第7話「キマシタワー、タテマシタワー」

 柏木朔也カシワギサクヤの自宅は、コンビニから歩いて数分の大きなマンションだった。なんでも、父親が最近再婚して、新しい妻との間に生まれた娘を可愛がっているらしい。新しい家族の輪に朔也が加われないのが、御神苗優輝オミナエユウキには不思議で、そして不満だった。

 だが、そのことを言っても、朔也は普段の笑みを浮かべるだけだった。


「ささ、小生しょうせいの家はここですぞ……もてなしの茶など出しますゆえ。デュフフフフ」


 とりあえず優輝は、まだグズッてる日番谷ヒツガヤ・シイナ・ラインスタインにしがみつかれながら靴を脱ぐ。彼女の手はまだ、放心状態になってしまった雨宮千咲アマミヤチサキの手を握り締めていた。

 かわいそうに、連れられるままにフラフラと彼女は歩いた。

 無理もない……とがめる理由もないが、彼女は皆の前ではネコを被ってたのだ。

 それが知られたショックに追い打ちをかけるように、彼女は見てしまった。

 シイナのスカートの中を盗撮した写真を。


「えっと、とりあえずシイナ。もう大丈夫だから。ね? あと……えっと、千咲」

「終わった……アタシの人生、終わった。ああ、スタッフロールが見える……ふふ、アタシの声優ってあの人だったんだー、えーうそーやだー」

「……しっかりしようね、とりあえずこっち」


 手のかかる二人を連れて、優輝は朔也の促す部屋へと入った。

 3LDKのゆったりとしたマンションで、朔也は一人暮らしのようだ。だが、なんというか……異様に片付いている。物がない訳じゃない、むしろ高校生の一人暮らしにしては家電が充実してる。

 だが、律儀に整理整頓が行き届いた部屋は清潔そのものだった。

 そして、それは彼の自室も同じである。

 そのことに驚いていると、朔也はペットボトルと人数分のコップを持って戻ってきた。


「ささ、優輝氏もシイナ氏も。それと、雨宮氏も。ざぶとんですぞ、座って座って」

「ありがと、朔也」

「なに、気楽な一人暮らし故に気兼きがねはいらないですからな、フハハハハ」

「綺麗にしてんだね、偉いじゃないか。掃除も行き届いている」

「小生、オフ会などで我が家を使うこともありますからな。先日も24時間耐久アニメ鑑賞会などやりまして、盛り上がりましたぞう?」


 フンスフンスと鼻息を荒げて、朔也が眼鏡を上下させる。

 そういうところは無邪気な少年で、少年よりもずっと幼く見える。でも、屈託くったくのない朔也が優輝は好きだった。

 そして、さっきから腰にへばりついていたシイナが、ようやく落ち着きを取り戻す。

 彼女は……もはや彼女としか認識できない格好の彼は、周囲をようやく見渡した。


「あ……ここ、朔也の部屋?」

そのとおりでございますExactly! むさ苦しい部屋ですがくつろいでくだされ」

「わあ……す、凄い! お宝ばっかりだよ、朔也!」


 シイナは涙を指で拭って、驚きに目を見張る。

 逆に、優輝は周囲の棚や机の上を見ても、いまいちピンとこない。

 朔也は常日頃からオープンに、アニメやゲームの話をしている。マンガ本の貸し借りもよくするし、彼の持ってる本の美少女はどれもかわいい。だから、フィギュアやプラモが整然と並ぶ光景は普通に思えた。

 むしろ、几帳面で真面目な彼の人柄が、行き届いた清潔感に滲み出ていた。

 ようやく優輝から離れたシイナは、立ち上がって棚に釘付けになる。


「朔也、これエウロパヘヴンだよね! ボク、これ知ってるよ!」

「そうでござるよ、こっちが最初の髪型のエウロパ、で、こっちが最終話近くのエウロパ。そのちょっと前のエウロパ。そしてこれが、優輝氏に似ているベリーショートのエウロパ」

