40.憧憬
歩いてきて
歩いてきて
歩いてきて……
歩き疲れて雑多なビルの乱立の
網目を抜けて
見付く空白地帯は
緑のふくらみが揺れている
こまかに明るく揺れている
緑の雲が落とした蔭に
ベンチを見てとり
休息にひととき
しずか
公園は
黄色い平面にぜいたくな無音を溜めていた
近くでするのはささやかな
頭上でする葉擦れきり
自動車がせわしく往来しているのが
外に見えるが それがずいぶん遠く感じる
(昨日はこの身もあの奔流のなかにいて
翻弄される者としてまた流れとして
あくせくあくせく働いた
腕や脚の筋肉が哭いて痛む
歩いて 歩いて
切ってきた縁が残っているのだ
そして明日 あの奔流にまた帰っていく)
それがずいぶん遠く感じる
(せめてこのひとときには
この貴重なひとときだけに
没頭したい)
幹の足並の
連子の向こう
埃っぽい音で去る
また去る
絶え間なく去る
列をつくって 乾燥した音から
乾燥した音へ また音へとつなぐ
つないで次々去っていく
遠いものに聞こえるのは
届くまえに
葉蔭がからめとってしまう
からかもしれなかった
枝葉の蔭…………
…………は枝葉の揺れ
に従い…………
…………土のうえで揺れて
揺れ…………
………………揺れて…………
いるから……
(折 起 こ から
そのうえ( 回を起 す ら
(光は
(銘々
撓んで 光は (光は
二重写し(銘々に
(光は
(銘々
――にまた(た(たたき(たきした
そおそおと
葉擦れの
合奏に耳を
ひたして
時間の
川を緩やかに
流れる
俺は<笹舟>である
ようだった
しかし
もう
俺でなくても
いいのかも知れない
「もう俺でなくてもいいのかも知れない」と思ったとき
あらゆる過去の流され去る音が聞こえた
頭上で風
ぞおぞおと いっとき枝葉を鳴らし
またすぐにやんだ
俺の髪をさえ掻き上げない
もう俺のものだかも判らない記憶が
ただ
底の暗いほうから泡沫として
ちらほら湧いて光に触れ
触れては
ふつふつと 間断なく繰り返されていた
なんだというのだろう
自身のからだを見失いかけた只中にいて
ずんずん澄んでいくことをやめられない
ああ失われていく故郷
ここへやって来たまでの来歴
風景ははるかのはるかのむこうに行った
返して来るものもなくただ
その適切な距離
もう葉擦れの音さえ微かだ 遠い 遠い
なのにどうして
輪郭はどれも輝かにくっきりしてくるのか
あんまり澄み切ってしまって
屈託ない笑顔で俺を切り/
/離して
いった
 ̄ ̄風景__
……
子供がふたりやってくる
子供がやってきて
姉らしいのは
弟らしいのの
手をとって
とおく
とおく
やってきた
少女は姉らしく
少年を気遣い
少年は弟らしく
少女の意よりも
砂土の音に
手だけは離さずいるんだな
そんな日が
あったそんな日は
思い出されず
離さずにいるふたつの掌のあいだにある温度
い
わたしと同時に存在している幼少期は
どんな俺の
ひらかれた視線の中心で
戯れている
翳したり
外したり
してまた翳して
見てしまった
そのとき
私に
初めてやってくる
また こどもたちへ視線をもどす
そこにあるのは私には重たく肩にかかる
おのれの来歴などなく飛び
跳ねる
澄みきって軽やかな
姿だけある
おそらく
十年も前なら
なかった影たち
その頃私はもう仕事をはじめていた
その後職を転々として
いつかこの街に漂着していた
それにしたって
いつまで留まるか知れない
古びた
手
持ち上げ
見る また
/
また
こどもたちに視線を送る
やがて
君たちにも
こういう 日が来るか
手になる
わたしにも
いつかその
陶器の
ような
肌が
あったのか
わたしは見ていた――
――こどもたちの
すがた
(真新しい――)
宇宙が見える
そう
あんなに遠く
子供たちが駆ける
子供たちの影が遠く
そう
遠く
遠く
遠く 私の胸を満たしていく
もうあることのない
幼少期が
そこに駆けて生きて
いるああ胸のすく
そうか
空白が胸を満たすのか
異郷の子供たち
育った都市は何色をする
私は知らない
君たちの
私と無縁のまま来て
ここに同時に在る
君たちの生 その
空想に組み立てても
組み立てた空想の
外に君たちはいる
澄み切った距離
物と物とが正しく顕って
相互にガラス細工の糸のようなものが張っている
美しい螺鈿の糸だ
ここに生まれて生きる街の子供たち
君たちによって私には灰色に見える
この風景に
極彩色がそそがれている
……
」有ることと無いことの別はなく「
」いま私があの子供たちでないことや「
」こうして会った公園が有ることにも「
」無いことにも「
」なんの本質もない「
」そして私が見ている「
」遇有的ないま 彼女たちの 姿「
心
立ち上げ
て
場所まで
透明な眼を差し向けて……
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