第8話「クリティカル☆デッドボール」
あの夜を経て、
相変わらず全校女子にワーキャー言われる。
最近は
むしろ、二人の人気が急騰している。そしてやはり、優輝は美少年で王子様で、それは男子が見てもそうだった。
なにも変わってない。
相変わらず
「まあ、なにが変わったということもなく……か。どれ!」
グイとジャージを腕まくりして、バットを片手に優輝はバッターボックスに立つ。
どういう訳か運動部や文化部を問わず、昔からやたらと部活動で助っ人を頼まれる。母親譲りの運動神経を持つ健康優良児なので、どんなスポーツでもすぐに自分の力が発揮できた。
勿論、頼まれると嫌とは言えないし、困っている人は見過ごせない。
それ以前に、もしや出会いがあるのではと思う程度には恋に飢えていたのだった。
相手校の野球部員たちは、タイムを取ってマウンドに集まる。
市内の高校では自分は有名人らしいが、正直優輝は嬉しくない。
「頼むぞーっ! 御神苗!」
「サインを送るっ、お前に全てがかかってるんだぁーっ!」
「気負うなよ、相手はたかだか甲子園ベストエイトだ!」
因みに、うちのチームは万年一回戦敗退の弱小校である。
だが、公式戦ならいざしらず、練習試合なら話は別だ。何故なら、結構頻繁にピンチヒッターで優輝が参加しているからだ。
でも、ちょっと思う。
たまには相手校から「おいおい女子は駄目だろ女子は」とか言われてみたい。もっと願望丸出しで言うと「美しいお嬢さん、バットなんか握って手にタコを作っちゃいけませんぜ
だが、現実にはジャージ姿の美少年、それが御神苗優輝の全てだった。
やがて相手のチームは守備位置を深く取り、ゲームが再開される。
「で、サインはっと……って、そんなまた、無茶苦茶な」
ちらりと見たベンチでは、部長がサササッ! と、本来ありえないサインを送ってくる。意味するところは一つ、ホームランを打て! である。残念ながらおめでたい頭の部員が多い我がチームには、こうした脳天気なサインが存在するのだった。
だが、優輝は苦笑しつつも拒否せず首を縦に振る。
そして、バットを長めに持って身構えた。
振りかぶったピッチャーが、何度もキャッチャーのサインに首を横に振る。
優輝がホームランで二塁ランナーと一緒に生還すれば、逆転である。
この打席が勝負の分かれ目ともなれば、相手は慎重だった。
ひりつくような空気の中、ピッチャーは第一球を振りかぶって、投げた。
「っと、打ちごろ、イタダキッ!」
キィン! と快音が空気を引き裂いた。
さも自分たちチームの実力だと言わんばかりの、我が校のナインが少し恥ずかしい。
代打でひょっこり現れた奴に初球を運ばれ、相手のナインも少しかわいそうだ。
優輝は優輝で、一塁二塁と回りつつ……不謹慎なことを考えていた。
「……ホームインと同時に、新しい恋にゴールインできないかなあ。できないよねえ」
なんて思いつつ、先にホームインしたランナーを見やる。
無事に同点のホームベースを踏んだレギュラーの彼は、部長たちにもみくちゃにされていた。キミたち、おいおいキミたち……助っ人のホームランで勝った練習試合で、それはないんじゃないの……なんて思わない。
いつ見ても、スポーツに打ち込む男子って、イイ。
凄く、イイ。
そうこうしていると、優輝も逆転のダイヤモンド一周旅行を終える。
短い旅路を経てホームベースを踏むと、野球部の皆が優輝を取り囲んだ。
ちょっとよく見たら、部長の三年生はイケメンで、わりと好みだ。
「おっしゃあああああ! 先輩、やっぱ優輝を野球部に入れましょうよ! 今年こそ二回戦にいけますよ、地区予選!」
「バッキャロォ! 小さいこと言うなっ! 優輝がいてくれれば、三回戦突破だって夢じゃねえ! いいか、目標はでっかくないとな」
「そういや優輝……お前なんで野球部に入らないんだ。あ、そうか!」
そうだよ、そうなんだよ。
私は女の子なんだよと思ったが、言い出しにくい。
肩を組まれてバシバシ叩かれつつ、やはり勝利に貢献したんだと思えば少し嬉しい。それに、部長は本当に嬉しそうに笑っていた。
優輝はそれなりには知ってる。
チャランポランな弱小野球部だが、普段から真面目に頑張ってるのだ。
頑張ってる人たちには、たまに少しだけいい思いをして欲しい。
そう思うからつい、呼ばれる
「そうだった、優輝はサッカー部なんだよな!」
「あれ、柔道部じゃなかったっけか?」
「ちげーよ、バスケ部だって」
「いやいや、バレー部だろうがよ」
全部ハズレである。
帰宅部なのである。
そして、女子だから男子の部活には入れないのである。勿論、マネージャーなんてガラじゃないし、見てるとうずうずしてしまうくらいには運動は好きだ。
そんなことを思っていると、突然……優輝は部長の三年生に抱き締められた。
分厚い胸板に顔を埋めて、背の高い上級生を見上げる。
ハイ、恋に落ちました!
