第14話「オン・ザ・ワンピース」

 御神苗優輝オミナエユウキ困惑こんわくしていた。

 別世界に連れてこられたようで、自分が場違いではとうろたえてしまう。

 水着を選び終えたシイナ・日番谷ヒツガヤ・ラインスタインは、彼女を連れて百貨店から街に出た。手慣れた様子でスマホを操作しながら、アパレル関係の大きなブティックへと物怖ものおじせずに入ってゆく。

 因みに優輝は、服にあまり頓着とんちゃくがない。

 ユニクロで済ませてしまうことが多いし、サイズが合って不衛生でなければOKだ。

 かわいい服が死ぬ程大好きだが、それが自分に似合わぬことを知っているのだ。

 そんな彼女にシイナは、あっという間に服を選んでしまった。

 店員がエアロビインストラクターみたいな笑顔で褒めてくれる。


「まあまあ、お客様! 大変お似合いかと」

「いや、そんなはずは……ないと、思いますけど」

「いいえ、すらりと背が高くて、綺麗にせていらっしゃいますもの。ささ、試着してみてください」

「いや、それは――」


 ちらりと優輝は、助け舟を求めてシイナを見やる。

 だが、彼女は既に次の獲物を求めて店内を物色中だ。

 ちょっと踵の高いサンダルを見たり、ハンドバッグや帽子をあれこれ探している。優輝の視線に気付いた彼女……否、はニコリと微笑ほほえんだ。


「あ、優輝っ! 足のサイズはいくつ?」

「えっ、あ、えと……23.5」

「オッケー、23.5だねっ!」

「ま、待ってシイナ! ……あの、これ」


 優輝の手に今、シイナが選んだ服がある。

 白いノースリーブのワンピースで、スカートの丈は長すぎず短すぎず。ふんわりフレアスカートのように広がる手触りは、まるで軽井沢あたりで御嬢様おじょうさまが着るサマードレスだ。

 無理である。

 これを着るのは駄目だ。

 そんなコーデを渡された優輝は、Tシャツにジーンズだ。

 似合う訳がないのである。

 目の前にいるシイナとは、優輝は別の生き物なのだ。

 性別を超え、完璧な美少女になってしまうシイナ。

 それは優輝も同じで、パッと見れば中性的な美男子だと思われることが多い。

 それがこんな女子女子ジョシジョシ!した服を着るなんて、考えられなかった。

 だが、サンダルを持ってきたシイナは、店員に声をかけつつやってくる。


「優輝、絶対似合うよ! それ、着てみてっ」

「で、でもぉ」

「サンダルはこれがいいかな。あと、帽子! あとで帽子も見よっ!」

「シ、シイナ、あの」


 オロオロとうろたえつつも、優輝は試着室へと追いやられる。

 店員も微笑ましい二人でも見るかのように、営業スマイルとは別種の柔らかさで頬を崩していた。

 なによりシイナが、いつになく押しが強い。

 彼女は優輝を試着室に立たせると、カーテンを握って笑った。


「優輝、自信を持って。ボクは女の子に見えるだけだけど、優輝は本当に女の子なんだから。ボク、優輝に知って欲しい……本当の自分を。だから、えっと……日本語でこういう時は、んと……ほだされたと思って!」

「だ、だまされたと思って、だよね?」

「そう、それ! 騙されたと思って!」

「ホントにもぉ、だまうちだよ、こんなの……わかった、着る」

「うんっ! じゃ、外で待ってるね」


 そう言ってシイナは、カーテンを閉じた。

 もはや逃げ場ナシ……改めて手の中の服を見て、優輝は溜息を零す。

 憂鬱ゆううつな溜息ではない。

 確かに自分が着るかと思えば嫌なことを思い出す。あれはそう、確か小学校の学芸会だった。まだ小さかった優輝は、普通の女の子らしくお姫様にあこがれていたことがある。

 だが、優輝は……

 ガキ大将のいじめを止めてマブダチになってしまうレベルのわんぱくさんだった。

 その上で勉強もスポーツも出来たから、女子にも人気の王子様だったのである。

 だが、学芸会で劇をやる時……運良く、お姫様の役を引いたのだ。

 それが悲劇を呼んだ。


『せんせーい! おみなえ君に合うサイズの衣装がありませーん!』

『おいおい待てよ、ゆうき! お前、王子の俺よりデケェじゃん!』

『ちょっと男子ー! もぉ……おみなえ君、気にしないでね。はいこれ、胸パット』

『大丈夫だよ、おみなえ君ならスカートでも全然アリだと思うから!』


 ヤなことを思い出してしまった。

 でも、今でもはっきり覚えている。

 半べそで帰ったら、忙しい母が徹夜で特注サイズのお姫様ドレスをってくれたことを。凄く綺麗なドレスで、母はそれを着せてくれて、頑張れと言ってくれた。しかし、本番に挑んだものの、王子様はセリフを忘れるわ、ドラゴン役は大暴れするわで……結局優輝は、王子様から伝説の剣を奪うやドラゴンを退治、妖精さんと魔女の両手に花でハーレムエンドという、とんでもないアドリブで舞台を乗り切ったのだった。

