第7話「キマシタワー、タテマシタワー」
だが、そのことを言っても、朔也は普段の笑みを浮かべるだけだった。
「ささ、
とりあえず優輝は、まだグズッてる
かわいそうに、連れられるままにフラフラと彼女は歩いた。
無理もない……
それが知られたショックに追い打ちをかけるように、彼女は見てしまった。
シイナのスカートの中を盗撮した写真を。
「えっと、とりあえずシイナ。もう大丈夫だから。ね? あと……えっと、千咲」
「終わった……アタシの人生、終わった。ああ、スタッフロールが見える……ふふ、アタシの声優ってあの人だったんだー、えーうそーやだー」
「……しっかりしようね、とりあえずこっち」
手のかかる二人を連れて、優輝は朔也の促す部屋へと入った。
3LDKのゆったりとしたマンションで、朔也は一人暮らしのようだ。だが、なんというか……異様に片付いている。物がない訳じゃない、むしろ高校生の一人暮らしにしては家電が充実してる。
だが、律儀に整理整頓が行き届いた部屋は清潔そのものだった。
そして、それは彼の自室も同じである。
そのことに驚いていると、朔也はペットボトルと人数分のコップを持って戻ってきた。
「ささ、優輝氏もシイナ氏も。それと、雨宮氏も。ざぶとんですぞ、座って座って」
「ありがと、朔也」
「なに、気楽な一人暮らし故に
「綺麗にしてんだね、偉いじゃないか。掃除も行き届いている」
「小生、オフ会などで我が家を使うこともありますからな。先日も24時間耐久アニメ鑑賞会などやりまして、盛り上がりましたぞう?」
フンスフンスと鼻息を荒げて、朔也が眼鏡を上下させる。
そういうところは無邪気な少年で、少年よりもずっと幼く見える。でも、
そして、さっきから腰にへばりついていたシイナが、ようやく落ち着きを取り戻す。
彼女は……もはや彼女としか認識できない格好の彼は、周囲をようやく見渡した。
「あ……ここ、朔也の部屋?」
「
「わあ……す、凄い! お宝ばっかりだよ、朔也!」
シイナは涙を指で拭って、驚きに目を見張る。
逆に、優輝は周囲の棚や机の上を見ても、いまいちピンとこない。
朔也は常日頃からオープンに、アニメやゲームの話をしている。マンガ本の貸し借りもよくするし、彼の持ってる本の美少女はどれもかわいい。だから、フィギュアやプラモが整然と並ぶ光景は普通に思えた。
むしろ、几帳面で真面目な彼の人柄が、行き届いた清潔感に滲み出ていた。
ようやく優輝から離れたシイナは、立ち上がって棚に釘付けになる。
「朔也、これエウロパヘヴンだよね! ボク、これ知ってるよ!」
「そうでござるよ、こっちが最初の髪型のエウロパ、で、こっちが最終話近くのエウロパ。そのちょっと前のエウロパ。そしてこれが、優輝氏に似ているベリーショートのエウロパ」
「ドイツだとこういうの、売ってないんだよなあ……やっぱ、似てる、よね?」
「似てますなあ、ゲフェフェ」
改めて見せてもらったが、どうだろう……微妙なラインだ。だが、自分の髪型は外から見るとこういう感じかと優輝は思う。それより、適度にフィギュアの少女は胸がある。そこだけははっきりと、優輝とは全然違うのだが。
でも、シイナはどうやら元気が出たようだ。
そして、優輝は改めて千咲に向き直る。
彼女は
「あのさ、千咲。えっと」
「……あら、優輝様。ごきげんよう、ここは……まあ、どこかしら。うふふ」
「ショック、だったんだろうけどさ。私たちはあんまし気にしないから、千咲も今後は自然にしてくれるかな? 勿論、今までのキャラがいいなら別に私たちは――」
「まあ、キャラ、ですか? ふふ、優輝様ったらおかしなことを。そうそう、聞いてくださいな。さっきわたくし、とても綺麗な女の子にあったんですの。ちょっと初音ミクに似た……あらやだ、初音ミクってなぁに? わたくしはお嬢様ですもの、ボーカロイドなんて知らないわオホホホ」
駄目だ。
完璧にノックアウトだ。
心配そうに朔也とシイナも戻ってきたが、千咲は目のハイライトが死んでいる。
「で、その
「落ち着いて、千咲!」
「てやんでえ、すっげえのはいてるじゃねえか! アタシだってそんなエロエロなの持ってねーよ、どうなってんだよ! しかも、しかもほんのり膨らんで……ぬおおおおお!」
「千咲、しっかりしなよ。えと、ちょっとごめんね」
どうすればいいかわからなかったが、咄嗟に優輝が選んだ行動。それは、うろたえオロオロ混乱する千咲を抱き締めることだった。
朔也とシイナが「キマシ!」「これがキマシタワーなんだね、朔也!」と身を乗り出してきたが、とりあえず落ち着かせる。自分の心音を聴かせて背をポンポン優しく叩いてやると、千咲はようやく静かになった。
昔、なにかの本で読んだことがある。