チョロい。
チョロ過ぎる。
しかし、キュンときて、ズキューン! と心を撃ち抜かれた気がした。
白い歯を零して部長は笑っている。
「優輝っ! お前って奴は……いつもありがとう! 本当に助かるぜ!」
「あ、いや……その、えと、近い、です」
「なんだよ、水臭い奴だな! よーし、とりあえず全員で整列だ! スポーツは礼に始まり礼に終わる! ……このあと、暇か? 優輝」
「えっ!? そ、それって」
今日はスーパーへ買い出しに行く予定だが、それは明日でもいい。
暇です。
暇になりました。
はいきた、暇でした!
……チョロい、チョロすぎる、チョロインまっしぐら。
テンションが上ってゆく中で、真っ赤になって優輝は何度も頷く。
しかし、部長はほがらかな笑顔でクイとスタンドを親指で示した。
「なあ、優輝……お前、雨宮さんと仲、いいよなあ?」
「あ、千咲ですか? ええ、まあ」
「彼女、最近凄くいいんだよ……前みたいなぽややかなお嬢様風なのもいいけど、なんつーかこう……最近、ちょっと
「……地が出たといいますか、まあ。うん、少し……ううん、凄く、いいですよね」
「だろ?」
両チームの選手が整列前に、軽く周囲を片付け始める。
そんな中で優輝は、部長がチラリと見るスタンドへ目を細めた。
そこには優輝を待っている千咲の姿があった。シイナも一緒で、二人は手を叩き合っている。最近は朔也を加えた四人で下校するのが当たり前になりつつあった。
そして、部長はどうやら千咲に気があるらしい。
「なあ、優輝。ちょっとお前、俺と雨宮さんとの仲を取り持ってくれよ。いや、難しいことしなくていいんだ! 一緒に帰ったりとか、ほら、あるだろ?」
「はあ……あ、いえ、それはちょっと。その……はぁ」
恋した瞬間、破れてた。
失恋する度、
そして、
そう、男子が好きなのは千咲みたいなかわいい女の子なのだ。スタイルがよくて、
そんな千咲と優輝とでは、性別が同じでも別次元のイキモノだった。
だが、やれやれとため息をつきつつ、優輝は笑う。
しょうがないなと笑えば、少し楽になる。
それに多分……千咲と部長を二人にしてやって、それでなにかが芽生えたら、それはいいじゃないか。千咲ならOKもNGもちゃんとはっきり言うだろうし。
そう思ってた矢先だった。
「そういや、転校生? あの生っちょろいの。凄い髪の色だよな。雨宮さんとあんなにくっついて……なあ、あれ同級生? なんだよー、ああいう女の腐ったみたいな奴がいいのかなあー、雨宮さん」
部長が悪気なく、何の気なしに呟いた。
それがちょっと、小さな
だから、整列を求めるアンパイヤの声に、優輝は両手で部長を押し出した。
「お、おいおい、優輝」
「部長、あの……私も、女の子、ですけど」
「はっはっは、またまたぁ……あ、あれ? そういや……そうだっけ?」
「そう、です、よっ!」
「そうかあ、道理で」
「道理で? ……道理で、華奢で? 道理で、いい匂いがして? 道理で」
「いや、それで部員じゃないのか。そっか……残念だな、はは」
残念なのはこっちである。
優輝は助っ人なので、早々にスタジアムを去ることにした。
でも、去り際ふと振り返って、駆け足で走る部長に言ってやる。
「それと、先輩! シイナは女の腐ったようなのって、そゆの……駄目ですからね!」
「ん? ああ、スマン! それより、雨宮さんとのこと、頼むな!」
「気が向いたら考えときます。じゃ、お疲れ様でした!」
「ああ! また頼むぞ、優輝! ……そっかー、あいつ女だっけか」
ちょっと
ちょっと
スタジアムを出た優輝を、シイナと千咲が笑顔で迎えてくれた。
だが、先程の言葉を噛み締めて優輝はこの後思い知らされる。
女の腐ったような、などという言い方は本当に好きになれないと。
同時に……女が腐るとどうなるか、その本当の意味を目撃することになるのだった。
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