「ドイツだとこういうの、売ってないんだよなあ……やっぱ、似てる、よね?」

「似てますなあ、ゲフェフェ」


 改めて見せてもらったが、どうだろう……微妙なラインだ。だが、自分の髪型は外から見るとこういう感じかと優輝は思う。それより、適度にフィギュアの少女は胸がある。そこだけははっきりと、優輝とは全然違うのだが。

 でも、シイナはどうやら元気が出たようだ。

 そして、優輝は改めて千咲に向き直る。

 彼女は虚空こくうを見詰めたまま、朔也が渡したジュースのコップを握り締めていた。


「あのさ、千咲。えっと」

「……あら、優輝様。ごきげんよう、ここは……まあ、どこかしら。うふふ」

「ショック、だったんだろうけどさ。私たちはあんまし気にしないから、千咲も今後は自然にしてくれるかな? 勿論、今までのキャラがいいなら別に私たちは――」

「まあ、キャラ、ですか? ふふ、優輝様ったらおかしなことを。そうそう、聞いてくださいな。さっきわたくし、とても綺麗な女の子にあったんですの。ちょっと初音ミクに似た……あらやだ、初音ミクってなぁに? わたくしはお嬢様ですもの、ボーカロイドなんて知らないわオホホホ」


 駄目だ。

 完璧にノックアウトだ。

 心配そうに朔也とシイナも戻ってきたが、千咲は目のハイライトが死んでいる。


「で、そのを助けたんですの。盗撮なんて卑劣なんですもの、わたくし許せませんわ……でも、でも……その娘は、むすめじゃなくて、その……イヤアアアアア!」

「落ち着いて、千咲!」

「てやんでえ、すっげえのはいてるじゃねえか! アタシだってそんなエロエロなの持ってねーよ、どうなってんだよ! しかも、しかもほんのり膨らんで……ぬおおおおお!」

「千咲、しっかりしなよ。えと、ちょっとごめんね」


 どうすればいいかわからなかったが、咄嗟に優輝が選んだ行動。それは、うろたえオロオロ混乱する千咲を抱き締めることだった。

 朔也とシイナが「キマシ!」「これがキマシタワーなんだね、朔也!」と身を乗り出してきたが、とりあえず落ち着かせる。自分の心音を聴かせて背をポンポン優しく叩いてやると、千咲はようやく静かになった。

 昔、なにかの本で読んだことがある。

 赤子を抱いてやると静かになるのは、母親の心音が近付くからだという。

 そして、人の鼓動には気持ちを落ち着かせる効果があるのだそうだ。だったら優輝には自信がある。なにせ、貧乳ひんにゅうを通り越して無乳むにゅうなので、心臓との間に余計な脂肪がまったくないから。……自分でそう思って、ちょっと傷付いた優輝だった。


「あれ、アタシは……優輝、様?」

「千咲、大丈夫かい? 色々あって大変だとは思うんだけど」

「……バレてしまったんですのね。ってか……バレたかー、トホホ。アタシの血の滲むような努力がパーかあ。……ま、ちょっと気持ちが楽になった、かも、だけどさ」


 優輝から離れた千咲は、小さく笑った。

 そして「あ!」と思い出したように手を叩く。

 それは、シイナが優輝の隣で頭を下げたのと同時だった。


「あの、千咲。今日はありがとう。ボク、びっくりしちゃって、すくんじゃって……でも、千咲が助けてくれて」

「あ、ああ! いいのいいの、女の敵って許せないから。……アンタ、気持ちはちゃんと女の子じゃん? そりゃ、その……で、でも。ん? あ、あれ、どうして? なんでアタシの名前知ってんの?」

