第6話「クリティカルヒットDEトウフ」
目の前には、女装した
「ふええっ、優輝っ! ご、ごめん、でも……怖かったよぉーっ!」
抱きつかれるままに受け止めて、そのまま自然に抱き締めた。
そして、目の前では異様な光景が広がっていた。
逃げようとする背広の男は、必死の形相で壮年の顔を歪ませている。
そして、その腕にしがみついて足止めしている少女は、優輝を見て目を点にしていた。ジャージの上下に暖かそうなドテラ、そして百円ショップで買ったっぽいサンダル……だが、ヘアバンドをしたピカピカのオデコは、間違いなく
千咲は優輝を見て固まり、慌てて男の腕を放す。
「あ、いや、これは! ええと、どすこい! じゃなくて! その、あれですの!」
しどろもどろになりつつ、千咲は両手を振って目を白黒させる。かわいそうに、よくわからないが顔面蒼白になって、青くなったり赤くなったりしている。信号機みたいになってしまった彼女に、驚きつつも優輝は声をかけた。
「ええと……千咲、だよね?」
「は、はいぃ! そうでございますわよ、オホホ! ええもう、凄く完璧に千咲、優輝様の頼れる親友にして親衛隊隊長、誰もが憧れるお嬢様の雨宮千咲ですのだぜよ! おほほ」
駄目だ。
台無しだ。
完璧にキャラ崩壊している。
千咲といえば、いつも優輝に寄り添ってくれるおしとやかなクラスメイトだ。今も見ての通り、ウェーブで波打つ髪に、ヘアバンドで強調される秀でたオデコ。全くもって変わらない、千咲の顔がそこはある。だが、おおよそ女子がしてはいけない表情で
彼女はあわあわと動揺も顕に喋り出す。
「こっ、ここ、これは違いますのよだぜ! あ、いや、優輝様、違ってるのぜ……わたくしはアタシとして今日もその、いわゆる一つのこれは誤解なのですわー!」
必死に場を取り繕おうとして、千咲は必死だ。
そして、その瞬間……千咲の束縛から逃れたスーツの男が走り出す。
壮年の中年男性は、その姿から想像もつかぬ瞬発力で逃げ出した。
そして、優輝は見た。
シイナを抱き締め優しく背をポンポン叩きながら、目撃した。
「って、おうこら!
雄叫びを張り上げ、千咲がすぐ横の棚に手を突っ込む。そこから商品を握り締めて引っ張り出すや、彼女は全力でそれを
ブン投げたプラスチックのパックが、パコーン! と中年男性の後頭部で弾ける。
怯んだ男の足元に落ちたのは、優輝の母である
まさに、豆腐の角に頭をぶつけて死ねとばかりに、千咲は一撃を繰り出した。
「店員! そいつをフン
優輝にも訳がわからない。
ただ、彼女は彼女で混乱して、身動きが取れなかった。
泣きながら抱きついてくるシイナが、ひたすらに甘い匂いと共にぬくもりを伝えてくる。思えば、男子とこうして肌を密着するなんて初めてだ。互いの衣服を通して、はっきりと体温が伝わる。シイナは男子とは思えぬ程に
優輝は、男子とは手を繋いだことだってない。
その前に全部、向こうから謝罪と共に関係解消を言い渡されてきた。
優輝は、男子にとって付き合うに値しない、恋愛対象外の女子なのだ。
そんな彼女が全身全霊で感じるシイナが、とほうもなくやわらかい。
そして、そんなことを考えてるうちに男は再度逃げようとする。
「クソがぁ、逃がすかオラァ!」
千咲が走り出す。
その先で
男の姿がバン! とコンビニの扉を開き、その先の闇へ消える。
優輝は見た……鬼女の形相で走る千咲を。
修羅の
たしか、いい家のお嬢様で病弱とかいう設定じゃなかったっけか?
