33.残像妄想
今朝 飛び出して来た部屋に
帰ってきて飲みかけの
コーヒーに出迎えられた
玄関が閉じられたあと
自らと外気との
温度を交換し合い
順番待ちの列が動くように
旋回しながら
冷めていった
時間が顕ってくる
それは朝の私の飲み物
液温は
いまではもう飲めない
朝の飲み物
書きかけてやめた昨夜のノートも昨夜の
ペンとともに開かれたまま投げ出され
現在する物に
過去の爪先が覗けている
近くにする
人の
放置された物のそばに顕つ放置した
たとえば
帰ってきて飲みかけにされた
コーヒーから過去が顕つのを見る
ベッドに転がって
数珠なり私が連なる
目も通さず投げ込んだ
投函されていたチラシが
ゴミ箱から覗いている
印刷にムラをみつける
印刷所の汚損したインクジェットが顕つ
この文章を書きながら
そんなことを思う私が背後のベッドで
開いた本から顔をあげている
人の気配がもう
ずっと漂っている
ベランダに洗濯物を干す影
同居人のように感じはじめている
玄関は閉じられたまま
開けられた時をすべて内蔵し
閉められた時をすべて内蔵する
その時々に
擦られた微小な傷跡が 過去の
集積として現在している扉があり
内蔵された私が顕つ あらゆる
些末な一挙手一投足が記録され
現在が形成されている
そんなことを思っていた昨日のことが
街角でふいに思い出されていた
『シーシュポスの神話』はいまもふとんの上に
過去の爪先を意味してそこに現在している
あらゆる細密な選択がこの現在を形成し
すればいま現前している風景は
私が選んできたとはいえない
たとえば
今朝蹴った路傍の小石に左右された
今朝路傍の小石を
蹴らなかった私が複在しはじめ 私は
その彼から2キロ隔絶した地点にいる
私はこれから新しい靴を買いにいくつもりだ
横断歩道を渡ろうと
待機している人の面々もまた
微細な選択の上にあり
昼食を先に摂ろうか摂るまいか
歩きながら看板に目をやり
目ぼしい店がなかったために
私はいまこの面子と横断歩道の片側に
立っている
これは奇跡だ
とるに足らない奇跡
電子掲示板にニュースが流れる
自動車事故もまた奇跡
もし 出がけに気づいた忘れ物を
取りに帰っていたら
死なずに済んだ人
過去の爪先が無数に
故郷を出なかった私が
故郷を出た私を故郷から
憧れの視線を投げている
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