「ボク、クラスメイトだよ? 今日、転校してきた」

「……なんじゃとてーっ! え、あ、おおおう? もっ、もも、もしかして」

「うん、シイナだよっ」

「マンゴスチン!」


 今日の千咲は忙しい。

 オーバーなりアクションでショックを表現して、そのまま彼女は固まった。


「え、じゃあ……シイナ、アンタ」

「うん、ボクは女装が趣味なの」

「じゃ、じゃあ……あのも」

「そ、趣味だよ? ……ちょっと、派手だった、かなあ?」

「なんつーか、その……金とれるよ、自信もって! あと、エロカワ!」

「ふふっ、ありがとっ!」


 千咲はいったい、どんなぱんつを見たのだろう。

 そして、優輝は思う。

 隣で微笑むシイナは、どんなぱんつをはいているのだろう。

 因みに優輝は、頓着とんちゃくがないので一般的な女性用下着を使っている。自分と母親以外に見る人間はいないし、深く考えたことがない。それでも、初デートの時はいつも気合を入れてお気に入りを選ぶ。初デートは常に、その人との最後の思い出になるのだが。

 そうこうしていると、脚を崩してあぐらをかいた千咲もようやく笑った。


「そっかあ、まあ……しゃーないな。ごめんなー、優輝。アタシ、ちょっとキャラ作ってた。……友達、欲しくてさ。結構ズケズケ言うタイプで、中学ん時失敗ばっかだったし」

「そっか。でも、私はどっちの千咲でも平気だよ? 千咲は千咲だし」

「ばっかおめぇ、イケメンすぎんだろー! ……サンキュな、優輝。朔也もシイナも、みっともないとこ見せちまった、にゃはは!」


 なにか肩の荷が降りたようで、普段の清楚で可憐なお嬢様はそこにはもういない。ひいでた額をピシャリと叩いて、千咲は話を進める。


「いやさー、社長令嬢って言っても……うち、牛丼屋だから。牛丼チェーン店、ガチ屋ってあるじゃん? ガツガツ食ってガチムチ元気! ってCMのガチ屋」

「ああ、コマーシャルの」

「牛丼屋の娘だから、お嬢様って訳じゃないんだよねー。成金だし、そこまでお金持ちじゃないし。でもなんか、周りが勝手に盛り上がるから、ついついイイ顔しちゃって。……だから友達、できないんだよねえ」


 グイッとコップのジュースを飲み干して、千咲が笑う。

 少し寂しそうだ。

 いつも笑顔で誰にでも愛想がいい、いつもの千咲じゃない。

 だが、素顔の彼女も優輝は好きになれそうだった。

 そして、無言で朔也がジュースを注いでやる。

 朔也は部屋の明かりを眼鏡に反射させながら、ニヤリと笑った。


「千咲氏、友達できないですかな? とりあえずもう、三人ほど確保してるようですが……デュフフフ、どうですじゃろ」

「は? 三人って……」

「小生、千咲氏とは話が合いそうな気がしましてな。で? 初音ミクに似てる美少女が美少年だった時の感想を詳しく! 詳細キボンヌ!」

「ふおおおっ、馬鹿野郎っ! 思い出させるんじゃねえええええっ!」

「痛い! 痛いですぞ千咲氏! 御褒美ごほうびでしかないでござる、ありがとうございます!」


 気付けば自然と、優輝もシイナも笑顔になっていた。

 そういう意味とはまた別口で、朔也も恍惚こうこつにも似た笑みになっていた。

 どうやらこの場は、四人で打ち解け合えた気がした。


「まあ、学校では体面もあるでしょうが……小生たち三人が千咲氏の友達になりますぞ? それに、優輝氏はお嬢様キャラが好きなのではなく、千咲氏が気に入ってるから付き合っていたんでありましょう。……グフフ、わかりますかな? シイナ氏!」

「うんっ、わかるよ朔也! いいよね、女同士の友情! そして二人は……キャッ」

「キマシタワー! キマシキマシ、キマシタワー!」

「うんうんっ、いいよねいいよねっ! ボク、すっごい憧れちゃうなあ」


 勝手に盛り上がる二人を見て、気付けば優輝も千咲も声を出して笑った。そして、この夜はそれでお開きになったが……四人にとって新しい生活の始まりとなった。

 波乱万丈の日常が幕を開けたのだが、既に誰もが舞台の主役だった。

 そして……優輝は最後までやっぱり気になってしょうがない。

 シイナがどんなぱんつをはいてたのかと思うと、その夜は遅くまで眠れないのだった。

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