38.景色今昔

昔はよかったとおじさんが言えば

おばさんもほんにとうなずいた

それから昔話をきいた


日に焼けて黄ばんだ表紙は剥げかけていた

そのアルバムはこたつに置かれていた

なにとはなく退屈しのぎで厚紙の表紙をひらく

厚紙はすっかりカスカスして頼りない

ページとページの離れる音

綴じるリングもカシカシ鳴った

白線で縁取られた赤っぽい写真は粘着シートにならび

保護フィルムが被せられていた

粘着材も黄ばんでいた

それに貼り付けているときにつけてしまった指紋も見える


ぽわんぽわんと弾くようにページをめくる

いったいどこの写真か分からない

なんだか道路の舗装もぞんざいだ

写っている人のなかには着物姿もみえる


そこへおじさんが帰ってきたので

上がってるよと対面しないうちに声をかける

おお来とるかといって姿を現すおじさんが

あれ出したままだったかと私の手もとに視線をおとした

あとからおばさんもレジ袋をガシャガシャいわせ入ってくる

これはいつの写真かと問えば

四十年ほど前じゃないかとおじさんはいう

これはどこかと問えば

このあたりを撮ったものだという

どこかわからんと私がいうと

これは貝浜

これは川前

これは浦津あたりだろうと

小字をいう

鳥瞰的に地区を見下ろす写真を指して

これはヒルチ山から見たとこだという

はじめて聞く山の名だったが

どこのことだかは写真を見れば見当がついた

たぶん地図には載らない山名だ

すっかり緑におおわれて

登ろうと思ったこともなかった山は

写真の中では開墾されて見晴らしがよい


それからアルバムに指を添えて

これは去年死んだキイちゃんだとか

可愛かろうお前の母ちゃんだぞとか

写真の登場人物を紹介してくれた

なかには間を置かず撮られた何枚かの写真があり

残した映像と映像のあいだの時間を思ったりした

そうして一通りの写真を見終えても

おじさんの熱はさめやらず

おばさんと昔話に花咲かした

私も聞き役となって昔のことをいろいろ尋ねた

するとおじさんもおばさんも

しきりにいうのだ

昔はよかった よかったよかったと


そうしておじさんチを出て

暮れ足早い道を帰った

すっかり風も冷たくなった

なんだか昨日よりいっそうに寒いようだ

ぽつぽつ街灯の道を帰った

この道は道路を成すなにもかもピカピカしている

私が都会に行った数年で

できたばかりの道だものピカピカもする

きのうはそれを悲しんで

懐かしい通学路など辿ってみた

管理の手を離れた道は一目散に崩れていく

その通学路が

浜を横切って通学したというおじさんおばさんらの瞳には

どんな具合に映るのか

自分が生まれたあとにでき

生きているうちに消えていく道


思い出のない道を歩く

私の郷愁など意に介さない町を歩く

昔はよかったよかったと

いうのは本当にそうだ

でもそれは昔人にだけの本当だ

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