01 円卓を囲む騎士たち
十数人余りの男女が一つの円卓を取り囲んでいる。
その年齢は様々で壮齢な皺を刻み付ける老人も居れば、成人して間もない女もいる。その誰もが共通して背筋をぴんと立てて、礼儀正しく椅子に座っていた。
一人を除いては――。
その一人は背凭れに背中を預け、大きな欠伸をしている。顔は真っ赤になっており、一目見て彼がアルコールを摂取していたことが分かるだろう。
そんな彼を見かねて、一人の若い男が口を開いた。
「サー・ブロンソン。会議の前に飲酒することは止めるように言っているでしょう」
彼の主張は正論のように思える。しかし、騎士と呼ばれたブロンソンなる男がそれに納得するはずがなかった。だから誰も、彼に正論を突きつけ様と思わないのだ。
「サー、サー……、アレク。今は夜だ。夜は性愛と飲酒の時間だろう。公務もとっくに終わって、俺は騎士様の仕事から解放されているはずなんだ……。飲むだろう? 飲むさ……、夜だからな」
そう言って震える手をぎゅっと握り締めた。
「公務が終わったとしても、私たちは騎士です。騎士足るものは皆の模範とならねばなりません。王の剣を名乗る以上は、その自覚を持たねばならない。それなのにあなたは昼夜問わず飲んだくれてばかり……。なぜあなたがこの円卓に顔を並べられているのか分かりません」
そう言ってアレクはブロンソンを強く睨んだ。敵意の感情が込められているが、ブロンソンはそれを不快には思わなかった。
「小僧のくせに素晴らしい能書きを垂れるな。サー・アレク。まさしく騎士の中の騎士だ。その黄金の鬣と綺麗な顔だけで淑女に微笑みかけられてる訳ではないらしい」
嫌味っぽく聞えるかもしれないが、ブロンソンなりの賛辞である。彼が捻くれ者でなければ、もっと綺麗な言葉を並べ立てるのだが、それを期待するのは不可能だ。
「あなたこそ、流石は日陰の騎士。陰気臭いことにかけては右に出るものは――」
その時、円卓の中央に座る女性が大きく咳払いをした。勿論、彼らの話を止めさせるために。けれども止む気配はない。
「いやあ、光栄だな。お前から俺を褒め称える言葉が出てくるとは――」
ゴホンと一つ。もう一つ。けれども彼らは止めない。
「私はあなたを褒めてなど――」
ゴホン、ゴホッ、ゴホッ!
女は少し涙目だった。
流石に見かねたのか、アレクの右隣に座る女性が代わりに割って入った。
「不敬ですよ、二人とも。王の御前です。あなた方の話に割って入ろうと精一杯頑張ってるのですから、その崇高な意志を汲んであげてください」
そう言われてブロンソンとアレクは中央に座る女を見た。
名をミステリア・フローレンス。
一際美しい顔の造詣と、輝かしい銀の髪色。幼い顔つきは彼女を年齢よりもずっと若く見せている。そんな美女が目尻に涙を浮かべてふるふると震えている。
「お話、始めてもいいかな!」
それに異を唱えるものは誰もいなかった。王らしくないその言動と振る舞いに笑いすら零れたくらいだ。王として国を治める資質はないように見えるが、彼女の治政は評判が良く、秩序立って平和であり、少し前の貴族同士の内乱で荒んだ国内をよくここまで立て直したものだと周辺の国々からも評価されていた。
「私はもう決めたことなんだけれど――」
「リーゼを魔法の国に嫁がせようと思う」
その言葉に円卓を取り囲む人々にどよめきが走った。
リーゼとはミステリアの娘であり、唯一の息女だった。
「魔法の国と同盟関係が結べるのなら、北方部族に対する備えには十分ですな。しかしながら、よろしいのですか、王よ。ご息女を同盟の代価と扱っても?」
一番の忠臣と呼び声の高い、老齢の騎士ダンテが王に言った。
唯一の娘であるからこそ、政略結婚に利用する場合よく考えなくてはならない。けれどもダンテは権謀術数を熟慮しての発言ではなく、純粋に王の心情を慮っての言葉だった。
「私も心苦しいことであるが、魔法の国の魔術の知識は北方のみならず、以西の魔法使いたちへの対抗策になるかもしれない。魔法後進国のこの国が次の百年も歴史書に名を残すには必要なことだと私は考えている」
ミステリア・フローレンスは騎士王と呼ばれている。彼女が治政する国は騎士の国だと。そして騎士は仕える者である。円卓に集う騎士や、平騎士たちは皆、王に忠誠を誓っている。であるなら、騎士王と呼ばれる彼女は何に仕えるのか?
