第15話「シーサイド・ラン」

 緑の森が車窓を流れる。

 大自然のりなす夏の絶景に目を細め、御神苗優輝オミナエユウキ頬杖ほおづえ突いて風を浴びていた。

 各駅停車の在来線ざいらいせんは、片田舎かたいなかの町からド田舎の外れへと優輝達を運ぶ。

 好天に恵まれた夏休みのとある日、優輝は友人と四人で一泊二日の旅行に出かけた。雨宮千咲アマミヤチサキの厚意で、彼女の父親の会社が運営する保養地ほようちへの格安旅行だ。

 その主催者である千咲は、ヘッドホンを外して首にかけるや微笑ほほえんだ。


「なんか上機嫌じゃん? 優輝」

「ん、そうかも。考えてみたら、友達と外泊って初めてだから」

「こりゃー、秘密にしないと……ニハハ。全校女子を敵に回しちゃうぜよぜよ? こんなことがバレちゃったらさ」

「ふふ、私は別に……したってくれるみんなも大事だけど、同じくらい四人の時間は大切だから。……なっ、なに言わせるのさ、千咲!」


 にんまり笑う千咲は、ぐいと身を乗り出してくる。

 カタコトと走る一両編成の電車で、ボックス席の四人は思い思いの時間を過ごしていた。千咲は先程まで音楽の世界に没頭していたし、今も柏木朔也カシワギサクヤは電話帳みたいな分厚い本と格闘している。一心不乱にメモを取りながら、彼はコミケカタログとやらにご執心しゅうしんのようだ。

 そして、ご就寝しゅうしんな仲間がもう一人。

 優輝の隣を指差し、千咲はニヤニヤ笑いながら目を細める。


「それにしても……シイナってばかーわいー! ……ねね、なんかあった? 優輝」

「ん……でもほら、シイナだって男の子だし」

「男のでも?」

「そう、男の子なのさ」


 優輝の隣では、シイナ・日番谷ヒツガヤ・ラインスタインが静かな寝息をたてている。先程まで携帯ゲーム機で遊んでいたが、今ははしゃぎ疲れて眠っているようだ。優輝よりずっと背の低い彼は、遠慮なく肩によりかかって時折ムニャムニャと寝言をつぶやいている。

 エメラルドのような緑髪に枕にされてて、なるべく動かぬように優輝は景色を楽しんでいた。


「しっかしびっくりだよー! 優輝、なに? なんか進展あった?」

「進展、って……えっと、特には。っていうか、なに? 千咲、私とシイナは――」

「だってさー、二人共今日は服が真逆まぎゃくなんだもん。これは気になるぜよぜよ、なんてな! わはは! でも、いいじゃん。似合うよ、優輝。シイナは……かわいすぎて微妙だけど」


 素直に勇気は千咲に礼を言う。

 今日の優輝は、いつものパンツスタイルではない。先日、シイナが選んで買ってくれたワンピースを着ていた。帽子もサンダルも、全部シイナが選んでくれたコーディネイトである。その姿は、本当にお嬢様みたいだと自分でも思う。少年のように短く大雑把おおざっぱに切った髪型さえ、きらびやかな着こなしの中では楚々そそとした可憐さに感じた。

 そして、隣のシイナも普段とは違った。

 大きなリュックサックを背負って現れた彼は、女装をしていなかった。

 それは、皆が初めて見る学校以外でのシイナ少年の姿だった。

 サファリ色の半ズボンにシャツで、まるでナントカ探検隊みたいだ。

 でも、やっぱりシイナはなにを着てもかわいかった。

 髪型も今日は、長い長い髪を先まで三つ編みにっている。


「シイナさー、男装するとショタっぽいよね。うんうん……ショタみを感じるなあ」

「やだなあ、千咲……なんか目元がエロオヤジっぽいよ?」

「だってさー、二人してしめし合わせたように美少女美男子になっちゃって。でも、なんかいいなー? アタシもなんか、イケメン男子と急接近したいなー」


 などと言っていると、千咲の隣で朔也が顔を上げる。

 彼は眼鏡めがねのブリッジを指でお仕上げつつ、ニヤリと笑った。


小生しょうせいがアップを始めたようです……で? どこにイケメン男子とナイスカップリングしたくてアクセプトな美少女が? どこに?」

「おうこら、酢豚すぶたにすんぞー? 隣にいるだろ、隣に」

「おっと、ボカロちゅうなら約一名」

「あーっとぉ、手がすべったあ!」

「ゲファゥ!」


 千咲は遠慮なく、少しヒールの高いサンダルで朔也の脚を踏んだ。

 手が滑ったと言いつつ、踏みにじった。

 だが、二人共笑顔だ。

 そして、笑顔の千咲は優輝にとって理想の美少女……誰もがうらやむスマイルとスタイルの乙女だった。キュロットスカートにヘソ出しシャツで、上から長めのサマーコートを羽織はおっている。ベースボールキャップも彼女の魅力を十二分に引き出していた。

