20.言葉を覚える

しきりに“正午”と繰り返す

正午 正午と繰り返すこどもの声


きっと きのうきょう覚えた

言葉なのだね


ひとつ また

ひとつと少年は

ぐんぐん言葉を取り込むのに違いない

部屋に持ち帰った奇妙な形の

石を並べるように ひとつ

また ひとつと

言葉を覚えていくのだね


そんな幼少が

あったのだろう

記憶には残っていないが

特定の何かを意味していると知って聞く

奇妙な初めての響きは何でもない

路傍の石ころにきらめきを見てとったときと

おなじ目をしていたに違いない


少年は去っていったが

まだ彼の声は残って繰り返す


しょうご

しょうご

しょうごと

そう なんでもない正午になる以前の

出会いの瞬間の言葉が

彼の感性でやってくる


ひとつひとつの言葉には

言葉を覚えた経緯がある

そしてその日の印象が知らず

知らずに言葉に埋められ

イメージの成形に影響を及ぼすだろう

少年の正午は南中に陽が位置する時刻である以上の意味となって

定着し 経緯はそして忘れられ しかもなお

語の使用契機を左右するだろう


ここまで心中で語りながら

語りを構成した各語の来歴を思う

忘れられた来歴が

沈黙して主張することなく

記憶の暗いほうからたしかに俺を眼差している

ああ こんなにも

生きてきたのだなとおののくように感動している

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