25.木漏陽考

なにか囁きかける

なにか教えている


しとしとと雨の音

間欠に動くワイパーの音

砂利道がつくる揺れ

濡れたテントをのせた

うす暗い車内だった


溶けるような

やわらかい疲労に抱かれたからだは全身で

眠りへと流れこんでいく

眠りの水面で泡沫が弾ける

父と母が

会話しているのだ

地場産品のことや

景色のこと

私たちこどものことなどが

揺れた枝葉をつたって

フロントガラスにぶつかる雨滴の

リズムで

訥々とつとつ

母の口に灯される声

それに頷いたり

二三言葉をついだり

父はして

ワイパーが

まとめて拭うように沈黙へと

吸い込まれていく会話が

眠りの屋根を打っている


言葉らしきもの

ひどく

語りかけに似たリズム

おそらく

そんな気怠い帰宅路の

眠りのよそに聞く

会話に類似している

着替える手間を厭って

学ランのまま

犬を散歩させている

気まぐれに立ち止まり

辺りを嗅いではまた歩きだす犬

気まぐれに立ち止まっては

木立の枝葉のあわいで明滅する

陽射しにとらわれている私

犬が先へ行こうとする

綱が張り すこし緩めて

こちらを振り返る犬に

目を合わせ

歩きだす素振りを気取ると

また前に向きなおって歩きだす犬

歩く私

そしてまた明滅する

陽を見ている


るら

   りら    る

 るら りら

   るら り るら

りら   るるら    り

  るりら り  りら

      るり   ら

   る りら  り

り       りら

           りる


明滅する陽が言葉にみえる

しかし言語は解せない


         る

   り     り

る     ら  ら

ら     る

ら る   ら    り

  り        ら

  ら   る

         り

り   る    る

    ら    ら 

       る   

  り    る

  る    ら   り

  ら        ら


陽はなにを語っているのか


る――……   る――……

 る……  る――……  る……

   る――……  る――……

       る――……

る……  る――…… る――……

  る――…… る……


     。る


はたと足を止める


     。る


日輪は枝葉のむこうで


     。る


黙った

語っているのは

陽ではない

枝葉 ではない

そろりと歩きだし


     る――…………


立ち止ま

     。る


語っているのは

枝葉ではない

私 ではない

陽 ではない


陽を背にした木立のなかを歩行する

という生き物が囁いている


「……この子たちが大人になったとき

 あの渓谷の滝に打たれて濡れたことを

 思い出して懐かしいと思うことが

 あるのかしら、――……」

「……うん、――……」

「……帰ったら洗濯機に入れるまえに

 泥を落とさないと、――……」

 「……、――……」

   「……、――……」

     「……、――……」

       「……、――……」


囁いているのは

木漏陽

重ね合わせになった生き物

陽は 木立は 私は 生き物の器官

陽は陽 木立は木立 私は私 という個体

重ね合わせになっているのは

木漏陽ばかりではない

学ランを着たまま散歩する時間は

この犬があるため

赤いリード

学ランを着た私

その下の裸の私

陽が落ちるより早く

夜を支度する街灯

夜に向かって衣服を脱ぎはじめる街

遠くに見える小学校の

使われていないプラネタリウムの半球

下校のチャイム 小学生たちの

別れの挨拶 こどもたちの体格

この今という一時に起こる

あらゆる組合せの生き物

だれにともなく

なにをともなく

それらは銘々囁いている

私は私であったし

学ランを着た私であったし

リードを引く私であったし

犬を連れた私であったし

木立のそばを通る私であったし

日暮れ前の私であったし

木漏陽の囁く私であったし

やがて夜闇に包まれる私であったし

そうした

それぞれの生き物の重ね合わせのなか

それぞれの生き物の

重ね合わせを目の当たりに

している私であった

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