39.明滅鉄道

……とくん ……とくん

と 枕木を打って鼓動


昼は真っ暗がりばかり

悪い血管張った土地すする蛭

厭な温み

耐えかねた死んでいる自我

都会への幻想は心臓を掴んで牽引した

あぶらまみれの故郷の粘膜

その向こう

キラキラ

他人が銘々に往く雑踏は光った

18歳


枕木を

打って鼓動


あぶらまみれの鳥が

沼を逃れんと羽を撃って

むしろ嵌まっていく 人はあぶらの

言葉を吐いて連帯し治安した

自己治癒力高く

夢は不穏な暗さを帯びて蔵にしまわれ


撹乱分子排斥の土地を故郷と定義した

18歳


……とくん ……とくん


電化の窓に東京大阪は映じる

現実の窓では竿に洗濯物干す母が見える

空ではとんびが輪をかく

沖に白い船の影かすむ

劣悪閑静

私の子をって飛ぶとんび

とんび見ていた


……とくん ……どくん


鉄路の音は異郷への夢を見せ

きょうも乗り損ねた車両に人々を乗せて

知らない町へと出発する

アゝイヤダやモウイヤダなど

前人未踏のこの心ほどいてくれると期待して

その後影に乗せて列車を見送る毎日を送る


……どくん ……どくん ……どくん

と枕木を打って鼓動


父と母がホームに立つ日

満帆の帆を見上げるようなその顔に

後ろ髪ひかれる思いがないでもなかった

18歳


扉がしまる

ホームの顔を窓越しに見

自らの顔も反射した

ディーゼルの音が強くなる

列車はホームを滑りでる

取り返しのつかないときになって

決まって

なにか大切な物を忘れてきた気がする

満帆の帆を見送るようなその顔が

イヤでイヤでたまらなかった

はずだった

なのにひかれる後ろ髪

なんの後ろ髪

景色の速度がいずれ断ち切る

満帆の帆を感じる心はここにもある

18歳


枕木を鼓動

ごどおおおごどおおおごどおおお


座席に見える人たちの

幾人かには離郷の出でたち

その他はスーツや学生服

あの人とこの人は別の学校

外の景色よりケータイを見合って笑っている

鉄路ない市の私には

鉄道がそもそも非日常で

特別な遠出の乗物だと思っていた自分に気づく

景色はつぎつぎに遠退く

みるみる遠くなる

畑やぽつぽつと家や葛葉が覆う山やトンネル

鍬を杖にし休む人

休みがてらこちらに手を振る年増

その姿に少女を見ていた

列車はどこか宙に浮いている

窓の外と窓の内

ふたつを何が繋いでいるといえるのか

いまははやずっと後方

あの年増の手だけが繋がりで

私の知らない村を過ぎ去り――

また過ぎ去り――

/隧道断章/

また 来ては去り――

知らない村の去り

村―― 村―― 村――

―――――――――――の去り

その幾つもの土地に根差した観念も

知らないうちに流れ去る

           速やかに


18歳――――――――――――――――

ごおおおおおおおおおおおおおおおおお

――――19歳――――――――――――

ごおおおおおおおおおおおおおおおおお

――――――――20歳――――――――

ごおおおおおおおおおおおおおおおおお

――――――――――――21歳――――


幾度も都会と故郷を行き来した

私はいつまでも列車を降りられないでいた

車窓に街の灯りが流れる

そのひとつひとつは

真っ当を燃料にしあわせを明かす

人は薪になって決められた火にくべられる

騒音列車がそれをつんざいていく

街の灯りの流れる車窓

艶めく黒うるしの中の灯

/窓の内では/

/こんなに逆撫でする光が孤独を燃やす/

/列車は街の外に属している/

/私はいつまでも列車の中にいた/


ごおおおおおおおおおおおおおおおお


緑が覆う山あいの村の細道

人家遠く

遮断機に塞がれて待つ郵便配達車を見た

一瞬のこと

でも(だからこそ)

瞼にその赤が焼きついて離れない

身動きとれないこの肉を巡る血管に

流れる血液

郵便配達車に積んだ消息の体温

ごおおおおおおおおおおおおおおおお

憎悪と羨望

あぶらの被膜から眼差した汚れた街は

汚された街 汚されても

ごおおおおおおおおおおおおおおおお

被膜の向こうは昔からのきれいな街だ

ごおおおおおおおおおおおおおおおお

故郷で見た都会は幻想でした

ごおおおおおおおおおおおおおおおお

都会で泣いた故郷は幻想でした

ごおおおおおおおおおおおおおおおお

とんびがっていった子はそのまま生まれませんでした

ごおおおおおおおおおおおおおおおお

列車の外には健全な生活が瞬く間に去っていきます

ごおおおおおおおおおおおおおおおお

私をどんどん離れていきます

ごおおおおおおおおおおおおおおおお

空の星と街の灯は

もう区別がつきません

しずかな田舎のでこぼこ闇の中を

うるさい光で掻き乱し

狂ったような直線を描き

駅の幻想に苛まれて疾駆します

ごおおおおおおおおおおおおおおおお


おおおお――おお――――お――――――


――――――――――――――――――――


そしてしずかな野があるだろう

温暖な気候の野があるだろう

少女が駆けていくだろう

その足もとから萌えいずる街が見えるだろう

光をどしどし吸い込んでいく瞳の奥に燐火が燃えていだろう

適切に光る現実に生まれなおすため

一度は潜るべき隧道断絶が見えるだろう

きっと生まれなおすのだよ


……とくん ……とくん ……とくん ……とくん

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