなのおかげかな」
だが、その時海へと視線を放る優輝は気付いていなかった。
頬と頬とが触れそうな距離で、シイナが見上げていることを。
自分の横顔を見上げて、シイナが再度「……綺麗」と呟いたことを。
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