第12話「ミッドサマー・ドリーム」

 あの日から、御神苗優輝オミナエユウキとシイナ・日番谷ヒツガヤ・ラインスタインの距離はぐっと縮まった。

 勿論、雨宮千咲アマミヤチサキ柏木朔也カシワギサクヤといった仲間との、仲良し四人組は健在だ。今日もこうして、初夏の夜に朔也の家に集まっている。悪いなと思いつつ、ついつい優輝はこの部屋に来てしまう。

 母のアキラは、家にいないことが多い。

 朔也の家にくれば、ほぼ毎回千咲がいたし、なによりシイナがいてくれた。

 今日も今日とて、優輝はシイナと漢字の特訓に明け暮れていた。

 その横では、朔也が千咲と対戦ゲームに興じている。


「あっ、こら朔也! おーまーえーはー! ハメんなこらー!」

「デュフフ、小足こあし見てから昇竜しょうりゅう余裕ですぞ」

「汚いなさすが忍者きたない……美少女には手加減しろって学校で習わなかった?」

「どこに美少女が? おお、シイナたんでしたら小生の横で、ゲファ!?」

「ごめーん、手が滑った」


 コントローラーを振り回しながら、右に左にとキャラに合わせて千咲は揺れていた。苦戦中だった彼女は、手が滑ったなどと言いつつ朔也の豊満な脇腹に蹴りを放つ。

 勿論、ポスリと押しただけのキックだったが、大げさに朔也はのけぞった。

 ふと気付くと、隣で見ていたシイナもクスクスと笑っている。

 勉強を初めて二時間、そろそろ集中力も切れてくる頃だ。

 なにより、サブカルチャーの楽園みたいな朔也の部屋に来ておいて、勉強しかしないというのはシイナにはこくというものだ。


「そろそろ今日はこの辺にしようか、シイナ。ゲームでもしよう」

「うんっ! エヘヘ、でも随分漢字も書けるようになったよ」

「だね。左右や上下も間違えなくなったし」


 涙ぐましい努力、という程でもないが、シイナはいつも一生懸命だ。頑張ってるからつい、優輝も応援してしまう。

 それに、自分から支えて助けたいと思う。

 なんだかもう、他人のような気がしないのだ。

 それを知ってか知らずか、シイナはどんどん優輝になついてくる。学校でもいつも一緒で、時々千咲や朔也にからかわれるくらいだ。

 シイナのことを好きなのかどうか、それが優輝にはよくわからない。

 ただ、全く女らしさがない自分を否定しないことが、とても嬉しい。


「ねね、千咲。ボクと代わって? かたき、とったげる!」

「よーし、我が弟子シイナよ! ゆけーい!」

「はーいっ」


 コテンパンにフルボッコだった千咲は、シイナにコントローラーを渡して場所を替わる。優輝はあまりゲームは得意ではないが、人のプレイを見ているのは好きだった。ゲームの女性キャラクターは、みんなかわいい服を着ている。ちょっとエッチな露出の凄いものも着ている。時々、脱ぐ。

 ああいうのは男の子が好きなんだろうなと、漠然ばくぜんと思いつつ……そういう綺羅きらびやかな衣装のかわいさには憧れてしまうのだった。

 そうこうしていると、千咲は飲み物を片手に優輝に語りかけてくる。


「ねね、優輝。夏休みの予定とかある?」

「んー、特に。母さんも忙しいし、家でゴロゴロしてるかな? ……あっ、あと……その」

「んー? なーに?」

「……一夏ひとなつの、恋を……してみたい、って、なに言わせるかなあ。もっ!」

「恋! いいねえ、アバンチュール……夏の思い出、欲しいねえ! ニシシシシ」

「千咲、なんか目がやらしい」


 親しげに肘で小突いてきながら、千咲はゲーム中の二人の背中にも語りかける。


「この四人でさ、海に行かない? 海!」


 ――海。

 久しく泳いでいない優輝の心が、あっという間に常夏の楽園へと飛んだ。

 青い空、青い海、灼けた白い砂浜に歓声が響き渡る。燦々さんさんと輝く太陽の下、水着で男女がたわむれ遊び、ふれあいの中で気持ちも身体も交わる一時。

 すぐに妄想してしまって、思わず優輝は顔が熱くなった。

 そして、シイナが固まってしまったことに気付けない。

 朔也はシイナと高レベルな技の攻防を繰り広げながら笑った。


「いいですなあ、海! 小生しょうせい、光の速さで歩いて参加しますぞ」

「オッケー、優輝も来るよね? シイナは? ……あれ、シイナ?」


 シイナはなんだか、カチコチに固まってしまっていた。

 そして、その手だけが別の生き物のようにキャラクターを操っている。シイナは画面を見たまま、シュボン! と耳まで赤くなった。


「あっ、ああ、あの! あのね! ボッ、ボボ、ボク……海、好き。でも……その」

「ん? 泳げないとか? 大丈夫だよ、優輝が教えてくれるし……手取り足取り」

「で、でも、千咲……あの、みんなも。ボ、ボク……その……ええと!」


 あわあわと混乱しながらも、シイナはゲームをやめない。

 そして朔也が「むぅ、こ、これは!?」と神妙な顔になる。

 シイナの操るゲームのキャラクターは、対戦する朔也のキャラクターへと猛攻撃を見せ始めた。急に動きが鋭くなって、あっという間に空中コンボへと浮かせてしまう。

 どこでやりこんだのか、凄いテクニックだ。


「ボクね、んと、んとぉ……あの、変だと思われるかもしれない、けど……あのね」


 ボスバス、バキッ! ドゴァ、ガキーン!