そう、
「ッ! な、なにぃ!? オッサンが……!?」
驚く千咲の声ももっともだと思える、異常な光景に優輝は目を見張った。
ランナウェイなままに外へとエスケープランを試みた男は……次の瞬間には大の字になってフッ飛ばされ、店内に押し戻されて床に突っ伏した。その姿には、追跡を試みた千咲も
コンビニの出入り口は、
全く仕事をしていない店員が「らっしゃっせー」と空虚な声を呟いた。
そして、来客がゆっくりと眼鏡を上下させつつ、優輝とシイナ、そして千咲を見る。
「おやあ? これはこれは……優輝氏にシイナ氏、それと……んほぉ!? こ、これはレアでござるな! 千咲氏!? なにそれウケル……大草原不可避でござるよ! ……でも、実にいい。ナチュラルでいい!」
そこには、パジャマ姿に革ジャンを
彼の手には、白煙を巻き上げる
それで殴ったんだなとわかった時、優輝は理解した。それは、朔也が時々語ってくれたアイドル応援用のグッズで、色々な光を放つ色彩豊かなサイリウムだった。
それをコンバットナイフのように
「あ、いや、優輝氏! オタクもコンビニで夜食ですかな? そして……この
「あ、いや、うん……どうやって?」
「これはまた
「お、おう……と、とりあえず、朔也、その。ありがとう」
朔也はサイリウムの明かりを消すと、それを
そして、朔也が見渡す店内を優輝も改めて眺める。
遠くからは、パトカーのサイレンが近付いていた。
そんな中で、自分がブン投げた島豆腐プリンを拾いながら……涙目で千咲が振り返った。
「これは……悪夢ですわのだぜ。っていうか、マジありえないんですけどですのよ」
言葉遣いが既にブレブレなカオスっぷりで、千咲は混乱していた。
しかし、優輝を振り返る濡れた瞳は、いつもの優しい光が
彼女は、理由はどうあれシイナを助けた、守ろうとした。優輝にはそう思えた。かわいい女の子の格好でコンビニに来たシイナは、多分例の男にスカートの中を盗撮されたらしい。それを見つけた千咲が、猛烈に怒りを爆発させたのだ。
それは、
同じ場にいて同じ時を過ごせば、優輝も同じ選択をしただろう。
だが、そう思う一方で……大の字に伸びた中年男性の手に握られた携帯電話が気になった。あの中に、シイナのスカートの下を盗撮した写真がある。自然と何故か、喉がゴクリと鳴った。
そうこうしていると、千咲は島豆腐を握り締めたまま男に近付く。
「と、とりあえず……オホ、オホホホホ! おっさん、あ、いえ、おじさま野郎……ちょーっと失礼しますわだぜ? ブチ消しあそばすので、お貸しになりやがって? ホホホ」
千咲は男の携帯電話を拾って、画像データを消そうとする。
だが、その表情が一瞬で凍った。
彼女は、見てしまった。
シイナのスカートの中の、その全てを写した画像を。
そして、響く絶叫。
「ふんぬあああああああ! あっ、あっ、アッー! なんじゃこらあああああ、なんのご褒美だってんですよおおお、そぃ!」
意味不明な絶叫でのけぞりつつ……千咲はそれでも、どうやら携帯電話のデータを消去したらしい。しかし、彼女は混乱極まった顔で正気を失いつつ……捨てられたチワワのような顔で優輝を見てきた。
そして、優輝は彼女を
私もちょっと見たいんだけど? なんて思ってしまった。
そういう中で、朔也だけが冷静に眼鏡を上下させる。
「まあ、複雑な事情があるようですなあ? とりあえず、あとは店員さんと警察に任せて……小生の部屋で落ち着いて話し合い、お茶でも……なんていかがですかな?」
千咲は朔也を見て、お
とりあえず優輝は、千咲の手から優しく島豆腐プリンを受け取り、購入した。
流石、沖縄で作られる地上最強の硬さを誇る豆腐のプリンである。
不埒な変質者の後頭部を
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