美少女彼氏とイケメン彼女

ながやん

第1話「プロローグ」

 御神苗優輝オミナエユウキは、笑顔だった。

 いつものすずやかな、全校の女子を魅了し続ける微笑ほほえみだ。

 そして、苦慮くりょの限りを尽くしたような目の前の人に告げる。


「私こそ、ごめんね。申し訳なかったと、思う」


 初デートを終えた夕暮れのコーヒーショップは、休日の最後を惜しむような人々でごった返している。店内の誰もが、一度は優輝を見て、見惚みとれて、イケメンと認めた。

 慣れた様子で視線を浴びながら、優輝は言葉を再度選ぶ。


「やっぱり、私じゃ駄目なんだね。それはなんか、何度か失敗してわかってた。だから、君が悪いんじゃないんだ。ええと、その……ごめん」


 デートの内容は散々だった。

 だが、本当にそれを思い知ったのは、目の前の人物だろう。

 その人は申し訳なさそうに、ただ一言「ごめんね」と言って席を立った。

 去る背中を見送り、優輝はまなじりに浮かぶ涙で世界を濡らす。

 ぼやけて滲む夕焼けの中で、憂鬱ゆううつな溜息が零れ出た。


「また、振られた……へこむなあ」


 御神苗優輝、高校二年生の十六歳。

 恋愛は連敗街道まっしぐらだ。

 今まで、デートにこぎつけた相手は四人。その誰もが、初日で音を上げて去っていった。何故なら……

 優輝は花も恥じらう乙女だが、その容姿は凛として涼やかな少年のそれだ。

 中性的な顔立ちに長身、そして全く胸のないスレンダー過ぎる体格。

 誰も彼女を、女の子として扱ってはくれない。

 そして優輝も、無意識にイケメンとして振る舞ってしまう。

 付き合う男性諸氏は辟易しただろう。

 自分よりずっと紳士でハンサムな恋人に。


「……もー、駄目だ。帰って寝よう、そうしよう」


 やれやれと優輝は珈琲コーヒーを一気に飲み込む。

 失恋の苦味が口の中に広がった。

 学校では上級生のお姉様から下級生のお嬢様まで、みんなが優輝のとりこだ。だが、優輝は乙女、女の子だ。常に男子とはいい友人で、親友も多い。でも、本当に欲しいのは恋人なのだ。

 彼氏とハイスクールライフをエンジョイしたい。

 いろんなイベントを楽しみたい。

 だが、常に恋路はハイリスクで炎上していた。

 恐らく今頃、生徒たちのあらゆるLINEラインやメールで自分の顛末が広がっているだろう。それは女子たちを喜ばせ、男子たちにほがらかな笑いを提供するのだ。

 そんな優輝がふと、顔をあげる。

 目の前を、目も覚めるような美少女が通り過ぎた。

 青みがかった緑色の長髪を、ツインテールに結っている。華奢で小柄で愛らしい、その姿に目を奪われた。絵に描いたようなザ・美少女……美少女・オブ・美少女だ。どうやら外国人らしいが、店内を見渡し奥へと消えていった。


「ああいう娘が好きなんだよね、男の子ってさ。いいなあ」


 だが、優輝はわかっている。

 短く無造作な自分のヘアスタイルは、ショートカットとは言い難い。ひょろりと長身だから、フリフリのシャツもスカートも似合わない。かかとの高い靴なんて勿論アウトだ。それに、服の好みはどうしても男っぽいものになる。それは、男装の麗人として優輝を飾るだけで終わるのだ。