 どんどん朔也のキャラがライフを奪われていく。

 そして、地面に落下することなく浮き続ける。


「ボク、水着……着たいの。あの、できれば……迷惑かも、だけど……かわいい、やつ」


 ドスドス、パッカーン! コワーン、シャキーン!

 とっくに真剣になっていた朔也だったが、為す術なく呆然と画面を見詰めている。

 ライフが半分を切っても、シイナの即死コンボは止まらない。


「……ボク、女の子の水着、着たくて……へ、変かな。あの、見苦しくないように、するし……な、なんか、男の子の水着は……は、恥ずかしいんだよぉ」


 ビシバシ、スパコーン! バチコバチコーン、ブッピガーン! ケィオゥ!

 朔也が力なくコントローラを落とした。

 結局彼の自信の持ちキャラは、画面端まで空中を運ばれた挙句、ライフがゼロになって負けた。倒れたキャラをまだ、シイナは一生懸命拾い続けて追い打ちしていた。

 そして、ゆっくりと振り返る。


「みんなと、海……行きたい。駄目なら、男の子の水着に、する、けど……」


 凄く恥ずかしいのか、顔が真っ赤で目がうるんでいる。

 優輝はシイナの水着姿を思い浮かべた。

 うん、イイ。

 大丈夫だ、問題ない。

 むしろ……一番イイ水着を頼む。

 可憐な女装美少年シイナの水着は、なにを想像してもキラキラ輝いて見えた。

 ふむ、と唸った朔也がシイナの華奢きゃしゃな肩に手を置く。


「シイナ氏、気にすることないですぞ? 好きな水着で泳げばおk……なに、優輝氏もバランスを取るために男の子の水着を着ますし。どっちもウェルカムですぞ!」

「そ、そうだよシイナ、気にすることないよ! ……って、朔也!? 私は着ないよ、男用なんか。……で、でも、それでシイナが元気になるなら。あ、いや、ダメ! それ絶対ダメ!」


 慌てて優輝が否定すると、千咲も続けて声をあげた。

 女子コンビ、ただし片方はイケメンという二人組の言葉に、シイナはようやく顔をあげる。もはや半べそ状態だが、それがまた胸の奥をえぐってくるようなかわいさだ。


「アタシ、気にしないよ? シイナ、隣の県だし、ほぼほぼプライベートビーチだから、気にしなくていいって。YOUユー! 着ちゃいなYO! なんて、ナハハ、ハハハ」

「千咲……いいの?」

「ただし、条件が一つ! あ、プライベートビーチってのは、その……うちのオヤジの会社、牛丼屋じゃん? 社員の福利厚生のために、保養所っていうか、社員用海水浴場があんの」


 流石は社長令嬢である。

 学校ではかぶっていたネコをかなぐり捨てたが、それで千咲の身分が変わることはない。むしろ、誰もが遠巻きに高嶺たかねの花とでていた少女は、とほうもない活力に満ちたラジカルな女の子なのだ。

 因みに全国に八百店舗を誇る牛丼チェーン店、ガチ屋が彼女の実家だ。

 そして、ズビシィ! とシイナを指差し、千咲は言い放つ。


「シイナ、! 優輝も、いい? この子ならなに着ても似合うけど、一人じゃ買い物も寂しいしさ」

「え、あ、じゃあ……四人で土曜にでも」

「ごめーん! アタシ土曜はちょっと用事があって。朔也も予定が詰まってたよね!」

「小生は別にオールデイズ暇ですぞ、グフフ、ゲファゥ!」

「おーっと、また手が滑った」


 千咲は裸足でむんずと朔也の顔面を蹴って踏んだ。そのままグリグリしながら無言の視線で返事を待つ。


「おふぅ、なんのご褒美ほうび……そ、そういえば小生、今週の土曜日は新作ゲームの予約をせねばならず……忙しいので。ふ、二人で行きてくるのが、いい、かと」

「っしゃ! そういうことなんで、優輝! シイナのことよろしくね!」


 完全に千咲は『いいってことよ!』と、なにかを成し遂げた顔をしていた。呆気にとられていた優輝だが、シイナが嬉しそうに微笑むので、何度も首を縦に振るのだった。

 とりあえず土曜、なに着ていこう。

 困ってしまったが、シイナがなにを着てくるかは知っている。

 かわいいおとこの隣に自分が立つことを想像したら、自然と顔が火照ほてるのだった。

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