 あれ以来、スカートをほとんどはいていない。

 学校でも理由を作っては、ジャージで過ごすことが多かった。


「ま、昔のことはいいけどね……で、これだ。これですよシイナ、これ……どうなの?」


 改めて渡された服を見る。

 清楚せいそ可憐かれんな御嬢様が、アラアラウフフという感じで着てるやつだ。映画やアニメなんかでよく見る定番、白ワンピだ。はっきり言うと、好きだ。好みだ。だが、自分が着たいかと言うと、全くそういう考えには及ばない。

 いて言うなら、シイナに着て欲しい。

 けど、今日のシイナは既にサマードレスだ。

 水色の涼し気なワンピースが、緑がかった髪によく似合う。

 で、優輝には白ワンピを着ろと彼は言うのだ。

 悩んでしまうが、外でシイナが店員と話している声が聴こえてくる。


「仲がいいんですね、姉妹? お姉ちゃん、モデルさんみたいね」

「あっ、姉妹ではないんです」

「あら、そう? ごめんなさいね。とっても親密そうに見えたから……」

「はいっ! ボク、優輝と親密なんです。仲良しっ! ……もっと、仲良しになりたいから。こんな楽しみな夏、ボク初めてだから」

「あらあら……じゃあ、帽子も選ぶ? とっておきのがあるわよぉ!」

「ホント? 見せて見せてっ!」


 外の声を聴きつつ、優輝は覚悟を決めた。

 これを着た瞬間、自分はシイナと別の意味で『どう見ても女装した男子』に見えてしまうだろう。それでシイナも諦めてくれるだろうし、そもそもシイナは悪気なく服を選んでくれたのだ。優輝の好みにクリーンヒットな、憧れの白ワンピを。

 そして、シイナは似合うと思ってくれている。

 なら、もしかしたら……そう思って、シャツを脱ぐ。

 慣れぬ手つきで着てみたが、鏡を見る勇気はなかった。

 ええいままよ! と、カーテンを左右に開け放つ。

 店員と帽子をアレコレ選んでいたシイナが振り向いた。

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、シイナはパァァ! と笑顔を咲かせた。

 店員も頬を染めて何故なぜだかクネクネし始める。


「優輝っ、凄く可愛いよ!」

「ええ、ええ! お客様、大変お似合いです」


 信じられない。

 慌てて優輝は振り返る。

 試着室の鏡の中に、見たこともない美少女が立っていた。

 適当に切り揃えた髪も、少し日に焼けた肌も……腰のくびれ以外に起伏の全くない体つきも。優輝を構成するあらゆる要素が、純白のワンピースに凝縮されて一変していた。

 まるでその名の通り、優輝という少女に足りなかった最後の一欠片ワンピースが埋まったようだ。


「これが……私?」

「優輝、とっても綺麗! ボクね、思ったの。優輝は背も高いし、顔立ちも凛々りりしいから……変にギャルギャルかわいい服より、清潔感と清涼感で押すといいなって!」

「き、綺麗って……もう、シイナ……は、恥ずかしいよ」


 だが、店員も大きく頷いてくれる。

 確かに、時々チャレンジしては挫折し、再チャレンジと再挫折を繰り返してきた服とは違う。自分でかわいいなと思う服は、確かにかわいい……しかし、優輝は自分に似合うかわいさを知らなかったのだ。

 チョイロリや身体のラインが出過ぎる服より、普通でよかったのだ。

 他にもシイナは、ちょっと大人っぽいパンツスーツなんかを着せてくれる。

 これも似合ったようで、着せられるままに優輝は驚き固まってしまった。

 最後にシイナは、金色のカードを出して「全部ください!」と店員に渡す。

 慌てて着替えを終えた優輝は、あわあわと財布を出す。

 シイナは笑ってそれを遮った。


「今日付き合ってくれたお礼! あと、いつものお礼! で……優輝。お願いがあるんだけど。あの白いワンピース、四人で海に行く時に着て欲しいなっ! ね?」

「え、あ、いや……それよりお会計を。こんな高いもの」

「もーっ、いいからいいから! ボク、親に放任主義で放っておかれてるから、毎月普通に食べて暮らしてるだけじゃ持て余しちゃうの。いいでしょ? 少しくらい」

「で、でも」

「悪いなーって思ったら、今度の旅行! ボク、楽しみにしてるねっ!」


 そう言って、シイナはそっと身を寄せて優輝を見上げてくる。

 レジの方で店員が包装紙と格闘し始めたのを見て、視線を逃していると……背伸びしたシイナは、そっと吐息で肌をくすぐってくる。耳に直接吹き込むように、彼は静かに誘惑の言葉を忍ばせてきた。


「ボクも……旅行はなるべく、ちゃんと男の格好もするから。ね? 優輝」

「えっ? いや、でもそれは」

「たまーにねっ、たまに! たまに、凄く……うん、とっても……優輝の前では男の子でいたいかも。ちょっと、頑張ってみよーかなって。駄目?」

「うっ、ううん! そ、そんなことない! ……じゃあ、そする?」

「うんっ! じゃー、次はコスメの店に行くよ! カバンも見ないとね!」

「あ、ちょっと、シイナ!」


 シイナは大きな大きな買い物袋を受け取ると、店員が差し出した用紙にサインをした。そして、優輝の手を握って歩き出す。

 このあと優輝は、初めて手にする化粧品の山と、新しいオシャレなカバンを手に入れる。

 会計は全部シイナが払ってくれたが、凄く悪いような気がした。

 そのことを素直に告げたら、「じゃあ、身体で払ってね!」とシイナは茶化して笑うのだった。

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