 でも、中身はおっさん全開だったが。

 そして、アキバスタイルで決めた朔也も指抜きグローブの拳に親指を立てる。

 優輝もちょっと面白くて、二人をいじりつつ探ってみた。

 そういう話題が女の子は好きなんだと、漫画や小説で呼んだ。

 こうしていると、自分が本当に普通の女の子になれたような気がして嬉しかった。


「でも、正直どう? 朔也、千咲は」

「あー、アリかナシかで言えばですなあ……」


 すかさず千咲が「YESイェス!OKオッケー!か、どっちだよ!」とツッコミを入れる。

 ツッコミの手でペイッと朔也を小突こづきつつ、さらりとボケてくる。

 そして、思案をめぐらすようにうなった朔也は、バンダナ頭をポリポリとかいた。


「どっちかというと好きでござるが、LOVEラブではなくLIKEライクでござるなあ……デュフフフ」

「アタシはLIKEかー、そうか! LOVEではなくLIKEととく、その心は?」

真ん中ストライクゾーンだけが違うのですぞ!」

「おあとがよろしーよーでー! ……ってか、なんだそりゃ」

「千咲氏の顔がロリロリしてて、胸がぺったんこで、身長ももっと小さくて……その上に小生を『おにいたま』って読んでくれる丹下桜タンゲサクラ様な声の妹属性だったら告白するですぞ?」

「そりゃもう別人やがな! なんてなっ、ナハハ!」


 とても穏やかな、笑いに満ちた時間だった。

 優輝にとってかけがえのない友人達。その一人一人が友人同士で、全員が全員に同じ気持ちをもっていると確信できた。それが今は、とても嬉しい。

 だからちょっと、肩にほおを寄せる体温が複雑だ。

 多分、優輝はシイナが好きかもしれない。

 それは、シイナが優輝をどう思ってるかへ好奇心を向けさせる。

 知れば期待は裏切られ、この楽しい関係が終わってしまうかもしれない。

 でも、好きだ。

 きっと、多分。

 おそらく、確実に。

 自分を女の子でいさせてくれる初めての人は、誰よりも女装が似合う男の娘だった。

 そんなことを思いつつ、進展には焦らず急いでいない優輝だった。

 ただ、好意をどうやって表現したものか、それだけが悩みといえば悩みだった。

 なにせ、優輝は普段は女性らしさや女の子のかわいさが皆無かいむなイケメン女子だから。


「おっ? 見ろ見ろ朔也! 海だーっ!」

「海キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 優輝氏、シイナ氏を起こすでござるよ!」


 朔也が立ち上がって、窓に張り付いた千咲に顔を並べる。

 窓の外を流れる風に、微かにしおの香りが混じった。

 そして、広がるパノラマが青一色に染められる。

 電車は今、海沿いの線路を軽快に走っていた。晴れ渡る空の彼方まで、大海原が広がっている。空色と海色が交じる水平線が、太陽の光にキラキラと輝いていた。

 優輝も絶景に目を細めつつ、そっと肩を揺する。


「シイナ、起きて。ほら、海に来たよ」

「ん……ふぁ?」

「外、見て」

「……わあ!」


 寝ぼけ眼でまぶたを擦りつつ、シイナが優輝を見上げてくる。

 まなじりに涙を浮かべた彼の瞳は、そのまま外の景色を受けて輝き出した。

 身を乗り出すシイナと一緒に、優輝も肩を並べて窓に並ぶ。

 四人を迎える海岸線は、どこまでも電車の向かう先へと続いていた。


「優輝、見て! 海っ、海だよぉー!」

「ふふ、とうとう来たね。四人で海へ」

「うんっ! ……凄い、やっぱり綺麗。綺麗だよぉ」

「うん……とっても綺麗な海。やっぱり来てよかった、これもみんなのおかげかな」


 だが、その時海へと視線を放る優輝は気付いていなかった。

 頬と頬とが触れそうな距離で、シイナが見上げていることを。

 自分の横顔を見上げて、シイナが再度「……綺麗」と呟いたことを。

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