彼女はきっと、国とそこ住まう民だと答えよう。
「皆の意見が欲しい」
彼女は静かにそう言った。
その言葉を聞いて、誰もが王の意見に意義は無いと口にするが、ただ一人、ブロンソンだけが首を横に振った。
「俺は同意できない」
その言葉を聞いてダンテが老齢の鋭い眼光で睨みつけてきた。
「王の決定を否定するのか、サー・ブロンソン」
その忠臣っぷりにブロンソンは鼻で笑った。
「王は意見が欲しいと言ってるんだぜ、サー・ダンテ。同意で首を頷かせるだけが意見じゃないだろう」
そう言って彼は王を見た。
「魔法の国との同盟は結構だが、民草が納得するかは分からない。そもそもこの国が魔法後進国なのは数世代前の王侯貴族たちが魔女狩りを始めたのが理由だろ? 結果、魔女たちには逃げられ、魔法に関する根も葉もない悪評ばかりがまかり通った。寧ろ、円卓から反対する声がひとつも挙がらないことに吃驚だ」
騎士の国は、ミステリアが王に即位するずっと以前に魔女狩りという負の歴史が存在していた。その時代の王侯貴族たちは魔法使いを迫害し、彼らの支配基盤を確固たるものにしようと画策したのだ。魔女は西に逃れ、この国から魔法の痕跡のほとんどが消え去った。そして後に残ったのは殺戮者を英雄と語り継いだ物語と、魔法に対する偏見だけである。
「まずは魔法に関する偏見を払拭するところから始めなければ先はないだろうな。魔法は有益だと広めなければならない。急ぐ必要がないのなら、その決定は見送るべきだ」
魔法は悪しきものであるという考えは根強いとまではいかないものの、拒否反応を起こしてしまうものもいることは事実だ。そんな民を抱えながら、国王の一人娘を魔法の国に嫁がせることは、反感を買う可能性が高いとブロンソンは踏んだのだ。
「王の決定なら、従う者も多いのでは?」
ダンテはなおもブロンソンに食って掛かる。
そんなダンテの発言に、王の隣に座る男が言った。
彼の名はケイオス・フローレンスであり、ミステリアの実兄だった。
「民が王を慕っているのは分かっているが、魔法はこの国にとっての厄ネタだ。掌を返して、王への好意は敵意に変わるかもしれない。でも、ブロンソン、お前も行きつく先は同意なんだろ?」
ケイオスの言葉にブロンソンは頷く。
「その通りだ、ケイオス。魔法の国と同盟できるならするに越したことはないだろうさ。北方部族の脅威、それを抑制できるだけでもこの国の寿命を伸ばすことが出来るはずだ」
「だそうだ、ミステリア。円卓一同はお前の決定には賛成だが、その決行には慎重にならなければならないというのが、一部の意見だ。民意を汲み取り、少なくともそれを敵に変えないように配慮すべきというのは俺も同意だ」
ケイオスは隣に座る妹にそう言うと、彼女は頷く。
「分かりました、兄さん。もう一度考えて見ます」
話がひと段落し終えたところで、とある騎士が声を挙げた。
「王よ、一ついいですかな?」
身体が一際大きく、屈強な男、グラットン・ストーが王を見据えていた。
「どうぞ、サー・グラットン」
グラットンは王の言葉に座りながら礼をした。
「姫君を魔法の国へと旅をさせるのはいかがでしょう。かつて王選のために国中を渡り歩いたあなたのように」
それはほぼ全員が突拍子もない発言に思えた。
姫君を旅に出す? 気でも狂ったのか卿よと言った眼差しで多くの者がグラットンを見た。
言葉を投げかけられた王自信も顔を顰めて、グラットンを見ている。
「リーゼを? しかし、唯一の娘だ。危険な目に遭わせるわけには……」
「姫君と同じくらいの頃でしたよ。あの旅路は。兄君と農奴の二人を連れて――」
それに割って入って、ケイオスがグラットンに言った。
「残念だが、リーゼとミステリアは同一人物じゃない。血を分けた家族であっても、リーゼが旅を完遂できる保障はないだろう。それに、あの頃とは身分が違う。リーゼは一国の姫君であり、慎重に扱うべきだ」
「王の剣から従者を選びましょう。少なくとも、王が旅を続けていた頃よりは安全ですよ」
ケイオスは露骨に不快感を示し顔を歪めた。
王の意向は――皆が黙り込んだとき、アレクが口を開いた。
「サー・グラットン。あなたの発言の意図を聞いていません」
「ああ、これは失礼。私は姫君に魔法の国までの旅路を往復することで、持ち帰った魔法に関する正しい知識を広めてもらいたいのです。そして王がかつてしたように、民草と身近に触れ合うことで、姫君に対する信頼を勝ち取りたいのですよ。そうすれば、サー・ブロンソンが言った、魔法への理解の時間が縮まると、私は考えているのです」
分からなくもない理由である。けれども、それは姫君をリスクに晒してまで行うことなのか――、そこまで性急する必要はあるのだろうか――。
王は溜息を吐く。
グラットンの言葉はもっともであり、彼女が標榜した国の存亡のためには良い案かもしれない。しかしながら、今すぐに決断できなかった。彼女にとって、嘗ての旅路は良いものであったと考えているが、辛いことも、危険なことも多くあったものだった。だからこそ、彼女は首を縦にも横にもふれなかった。
「……考えさせてくれ。今日は解散だ」
そう言って円卓はお開きとなる。
ブロンソンは兄に連れられて席を断つミステリアを眺めながら、自分も席を立った。飲みなおすか――そんなことを考えながら。
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