27.孤独者のまなざし

またくる夜の

静けさで 耳鳴りがする

闇のなかに青い火があって

照らすなにものもない

誰に明かしもできない

燃える 胸のランタン

電話帳をひらいて

迷っているうちに夜は明けた


春はぬるい

人の肌みたいな空気だな

サラダ油のような気流が内外を行き来して

私の表面が感じられない

水に溶ける角砂糖 光の歪み

みるみる 生身が 溶けている

なのに少しも減りはしない

なんでだか

寂しい気持ちが湧いてくる

青い火が燃えている

音もなく しかし盛んに燃えている

小さな辻に現れたふたつの自転車は

速度を緩めず二手に分かれていく

明日また会える友達に

手を挙げて別れていく高校生だ

その一台がこちらへやってきて

すれ違ったが

高校生までの遠さは変わらない

道に迷って立ち尽くすみたいに

ゆれもせず青い火はそれを見ていた

おなじ路地を歩いても

景色は違った様相で彼らに

また私にやって来ている

彼らの毎日のしぐさは 私には

途方もなく遠く 火の

また燃料となる


その火をもてあまし

人の肌みたいな微風が不意に撫で

余計に火が立つ

どこかの若い奥さんが

買い物袋生活をさげて

歩いていった

他人の日常を

壊すことは簡単だ

とランタンの火は語る

壊す用はないよと私はいう

用の有無の問題じゃない

できるかできないかのどちらかだ

と胸の火が語る

あの人たちはこんなに遠い なのに

どうして壊すことは可能だろう

しずかに語る火はしかし

閑静な日常を脅かす高温アナーキズムである


なぜ

焼かなければならないか

そんなあぶない妄念の なにが

私には救いとなって襲うのか

焼かないなら

この胸が焼かれる

しかし焼くには

道徳心や これを八つ当たりと知っている

洞察力を無効にしなくてはできない


しあわせな人々のしあわせは

一皮めくったしたで燃える

火の狂気に目をつぶったところに

ようやく立っていた

横断歩道で

やきもきしながら

信号が変わるのを待っている

ゲートの中の出走馬みたいな人がいる

その背中を

押せばかんたんに

彼の身は車道に

投げ出される

命はその

活動をあっけなく

とじるだろう

彼の生死はいま

私の手に握られているのだな


週末の街を歩けば銘々の

目的に沿って歩く人々

だれもが笑みを顔に浮かべ

そのなかで

独り私だけ吹きだまりのように

暗い影を落としている

彼らのすぐとなりに

彼らの死がいくつも立っているのをみる

私も笑みを浮かべる

しかし不敵な笑みだ


明日また会える友達に

手を振った直後の災厄が

いくつもいくつも頭のなかをよぎってやまない

終わらない日常の終わりがいたるところ

石ころみたいに転がっている

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