 勿論、過去のデートでオシャレに気合をいれたこともある。

 白いワンピースに乙女チックな帽子なんか被ったりしてみたことがある。

 その結果は今は、思い出したくない。

 そうして周囲の女性陣の、モデルかしらとか、素敵だとかいうささやきに包まれていると……不意に男の大声が響いた。


「おいおい、お嬢ちゃんっ! 外国人かい? 女子トイレはそっち! そっちだよ!」

「あ、えと……ボクは」

「びっくりしたぜー、ああ驚いた! ほら、行った行った」

「いえ、それは……ちょっと、まずくて」


 なにかトラブルのようだ。

 先程見た、ツインテールの少女が困惑するのが見えた。

 そして、その前でガハハと笑ってる男は、そんな彼女の頭をポンと叩いて行ってしまった。どうやら、間違って少女は男子トイレに入ってしまったらしい。

 だが、二つのトイレの分岐点で彼女は固まっている。

 こういう時、優輝は見過ごせないたちだ。

 すぐに席を立って、紙コップをくずかごに葬り去る。


「ね、君。大丈夫? 女子トイレはこっち……一緒についててあげようか?」

「あ……いえ、それもまずくて! あ、あの、でも……ありがとう、ございます」


 よく見る、見飽きてるリアクションで優輝は苦笑する。

 頬を赤らめ、少女はうつむいてしまった。

 だから、説明が必要になってくる。そうしないとなんの説得力もない程度には、優輝は性別を誤解されやすい。今ではもう、男装の麗人という状況を半ば受け入れ開き直ってすらいた。


「私は女なんだ、本当だよ?」

「え……」

「そ、君と一緒。さ、行こう」

「ボクと……一緒」


 少女は潤んだ瞳で、優輝を見詰めてくる。

 それもまた、今まで何百回と繰り返されてきた光景だ。

 恋するハートの撃墜数キルレシオは、既に恋愛という戦争のトップエースだ……ただし、狙った獲物を墜としたことはない。優輝の翼は、思春期の少年たちがいる空には飛べないのだ。

 いつもいつも、常にそう。

 だが、目の前の少女は頬を赤らめながらも満面の笑みになった。

 それは、同性の優輝が見てもうるわしい表情だった。


「そうですね、ボクと同じです!」

「う、うん」

「ありがとうございます、お姉さん」

「いいよ、どういたしまして。一人で平気かな?」

「はいっ!」


 少女はスカートを両手で摘んで、優雅にお辞儀をしてみせた。

 それで優輝もクスリと笑って、胸に手を当てお辞儀を返す。

 そして彼女は、トイレへと消えていった。

 やはり、男子トイレに。

 優雅に去ってゆく小さな背中に見惚れていたが、慌てて優輝は追いかける。躊躇してる場合ではなかったし、自分が男子トイレに入っても違和感を振り向かない人間だと知っている。

 だが、先程の少女は別だ。

 その時はまだ……優輝には一つの可能性が見えていなかった。


「ねえ、君! 駄目だよ、そっちは男子トイレなんだ!」

「うん。だからボク、迷ったけど……こっちかなって」

「女の子がそんな、いけないよ! ……やっぱり心配だ、一緒についててあげる」

「あ、はい……じゃあ、お言葉に甘えて。お姉さんももしかして、同じような経験があるんですか?」

「まあ、ね……見ての通りの人間だから。さ、こっちだよ」


 男は立って小用を済ませられるから、それは便利だと優輝は思う。

 そして、そうする真似をしようとしてた少女を連れ出し、二人で女子トイレへと行った。にっこり笑って少女は、個室の中に消える。

 ドア越しに彼女は、嬉しそうに声を弾ませていた。


「親切なお姉さん、ありがとうございます。ボク、日本に来てそうそうに……自分と同じ人に会えるなんて」

「……私は、君みたいにかわいくないよ」

「ボク、かわいいですか?」

「とてもね。じゃあ……日本でのよい旅を」

「あ、あの! 待ってください。お名前を――」

「通りすがりのおせっかいさ、それだけ。それじゃ」


 それだけ行って、優輝は背を向け立ち去る。

 なんだか、とてもいたたまれなくなったからだ。

 完璧過ぎる可憐かれんな乙女に、同じだなんて親近感を持たれる……それは、笑えない冗談にも似て少し辛い。

 女子トイレを出たら、店員と目が合っていぶかしげな表情を向けられてしまった。

 優輝は重い気持ちを引きずり店を出る。

 その気持がこれから、おもいに変わるとも知らずに。

 飛べない翼の優輝に、これからまさに天使が落ちてこようとしていた。

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