第2話「ハジメマシテ」

 月曜日の朝は、憂鬱ゆううつだ。

 そして、御神苗優輝オミナエユウキにとって平日は、唯一スカートをはける日常でもある。

 それがまた、酷く似合ってない自覚があって、気持ちをさらに沈ませた。

 朝から教室の隅の机に座って、優輝はどんよりお葬式ムードだった。それがうれいを帯びた美貌を演出するので、女子たちは憧れの視線を注いでくれる。

 だが、失恋したての優輝は、普段と違って微笑む手を振り返すことができない。

 そんな彼女にいつも通りに話しかけてくるのは、一人しかいなかった。


「デュフフ、御神苗うじ……どうしたんです? オタク、死にそうな顔してますぞ?」


 顔をあげると、肥満体が身を揺すって笑っていた。

 恰幅かっぷくのいい体格に満面の笑み、今日も幸せそうに優輝を見下ろしている。男子には気楽で気軽な友情ばかり押し付けられているが、本当に仲のいい者は数えるほどだ。そして、目の前で眼鏡を上下させている彼がそうだ。

 名は、柏木朔也カシワギサクヤ

 なかなかのキラキラネームとは裏腹に、見た目を裏切らぬディープなオタク少年である。だが、不思議と優輝とは気があった。優輝をあがめたりありがたがらない、稀有けうな人物である。


