21.「棄郷」という題名にするつもりだった詩でもないもの

棄ててきたのにありありと顕つ

故郷が絶え間なく

波となり寄せ返し

寄せ返しては路頭した

岩礁を刻一刻抉っている

人の海流の大交差点で

乱れて行き交い信号変わり

堰を切り雪崩れてひしめく車

それなのに

ありありと故郷が顕つ

――でもそれは

でもあった


あの故郷を誰か知るか

遠く棄ててきた辺境は

大洋に向かって屹立する断崖の上にある

寂れる一方のあの観光地には

県外ナンバーは見当たらない

汽船の航路も絶えた

先祖の代からやっている近所付き合いの

粘度は年々高くなる

大人たちは誰も噂話を趣味にして

(誰それさんが死んだの

(彼それさんの子が卒業したの

(どこそこ家の娘は東京で嫁になったのと

飽きることなく明くる日も

趣味以上でないのに情報を取り交わすことに忙しい

噂を聞くにも されるにも うんざりして

最期の汽船に乗って都会に来たのだ


さて

あこがれの都会はどうだ

むろん快適顔で街を歩いた

とんでもないビルたちだ

あんな上空にまで部屋があり

人が働いたり食事をとったりしている

田舎者らしく飽かずビルを見上げていられた

どんな景色にも魅了された

段ボールを敷いて眠る人にまで


思えばこれまでは友人とどんな知り合い方をしていたのか

と思ったのは人との交流に乏しかったためだ

話しかけられても どこか気後れしてしまう

一年間方言を保持したが

しだいに侵食されていき

発語までに混乱が生じて吃りが生じてくる

そうするともうだめで

人と接するのが苦痛になってしまい

一日学校を無断欠席しては翌日登校するのが常習化していった


教師や仲良くしてくれる人が電話をよこしてくれたがとれず

布団にくるまって耳を塞いでいた

生きていることの罪悪感と

人の目に触れることさえ申し訳ないような劣等感で

消えてしまいたいと思うようになっていた

社会人になんてなれそうもない


 (当時の私が喋っているようだ

  もはや詩の体裁を失っているが

  ようやく外に出てきた彼を

  黙らせてはいけない気がする)


俺は自分の将来に

公園のブルーシートの生活を見ていた

あるいは中学の終わりから書きはじめた

小説を仕事にするくらいしかないのではないか

そう思うようになっていた

昼にもカーテンをして暗い部屋の中で

何にも目をやることがないよう瞼をとじて

聞いた電車が遠ざかる音は

罵倒とも嘲笑ともとれる

あまりにもきっぱりと俺がいないことになった世界が

外にあった


飯を食わずに二日寝続けた

空腹は通り越して鈍い痛みがある

飯の控えはなく食べるなら買いにいかなければいけなかったが

体がギトギトして外に出ることができない

ひとまずシャワーを浴びようと立ち上がると

足の力が心許ない

バスルームに入りシャワーの湯を浴びると崩れた

ようやく蛇口に手を伸ばしてシャワーを止めて

心臓の音を聞いた


別の日 詐欺セールスの訪問があった

断ろうとしたがなかなか帰らないので困っていたが

右手には包丁を仕舞っている扉があった

俺の思念はそれをどうと思ったつもりもなかったが

右腕の中に蛇がいるような感覚があり

蛇は腕を動かしてその扉を開けようと思っているらしかった

若い訪問者は何かを感じ取ったのかもしれない

どこか怯えるような素振りで帰っていった

俺は右腕の感覚を確かめたが蛇はもういなかった

殺意は理性があろうがなかろうが蛇として体に現れるものだとこのとき知った


 (たしかに物質的豊かさというものが都会にはあって

  それは魅力的で刺激的なものだったことに変わりはなかったが)


おかげでたくさんの音楽に触れられた


 (でも精神的にはどんどん疲弊していった)


いつか

俺は故郷のことを思っていた

帰りたいような気もしていた

あんなに疎ましく思っていた故郷に

俺の故郷

こっちでは誰も知らない俺の故郷

俺の根拠であるはずの俺の故郷

約束しなくても友人と遭遇できるスーパーの書店やゲームコーナー

貝や魚を荷かごに入れ帰っていく自転車

服のまま泳いだ築港

そうした場は都会にはない

こちらから思ってみると

故郷は幻想のように思われた

故郷が幻想であるとすれば

俺は何者なのか

履歴を喪失した自分がいて

危うく流れそうになった涙を押し留めて

教室で授業を受けている


 (たしか三木露風の「赤とんぼ」を読み直したのはこの頃だ)


はたちになるのを恐れていた

モラトリアムの時期の終わりが近づくのが怖かった


 (もしかしたら

  その気持ちはまだ終わっていないかもしれない)

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