赤子を抱いてやると静かになるのは、母親の心音が近付くからだという。
そして、人の鼓動には気持ちを落ち着かせる効果があるのだそうだ。だったら優輝には自信がある。なにせ、
「あれ、アタシは……優輝、様?」
「千咲、大丈夫かい? 色々あって大変だとは思うんだけど」
「……バレてしまったんですのね。ってか……バレたかー、トホホ。アタシの血の滲むような努力がパーかあ。……ま、ちょっと気持ちが楽になった、かも、だけどさ」
優輝から離れた千咲は、小さく笑った。
そして「あ!」と思い出したように手を叩く。
それは、シイナが優輝の隣で頭を下げたのと同時だった。
「あの、千咲。今日はありがとう。ボク、びっくりしちゃって、
「あ、ああ! いいのいいの、女の敵って許せないから。……アンタ、気持ちはちゃんと女の子じゃん? そりゃ、その……で、でも。ん? あ、あれ、どうして? なんでアタシの名前知ってんの?」
「ボク、クラスメイトだよ? 今日、転校してきた」
「……なんじゃとてーっ! え、あ、おおおう? もっ、もも、もしかして」
「うん、シイナだよっ」
「マンゴスチン!」
今日の千咲は忙しい。
オーバーなりアクションでショックを表現して、そのまま彼女は固まった。
「え、じゃあ……シイナ、アンタ」
「うん、ボクは女装が趣味なの」
「じゃ、じゃあ……あのぱんつも」
「そ、趣味だよ? ……ちょっと、派手だった、かなあ?」
「なんつーか、その……金とれるよ、自信もって! あと、エロカワ!」
「ふふっ、ありがとっ!」
千咲はいったい、どんなぱんつを見たのだろう。
そして、優輝は思う。
隣で微笑むシイナは、どんなぱんつをはいているのだろう。
因みに優輝は、
そうこうしていると、脚を崩してあぐらをかいた千咲もようやく笑った。
「そっかあ、まあ……しゃーないな。ごめんなー、優輝。アタシ、ちょっとキャラ作ってた。……友達、欲しくてさ。結構ズケズケ言うタイプで、中学ん時失敗ばっかだったし」
「そっか。でも、私はどっちの千咲でも平気だよ? 千咲は千咲だし」
「ばっかおめぇ、イケメンすぎんだろー! ……サンキュな、優輝。朔也もシイナも、みっともないとこ見せちまった、にゃはは!」
なにか肩の荷が降りたようで、普段の清楚で可憐なお嬢様はそこにはもういない。
「いやさー、社長令嬢って言っても……うち、牛丼屋だから。牛丼チェーン店、ガチ屋ってあるじゃん? ガツガツ食ってガチムチ元気! ってCMのガチ屋」
「ああ、コマーシャルの」
「牛丼屋の娘だから、お嬢様って訳じゃないんだよねー。成金だし、そこまでお金持ちじゃないし。でもなんか、周りが勝手に盛り上がるから、ついついイイ顔しちゃって。……だから友達、できないんだよねえ」
グイッとコップのジュースを飲み干して、千咲が笑う。
少し寂しそうだ。
いつも笑顔で誰にでも愛想がいい、いつもの千咲じゃない。
だが、素顔の彼女も優輝は好きになれそうだった。
そして、無言で朔也がジュースを注いでやる。
朔也は部屋の明かりを眼鏡に反射させながら、ニヤリと笑った。
「千咲氏、友達できないですかな? とりあえずもう、三人ほど確保してるようですが……デュフフフ、どうですじゃろ」
「は? 三人って……」
「小生、千咲氏とは話が合いそうな気がしましてな。で? 初音ミクに似てる美少女が美少年だった時の感想を詳しく! 詳細キボンヌ!」
「ふおおおっ、馬鹿野郎っ! 思い出させるんじゃねえええええっ!」
「痛い! 痛いですぞ千咲氏!
気付けば自然と、優輝もシイナも笑顔になっていた。
そういう意味とはまた別口で、朔也も
どうやらこの場は、四人で打ち解け合えた気がした。
「まあ、学校では体面もあるでしょうが……小生たち三人が千咲氏の友達になりますぞ? それに、優輝氏はお嬢様キャラが好きなのではなく、千咲氏が気に入ってるから付き合っていたんでありましょう。……グフフ、わかりますかな? シイナ氏!」
「うんっ、わかるよ朔也! いいよね、女同士の友情! そして二人は……キャッ」
「キマシタワー! キマシキマシ、キマシタワー!」
「うんうんっ、いいよねいいよねっ! ボク、すっごい憧れちゃうなあ」
勝手に盛り上がる二人を見て、気付けば優輝も千咲も声を出して笑った。そして、この夜はそれでお開きになったが……四人にとって新しい生活の始まりとなった。
波乱万丈の日常が幕を開けたのだが、既に誰もが舞台の主役だった。
そして……優輝は最後までやっぱり気になってしょうがない。
シイナがどんなぱんつをはいてたのかと思うと、その夜は遅くまで眠れないのだった。
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