「おはよ、朔也。私はね……昨日、また失恋したんだ」

「それはそれは……ドンマイですぞ? 御神苗氏」

「はーっ、やんなっちゃう。……しばらく恋愛はいい、休業する」

「ご愁傷様しゅうしょうさまですな、デフェフェ。おっとそれより! 見てくだされ、御神苗氏!」


 優輝の落胆など気にした素振りもなく、朔也は雑誌を取り出しページをめくる。有名なゲーム雑誌で、彼が愛読しているものだ。

 優輝はそうしたもので遊ぶ趣味はないが、興味はある。

 意外や意外、周囲の者たちはそのことを嫌がっているが……優輝と朔也は趣味があうのだ。


「新作ですぞ、御神苗氏! 小生、限定版の予約を完了しました……グフフ」

「また美少女ゲーム? ……こういうのさ、女の子はみんなかわいいよね」

「御神苗氏は美少女に目がないですからなあ」

「……まーね」


 朔也は、彼なりに優輝を気遣ってくれてるのだろう。

 既にもう優輝の失恋は学校中の話題になっていた。

 だから、いつもと全く変わらない朔也がありがたい。そして、彼が好んで遊ぶ美少女ゲームが優輝も好きだ。プレイはしないが、かわいくて可憐な美少女が好きなのだ。

 それは、生物的な性別以外、共通点を一つも持たない存在への憧れだ。

 かわいいコスチュームで微笑ほほえむ二次元の女神たちを、純粋に羨ましいと優輝は思う。


「やっぱさ、朔也。こーゆー女の子がみんないいんだよなあ」

「当然ですぞ、因みに小生のしは……この子とこの子、そしてこっちの子と」

「えっと、一人しか、攻略? できないんでしょ」

「なに、周回プレイしますので無問題モーマンタイですなあ」


 周囲から見れば、学園のプリンスと、その周囲に勝手につきまとってる道化ピエロだ。そういう見方をされる都度つど、やんわりと優輝はたしなめる。

 朔也は大事な友人で、そこに容姿や性別は関係ない。

 それに、趣味ばかりか性格も気があって、優輝には得難い人物なのだ。因みに女友達というのは、これまた優輝には少ない。皆無である。信者やファンなら山ほどいるのだが。


「まあ、元気出してくだされ。先日購入した美少女画集を貸し出しますゆえ」

「……そだね、かわいい女の子で心の傷を癒そう」

「やはり二次元は偉大ですなあ。うんうん……まあ、小生が放課後はお供しますぞ。ラーメンでもおごるであります、グフフ」

「サンキュ、朔也」


 きゃるん、と笑顔の美少女が描かれた、分厚い本を朔也が出してきた。それを見たクラス中の女子が、女の子がしてはいけない類の顔になっている。

 でも、優輝はようやく笑うことができた。

 借りた本をパラパラとめくりつつ、美少女たちのイラストに感嘆の溜息を零す。

 自分もこういう、愛らしい可憐な女の子になれたなら。

 そうすればきっと、素敵な彼氏ができて、楽しい恋愛ができる筈なのだ。

 そう……昨日コーヒーショップで会った、ツインテールの少女みたいに。


「そう言えばさ、朔也。昨日すっごいカワイイ娘に会ったよ」

「ほほう? なんのゲームですかな? アニメでしょうか漫画でしょうか」

「うんにゃ、三次元」

「ア、ハイ。なら別に小生は」

「それがさ。本当にアイドルみたいというか、こう、なんていうのかな。本物の美少女だったよ。私、びっくりしちゃった」

「詳しく……詳細希望ですなあ。まあ、御神苗氏から見ればみんなかわいい美少女でして……デュフフ」

「言ってくれちゃってさ、こいつめ」


 気安い仲で、朔也の言葉には悪意がない。だから優輝も、笑ってその腹を小突こづいた。

 そうこうしていると、教室が慌ただしくなる。廊下側の窓にはもう、担任の教師が歩いていた。その背後に、酷く小柄な制服姿が続いている。


「そうそう、あんな色の髪でさ。長さもあれくらい……それをツインテールにって」

「凄い色ですなあ、アニメ塗りみたいでござるよ。おっと、小生は席に戻りますぞ? 御神苗殿、帰りはアニメイトにでも寄って、その後ラーメン……グフフフフ」

「おう。じゃ、またあとで」


 担任教師が教室に来ると、クラスの誰もが着席して一日を始めようとしていた。

 しかし、今日はいつもと違った。

 男子の制服を着てるが、エメラルドのようにつやめく長髪。それを映画の少年剣士のように、総髪そうはつに紐で縛っている。酷く華奢きゃしゃで、中等部の女の子だと言われても信じてしまいそうだ。

 彼が隣に立つと、担任の女教師は喋り出す。


「はーい、今日は皆さんに新しいお友達を紹介しまーす! んじゃぁ、いいかしら? ハイ、自己紹介してぇん!」


 三十代も後半になるまで行き遅れると、少し壊れてくるらしい。独身をこじらせた担任の甘い声に促されて、少年は一歩前へと踏み出した。

 そして、酷く優しげな声で第一声を放つ。


「はじめまして、ドイツから来た日番谷ヒツガヤ・シイナ・ラインスタインです。シイナって呼んでください。よろしくお願いしますっ!」


 ペコリと頭を下げたシイナは、顔をあげると微笑んだ。

 なんだかちょっと、優輝は面白くない。

 あんなひょろひょろと生っちょろい男子でも、自分より遥かにかわいいらしい。女の子っぽい。乙女チックなオーラが出てる。

 そんなことを考え見詰めていると、シイナと目が合った。

 たちまち彼は、パアアと笑顔をさらに眩しく煌めかせる。


「あなたは……昨日のお姉さん! 同い年だったんだね、しかも……一緒のクラスなんだ」


 それでクラスの全員が、優輝へと振り返った。

 殺到する視線の仲で、「ほへ?」とマヌケな声で優輝は自分を指差す。

 そういえば、髪の色は一緒だ……あの青みがかった透き通るような緑色。

 妹か姉だったのだろうか……確かに昨日の美少女に似ている。

 すると、シイナは突然髪の紐を解いた。

 そして、広がる髪を両手で握って見せる。


「ほら、ボクだよ? 昨日はありがとっ!」


 それは、優輝にしか伝わらない二人だけのめ。

 誰もが疑問符を頭の上に浮かべる仲で、優輝は驚きに目を丸くする。


「君、きっ、きき、昨日の!」

「うん! よろしくね、ええと……とりあえず、よろしく。あと、本当に女の子だったんだね。ふふ……やっぱりボクと一緒、だねっ!」


 無邪気に笑うシイナが、先日の美少女に重なる。

 そして、優輝の思考は停止した。

 昨日の美少女は、

 とりあえず、二人の世界になりかけた教室内で、すぐに女子たちがソワソワと落ち着かなくなる。男子は男子で「やべぇ」「キタコレ」「だが男だ」「……アリ、だな」と騒いでいた。

 担任の女教師は、空いてる優輝の隣の席を指差し、ホームルームを始める。

 隣に歩いてきたシイナを、優輝は呆気にとられながら目を瞬かせることしかできないのだった。馴れ初めの出会いが、初めての再会に繋がった瞬間だった。

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